ムーディ・ブルース『セヴンス・ソウジャーン』

 ムーディ・ブルースの通算8枚目のアルバムは、『セヴンス・ソウジャーン(Seventh Sojourn)のタイトルが示す通り、『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』から数えて7枚目を意味する。あくまで『フューチュア・パスト』が一枚目だと言いたいらしい。「七度目にして逗留」とは、キリスト教聖書の安息日にかけたものというが[i]、同時に第二期ムーディーズのアルバムが「旅」をテーマとしてきたことを暗示している。旅路の終わりというわけだ。

 ムーディ・ブルースのレコーディングは、1970年代に入るとともに次第にペースが落ちてくる。かつて7~8カ月で一枚のアルバムを制作していたものが、『ア・クエッション・オヴ・バランス』から『エヴリ・グッド・ボーイ・ディザーヴズ・フェイヴァ』まで1年かかり、ついに『フェイヴァ』から『セヴンス・ソウジャーン』(1972年11月)までは、1年4カ月を要することとなった。

 この間、グループの名声は(とくにアメリカにおける)アルバムのヒットによって急激に高まり、彼らはツアーに明け暮れるようになる。同時に、グループ内の緊張と軋轢もかつてないほど大きなものとなっていったという。それはすでに『童夢』の頃から見られたものだった[ii]が、『セヴンス・ソウジャーン』制作の頃には、メンバー各人が四六時中顔を合わせることに疲れ果て、互いに互いを疎ましく思うほどになってしまっていた[iii]。事実、本アルバム発表後、ムーディ・ブルースは5年間にわたる長い「安息日」を過ごすこととなる。そして、もっともストレスを強く感じていたと言われるマイク・ピンダー[iv]は、次のオリジナル・アルバムの制作中に、事実上グループを脱退する。

 このように、『セヴンス・ソウジャーン』は、グループの最も困難な時期に、難産の末に産み出された。アルバム・ジャケットは、『童夢』のきらびやかさからはほど遠く、岩山とも枯れ木ともつかない何かで埋め尽くされた荒涼とした風景のなかで、薄紫色の空にThe Moody Blues Seventh Sojournの文字が薄煙のようにたなびいている。何とも暗く陰鬱なデザインである。インナー・スリーブでは、枝に芽吹いた緑の葉を、5人が囲み微笑む、ほのかな希望を感じさせるイラストが描かれたが、アルバム全体の内容は、表ジャケット同様に重く沈んだ色調を帯びている。前作のきらめくような明るさは失せ、いまさら取り繕う気もないといった倦怠と憂鬱を感じさせる。

 しかし、アルバム・セールスは好調で、むしろムーディ・ブルース最大のヒットとなった。イギリスでこそ、人気のピークを過ぎたのか、最高5位にとどまったものの、アメリカでは、8枚目にしてついにチャートのトップに躍り出ると5週間1位を続け、1973年の年間チャートでは10位にランクされている[v]

 無論、この快挙の背景には、1972年にビッグ・ヒットとなった「サテンの夜」の存在がある。突如アメリカで注目を集めた同曲は、11月4日にはビルボード・シングル・チャートの2位にまで到達する。惜しくも1位は逃したが、同曲を収録した『フューチュア・パスト』もつられて上昇し、最高3位。遅まきながら、内容に相応しい評価を得ることになった。これらの旧作のヒットが、強力な後押しとなったことは明らかで、プログレッシヴ・ロック系バンドとしては二番目となるアメリカ制覇を実現した(一番目は、ジェスロ・タルの『シック・アズ・ア・ブリック(Thick as A Brick)』[vi])。

 だが、アルバムの成功は決して「サテンの夜」のヒットのおかげばかりではない。『セヴンス・ソウジャーン』は、ナンバー・ワン・アルバムに相応しい内容を備えている。『童夢』から、さらにアルバム構成はシンプルになり、メドレー形式は継続しているものの、単に8つの収録曲を並べただけの楽曲集で、もはやプログレッシヴ・ロックでも何でもない、ただのポップ・ロック・アルバムに過ぎない。だが、楽曲のクオリティは高く、『童夢』に優るとも劣らない。あとは、好みの差だろう。むしろ、あまりにクリアで透明感あふれる『童夢』よりも、薄明の翳りを帯びた本作のほうがムーディ・ブルースらしいともいえる。

