ムーディ・ブルース『ディセンバー』

 クリスマス・アルバム?何考えてんだ。

 そんな風に思った、2003年に発表されたムーディ・ブルースの通算16枚目のスタジオ・アルバム『ディセンバー(December)』。『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』からでは15枚目。そして、最後のオリジナル・アルバムである。

 しかし、オリジナル楽曲は、ジャスティン・ヘイワードが3曲、ジョン・ロッジが2曲の計5曲。クラシックに歌詞と曲を追加したものが1曲、残る5曲は有名クリスマス・ソングのカヴァーという内訳。

 確かに、日本でもそうだったが、20世紀末あたりから、欧米でもクリスマス・ソングが流行するようになった。古くは、本アルバムでも取り上げられている「ホワイト・クリスマス」が絶対的定番だったが、こちらも本作でカヴァーされたジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」あたりから、ポップ・ロック・アーティストがこぞってオリジナルのクリスマス・ソングをリリースするようになった。ワム!とかマライア・キャリーとか・・・。

 だからムーディ・ブルースもクリスマス・アルバムを、というのは、どういう了見なのか。「だから」じゃないだろう。プログレッシヴ・ロック・バンドがクリスマスって、ほのぼのしすぎだろ。もちろん、1970年代以降のムーディ・ブルースは、とっくにプログレッシヴ・ロック・バンドではなくなっていた。そもそも、そんなにプログレッシヴでもなかったし・・・。とはいえ、こんな企画ものが最後って、そりゃ、ないだろう。多くのムーディ・ブルースのファンがそう思ったのではないか。しかも、録音は、前作に続いてイタリア。もはや、イングランドではレコーディングもできないくらい落ちぶれたのか。ああ・・・。

 だが、実際に、ジャスティン・ヘイワードが、もうムーディ・ブルースのアルバムは出さない、と語った(2016年)[i]ことは、このクリスマス・アルバムが最後のアルバムでよい、という判断を示しており、その事実は、このアルバムがムーディ・ブルースにとって持つ意味を示唆している。

 今さら言うまでもないが、つまりは12月のアルバム。一年の最後の月であり、すなわちムーディ・ブルースの旅路の終わりでもある。『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』で、人の一生を一日で描いたように、ムーディ・ブルースのアルバムを一年に当てはめるとすれば、『ディセンバー』が最後の一枚ということである。

 思えば、『セヴンス・ソウジャーン』(1972年)で、ひとときの休息をとったあと、『オクターヴ』(1978年)で旅を再開させ、『ロング・ディスタンス・ヴォイジャー』(1981年)と『ザ・プレゼント』(1983年)で時間と空間を飛び越えると、『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』(1986年)では、人生の裏面もしくはアメリカ探索を試みた。『シュール・ラ・メール』(1988年)で、地中海リゾート地で一休みした後は、『キーズ・オヴ・ザ・キングダム』(1991年)で、神秘の王国への冒険旅行。そして『ストレンジ・タイムズ』(1999年)で、21世紀という旅の終着点を展望した。

 そして、21世紀に入った今日、もはや旅を続けるには年を取り過ぎたムーディ・ブルースの面々。どうやら潮時のようだ。

 本アルバムは、ムーディ・ブルースの終焉を刻印する役割を担った作品であり、バンドに途中から加わったヘイワードとロッジが、創立メンバーに代わって告別の式典を執り行ったというところだろう。プロデュースも彼ら二人。グレアム・エッジが古参組から唯一参加して立会人を務めている。

 さらば、ムーディ・ブルース!彼らの音楽よ、永遠なれ!