 エッジは1曲をヘイワードと共作しているだけだが、残りの4人は、最良の楽曲を本アルバムに寄せている。ミネルヴァの梟ではないが、停滞のとき、危機のときにこそ優れた作品が生まれることは、ビートルズの『アビー・ロード』やサイモンとガーファンクルの『明日にかける橋』を例に挙げるまでもない。『セヴンス・ソウジャーン』は、ムーディ・ブルースがポップ・ミュージックに新たな地平を切り開いた時代の掉尾を飾るに相応しい最高傑作である。

 

A1 Lost in A Lost World (Pinder)

 アルバム・ジャケットさながらの低く垂れこめるようなメロトロンの響きと重々しいドラムのイントロから始まるピンダーの作品。本作で使用されているキーボードは、実はメロトロンではなく、メロトロンを改良したチェンバリンという楽器らしい[vii]

 本曲は、そのチェンバリンが、ときには唸るように、ときには空間を切り裂くように、自由自在に奏でられる。ピンダーの声質もあって、実に暗く重苦しいが、曲の進行とともに熱気を帯びて、否応なくムーディ・ブルースの音の世界に引きずり込む迫力がある。ピンダーらしいマイナーな曲調と真面目くさった歌詞はいささかうっとうしくもあるが、また、傑作と呼ぶには今一歩足りないが、ピンダーの代表作とするに十分なスケールと重厚さを備えている。

 

A2 New Horizons (Hayward)

 「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」のチェンバリンが遠ざかると、柔らかなギターの音色が聞こえてきて、一瞬で視界が広がるように感じる。

 ヘイワードの揺れ惑うヴォーカルが、サビでは一転して憂いに満ちた高音を響かせる、絶品ともいえるバラードである。最大の聞きものは、「風に乗り、自由に舞い上がる」、「悪夢が現実となる、その狭間を越えて」と歌うヴォーカルにチェンバリンがかぶさり、ギターがメロディアスなソロを聞かせるパートだろう。エッジの自在にはねるドラム演奏も印象に残る。

 ヘイワードの楽曲のなかでも指折りの佳曲であり、1974年のベスト・アルバム[viii]にも採られている。

 

A3 For My Lady (Thomas)

 「ニュー・ホライズンズ」が終わると、間を置かずに次の「フォー・マイ・レディ」が始まる。「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」と「ニュー・ホライズンズ」のメドレーを除くと、これまでのようなフェイド・アウトする曲に次の曲がフェイド・インする演出は本アルバムでは取られていない。曲間なしのメドレーにはなっているが、個々の楽曲を独立させる形式に変わっている。

 それはともかく、フルートから始まる本作は、室内管弦楽といった風情の小体な愛らしい作品。トーマスらしいメロディアスでシンプルな、なんということもないラヴ・ソングだが、彼の最高作といってよいナンバーである。とりわけ、「私はただ、あなたを愛しているとだけ告げる。すると、すべての痛みは消えていく」と歌う中間部、「私はこんなにもたやすく人生を捧げてしまおう。私の愛しい人に」と歌うサビのパートはリリカルで温もりを感じさせる。

 

A4 Isn’t Life Strange (Lodge)

 「フォー・マイ・レディ」が「ラッタッタッタッター」と終わると、続いて、荘重なバロック風のイントロから始まるのが「イズント・ライフ・ストレンジ」(邦題「神秘の世界」)である。

 1972年1月の最初のセッションでレコーディングされたという本作を、ロッジは15分ほどで書き上げたらしいが[ix]、実にシンプルでわかりやすいメロディのクラシカルなバラードで、最初のヴァースをロッジが歌い、ヘイワードに引き継ぐ構成。オリジナル・ヴァージョンは、長いインストルメンタル・パートを含んでいる[x]が、完成ヴァージョンは、そのパートを縮めて、角笛のようなチェンバリン(?)からすぐに最後のコーラスに入るようにまとめられている。シンフォニックに盛り上がりを見せるラストのリフレインでは、むしろ要となるのはヘイワードのメロディアスなギターで、ピンダーのキーボード以上に本作を華麗に彩っている。

 本アルバムからの先行シングルで、イギリスでは13位、アメリカでは29位にランクされた。「サテンの夜」や「チューズデイ・アフタヌーン」などと同様、ムーディ・ブルースのライヴでの定番曲のひとつで、「アイム・ジャスト・ア・シンガー」、「ライド・マイ・シーソー」と並ぶロッジの代表作だが、同時にムーディーズのクラシカル・ロックあるいはバロック・ロックの最高峰と言ってよいだろう。

 「ニュー・ホライズンズ」、「フォー・マイ・レディ」、「イズント・ライフ・ストレンジ」と、Aサイドの連続する3曲のバラードは、『セヴンス・ソウジャーン』というより、ムーディ・ブルースの全作品中でも白眉といえるメドレーだと思う。

 

B1 You and Me (Hayward/Edge)

 すぐにエッジとわかる、単調なワン・フレーズを繰り返すインストルメンタル・パートで始まる。延々と続くイントロとアウトロが(多分)エッジの作曲で、それをヘイワードの曲に強引にくっつけたという印象だが、そしてまた、実際、取って付けたような構成だが、これはこれで、うまくはまっている。

 エッジが書いたと思われるパートは、『トゥ・アワ・チルドレンズ・チルドレンズ・チルドレン』(1969年)の「ビヨンド」を連想させるが、ヘイワードのパートも同アルバムの「ジプシー」の続編のようだ。彼が本アルバムに書いた3曲のうちでは、もっともアップ・テンポでロックらしいナンバー。相変わらずキャッチーなメロディで、サビの痛快なコーラスに続く、ムーディーズならではの奥行きのあるスキャット・コーラスが素晴らしい効果をあげている。

 

B2 The Land of Make Believe (Hayward)

 ほのぼのとしたフルートに導かれて、ヘイワードのさりげないヴォーカルで始まるあたりはフォーク・ロック風だが、すぐに「心の痛みは喜びへと変わる」のパートで、ヘイワードらしい展開になる。さらにサビの「だから、小鳥よ。晴れた青空へと舞い上がれ」からは、彼ならではの独特なメロディが次から次へと色が変わるように移っていき、気がつくと最初のメロディに戻っている。ヘイワード節が炸裂する、まさにムーディ・ブルースらしいナンバー。

 歌詞を見れば普通のラヴ・ソングだが、「君の夢から蜘蛛の巣を吹き払うんだ。もう僕らの間には何の秘密もない」というヘイワードのワード・センスが、ラヴ・ソングを越えた内省的な深みを曲に与えている。「ニュー・ホライズンズ」、「ユー・アンド・ミー」、そして「ザ・ランド・オヴ・メイク・ビリーヴ」と、本作におけるヘイワードは申し分のない素晴らしさで、同じく3曲を提供した『イン・サーチ・オヴ・ザ・ロスト・コード』や『ア・クエッション・オヴ・バランス』に勝るとも劣らない。本アルバムは、ヘイワードにとってもベストの一枚といえるだろう。

 

B3 When You’re A Free Man (Pinder)

 前作のフルートの音が途絶えると、再び重く憂鬱なドラムの響きでピンダーのバラードが始まる。

 まるで1曲目の「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」のパート2のようだが、実際、そのような意図でつくられた曲なのかもしれない。すなわち、『セヴンス・ソウジャーン』は、ピンダーによるコンセプト・アルバムで、1曲目の「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」が「問いかけ」、「ホウェン・ユア・ア・フリー・マン」が「答え」ということだろう。その意味では、ピンダーに始まりピンダーで終わる本作(「アイム・ジャスト・ア・シンガー」を、後述のように、アンコールととらえるなら)は、やはりムーディ・ブルースらしいトータル・アルバムということもできる。

 「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」同様、実に暗い。前曲と違ってスロー・バラードなので、ヴォーカルも曲もますますどんよりしている。しかし、そこがいい。マイナー調のメロディもなかなか美しい。「いつか、幸せな君を見ることになるだろう。いつか君が自由な人間になったときに。いつか僕らが自由な人間であるときに」という歌詞は、いつものとおり説教臭さが若干鼻につくが、ピンダーの真摯なヴォーカルは嫌味がない。

 サウンドは、ヘイワードのギターがアクセントになっているが、やはりチェンバリンが主で、もはやピンダーの声と一体化というか、ピンダーの声がチェンバリンの一部になっているというか(それも怖いが)、ごく自然に混じりあい、溶け合っている。