 といっても、まだライヴ・パフォーマンスのほうは、『ラヴリー・トゥ・シー・ユー・ライヴ』[ii]とか『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』の50周年記念ライヴ[iii]とか、しつこくやってるけどね。

 

01 Don’t Need A Reindeer (Hayward)

 ヘイワードのクリスマス・ソング一曲目は「トナカイはもう必要ない」。子どものころから恋していた君と、今、こうしてともに過ごしている。だから「トナカイはいらない」というストレートなラヴ・ソング。確かにヘイワードはキャッチーな楽曲も書けるが、それにしても、いつも以上にポップで親しみやすい。中間部の「アー、アー」は、もろヘイワードで、サビの明るいメロディは「ネヴァー・カム・ザ・デイ」を思い出す。

 バックの演奏も陽気ではつらつとしているが、描くのは神秘の世界ではなく、日常のささやかな幸福。ありふれた一日だけれど、ひとつだけ特別なのはクリスマスであるということ。それがアルバム全体のコンセプトのようだ。

 

02 December Snow (Hayward)

 アルバムと同時にシングル発売された曲で、『ラヴリー・トゥ・シー・ユー・ライヴ』でも歌われている。

 1曲目とは対照的に、「10月の空とともに、君は愛を運んできた。けれど、11月が来て、ぼくのすべてをさらっていった」という失恋の歌。とくにクリスマスとは関係ないようで、季節は異なるが、サイモンとガーファンクルの「四月になれば彼女は」を思い出す。

 特別ヘイワードらしい曲調というわけでもないが、まさに「十二月の雪」が音もなく降り積もるのを眺めているような、感傷的だが感情的にはならないバラード(「音もなく」では困るか)。そこが一番ヘイワードらしいところかもしれない。

 シングルといっても、ヒットを狙ってのことではないのだろう。アルバムに少しでも関心をもってもらえれば、ということか(ちなみに、『ディセンバー』はビルボードの「ホリデイ・アルバム」のチャートで10位に入ったらしい[iv])。

 

03 In the Quiet of Christmas Morning (Bach 147, Additional music by Hayward and Lodge)

 バッハの教会カンタータ147番の終曲(「主よ、人の望みの喜びを」)をもとに、そこにヘイワードとロッジが詩と曲を付け加えたものらしい。

 この後、『ラヴリー・トゥ・シー・ユー・ライヴ』でもレイ・トーマスに代わって、フルートを演奏しているノルダ・ミューレンがバッハを吹いている。

 ヘイワードとロッジのコーラスは、もちろん、これまでにあったような能天気なロック・コーラスではない。クリスマスにふさわしい聖歌風で、オーケストラとコーラスが溶け合うアレンジは、『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』になるはずだったクラシックとロックの融合が、こんな感じだったのだろうか。

 

04 On this Christmas Day (Lodge)

 荘重なイントロで始まるロッジのクリスマス・ソングは、しかし、いかにも彼らしい、二重の意味でやさしいメロディの曲。弾き語りのようなバラードで、穏やかな歌唱は、ここ最近のロッジの持ち味といえる。『ストレンジ・タイムズ』(1999年)の延長上の楽曲といったところか。

 しかし、最後の”On this Christmas day”で、いかにものクリスマス・ソング風になる。09の“When A Child Is Born”もそうだが、こうしたフレーズで一気に聖夜の雰囲気になるのは不思議だ。

 

05 Happy Xmas (War Is Over)(John Lennon/Yoko Ono)

 説明不要のクリスマスの定番ソング。ヘイワードとロッジが、4小節ずつリード・ヴォーカルを取りながら、サビでデュエットする。とくに打ち合わせをしたふうでもなく(いや、そんなことはないだろ)、ただ歌っているだけなのだが、長きにわたってムーディーズを支えてきた二人が、仲良く声をそろえているのを聞くと、言葉にならない思いがこみ上げてくる。

 

06 A Winter’s Tale (Mike Batt/Tim Rice)

 「ア・ウィンターズ・テイル」というと、クイーンが有名らしいが、こちらはデイヴィッド・エセックスが1982年に発表した楽曲。翌年、イギリスで2位まで上昇する大ヒットになったという[v]。というわけで、これもイギリスでは大定番のクリスマス・ソングのようだ。

 ヘイワードは、いつものとおり、ときどき苦し気な、声を絞り出すような(?)歌唱で、なごやかで親しみやすいメロディを淡々と歌う。

 

07 The Spirit of Christmas (Lodge)

 こちらのロッジ作も、いつもどおりのスタイル。再びミューレンのフルートをフィーチャーしつつも、本作のなかではバンドっぽい楽曲で、ドラムはエッジなのだろうか。ムーディ・ブルースっぽいともいえそうだ。

 『ストレンジ・タイムズ』でのロッジの楽曲は、サビのフレーズを思いつくと、それを中心に前後をくっつけて一曲にまとめたような構成だったが、本作も、そんな印象の作品。

 

08 Yes, I Believe (Hayward)

 タイトルからして「ヘイワードな」曲だが、本アルバムのなかでは、もっとも、かつてのムーディ・ブルースを思い出させる作品。毅然としたヴォーカルと、どこか不安と焦燥を感じさせる切迫した空気が、そう感じさせるのかもしれない。

 「クリスマスへの思いは、愛への思い」とあるように、クリスマス・ソングなのだが、同時に「ぼくは信じている、よりよい世界がくることを」と、「きれいごと」の願望を込めたメッセージ・ソングでもある(皮肉ではない)。それはそのまま現代におけるクリスマス・ソングのかたちなのかもしれない。

 もうひとつ、歌詞を読むと、本アルバムがムーディ・ブルースのラスト・アルバムであることを暗示するような一節に出くわす。これも惜別の言葉なのだろう。

 「過ぎ去った未来の日々の物語とともに(With tales of the days of future passed)。」

 

09 When A Child Is Born (Zacar/Fred Jay)

 イタリア人作曲家のザカール(Zacar)が1974年に書いた「ソレアード(Soleado)」という曲がもとになっているという。フレッド・ジェイ(Fred Jay)が英語詩を付けて、1976年にジョニー・マティスのヴァージョンがイギリスのチャートで1位になる大ヒットを記録した[vi]

 そんな新しいクリスマス・ソングとは思えないほど、どこかで聞き覚えのあるような懐かしいメロディで、交互にリードを取るロッジとヘイワードが、コーラスでは息の合ったユニゾンを聞かせる。

 

10 White Christmas (Irving Berlin)

 こちらも説明不要のクリスマス・ソングの古典的作品。ビング・クロスビーのレコードは世界で最も売れたというのを聞いた覚えがあるが、今でもそうなのだろうか(どうも、そうらしい)[vii]

 オリジナル準拠の静かで「ムーディ」な歌い出しから、途中、突然アップ・テンポになると、ギターが入ってロック風、いや、むしろハワイアン風の陽気なクリスマスとなる。ここらで、少しパーティ気分を盛り上げようということか。

 

11 In the Bleak Midwinter (Gustav Horst/Christina Rosetti)

 イギリスの詩人クリスティナ・ロセッテイが1872年に発表した詩に、1906年、グスタフ・ホルストが曲をつけたクリスマス・キャロル[viii]。ロセッティの詩は、オクスフォード大学出版局から発行された賛美歌集に収録されたものだったので、本作の歌詞掲載も同出版局の許可を得ているようだ[ix](どうでもよい話だが)。

 ということで、ラストは(欧米では)誰もが知るクリスマス・キャロルで締めくくられる。ヘイワードのソロは、やや苦しげだが、エンディングを飾るのはオーソドックスな聖歌で、ということだろう。

 聖夜のざわめきが次第に遠ざかり、降り積もる雪が世界から音を奪っていくと、ムーディ・ブルースの十二月の歌もいつしか聞こえなくなる――。

 

[i] Wikipedia: December (The Moody Blues albums).

[ii] The Moody Blues, Lovely to See You Live (Threshold, 2005).

[iii] The Moody Blues, Days of Future Passed Live (Eagle Records, 2017).

[iv] Wikipedia: December (The Moody Blues albums).

[v] Wikipedia: A Winter‘s Tale (David Essex).

[vi] Wikipedia: When A Child Is Born.

[vii] ウィキペディアホワイト・クリスマス

[viii] Wikipedia: In the Bleak Midwinter.

[ix] The Moody Blues, December.