 最後の最後、曲が終わった後、次の曲に繋ぐように、かすかに聞こえるキーボードの懐かしいようなフレーズが美しい。

 

B4 I’m Just A Singer (in A Rock and Roll Band) (Lodge)

 本アルバムがピンダーの「ロスト・イン・ア・ロスト・ワールド」で始まり、「ホウェン・ユア・ア・フリー・マン」で締めくくられるトータル・アルバムだとすれば、最後の「アイム・ジャスト・ア・シンガー」は、ライヴのアンコールのような作品だろうか。いやむしろ、『フューチュア・パスト』以降の7枚のアルバム全体を締めくくるアンコール・ナンバーということだろう。

 ムーディ・ブルースの全作品中、もっともストレートなロック・ナンバーでもある。何しろタイトルに「ロック・アンド・ロール・バンド」とある。曲も、いかにもロッジらしく、絵にかいたようなロックン・ロールでありながら、サビでは、駆り立てられるような切迫感をたたえたコーラスが光の速さで駆け抜ける。ロックン・ロールと言っても、陽気で楽しいダンス・ナンバーではなく、不安と焦燥を抱えたムーディ・ブルースならではのロックである。

 『セヴンス・ソウジャーン』は、トーマスが絶妙なメロディを書き、ピンダーも力作を2曲提供した。それ以上に素晴らしいのは、ヘイワードの3曲だが、それでもやはり、ロッジのアルバムと言うべきだろう。「イズント・ライフ・ストレンジ」と「アイム・ジャスト・ア・シンガー」、バラードとロックン・ロールと曲想は対照的だが、それぞれがロッジの代表作となった。

 アルバムからシングル・カットされ、アメリカではチャートの12位、イギリスでは伸び悩んで、なんとか36位に到達した。ラストは、いかにもライヴ仕立てらしく、執拗に焦らして引き伸ばすエンディングに陽気な指笛。これまでのアルバムにはなかった、いささか能天気で朗らかなエンディングは、しかし、今となっては胸に切ない。7枚のアルバムを締めくくるに相応しい最後の挨拶となった。

 

09 Island (Hayward)

 『セヴンス・ソウジャーン』のレコーディング作業に疲れ果て、それでも、ムーディ・ブルースの面々は、次のアルバム制作の進めるつもりでいたようだ。

 本作は、1973年2月になって、デッカのスタジオで録音されたという[xi]。しかし、レコーディングは、この一曲だけで中断され、結局、第二期ムーディ・ブルースの8枚目のアルバムは1978年まで登場することはなかった。

 「アイランド」は、ヘイワード作で、ごくシンプルな構成の曲。何となく、作りかけの印象を受けるので、やはりリハーサル程度の感覚でレコーディングされたのかもしれないが、これはこれで、なかなか魅力のあるヘイワードらしい楽曲だ。だが、雰囲気は暗く、荒涼としたメロディは、むしろ『セヴンス・ソウジャーン』のジャケットを彷彿とさせる。あれより暗いアルバムとは、もし完成していたら、一体いかなるものになっていたのか、と、いらぬ想像をかき立てるナンバーである。

 

[i] The Moody Blues, Seventh Sojourn (2008), p.13, Mark Powellによるライナー・ノウツ。

[ii] The Moody Blues, Every Good Boy Deserves Favour (2007), p.13.

[iii] Seventh Sojourn (2008), pp.11, 13.

[iv] Ibid., p.11.

[v] 『FMfan特別編集 ミュージック・データ・ブック』(共同通信社、1999年)、82頁。

[vi] 邦題は『ジェラルドの汚れなき世界』。1972年6月3日~10日の2週1位。『セヴンス・ソウジャーン』は同年の12月9日から5週間1位。

 ジェスロ・タルは、1973年にも『パッション・プレイ(A Passion Play)』が1位(8月18日)。それより早く、4月28日には、ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side of the Moon)』が1位を達成している。

[vii] Seventh Sojourn (2008), p.11.

[viii] This Is the Moody Blues (1974).

[ix] Seventh Sojourn (2008), p.12.

[x] Ibid., The Bonus Tracks 9.

[xi] Ibid., p.19.