ムーディ・ブルース『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』

 『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』は、1986年5月発売。2年ないし3年に一枚というのが、『オクターヴ』(1978年)以降のアルバム制作ペースとなったようだ。しかし、それ以外にも大きな変化のあった作品で、レーベルがポリドールに変わり、プロデューサーも『ロング・ディスタンス・ヴォイジャー』、『ザ・プレゼント』のピップ・ウィリアムズからトニー・ヴィスコンティへと交代した。ジャスティン・ヘイワードのソロ・アルバム『ムーヴィング・マウンテンズ(Moving Mountains)』 (1985)が縁での起用だったそうだ。

 まあ、そういった細かい話はどうでもよくて(いや、そういうわけではないのだが)、最初に聞いた感想は、ええっ、と思った。

 なんというか、アメリカかぶれというか、アメリカ向けというか、そういう方針?

 アルバム・ジャケットには映っているが、レイ・トーマスが実質リタイアして、グレアム・エッジもパトリック・モラーツと一曲共作しているだけ。残りの8曲はヘイワードとジョン・ロッジの単独作もしくは共作。ほとんどロッジとヘイワードのデュエット・アルバムで、どこがムーディ・ブルースやねん!

 そして、そのモダン・アート風のアルバム・ジャケットも含めて、まるっきりアメリカンな雰囲気で、どこがプログレッシヴ・ロックやねん!て、いやはや、もはやムーディーズプログレッシヴとは露ほども思っていないにしても、完全に普通のロック・ポップ・アルバムで、さすがにこれはないだろう、と思った、あの日。

 それでもセールスは好調で、全英チャートでは24位と不調だったが、全米チャートでは9位と、トップ10に返り咲いて、『ザ・プレゼント』の不振から盛り返した。

 もちろん、シングル「ユア・ワイルディスト・ドリームズ」のヒット(全米9位)のおかげで、前作あたりから、ムーディーズのアルバムの成績はシングル・ヒットと連動するようになった。すでに、1960年代のような、シングル・ヒットなしでもアルバムが売れるバンドではなくなっていたのだ。

 正直、好きなアルバムではないが、ムーディ・ブルース最後のヒット・アルバムでもあり、1980年代をなんとか生き延び、90年代に繋げたとあっては無碍にもできない。ムーディ・ブルースの作品中、もっともポップで売れ線狙いのアルバムで、『ロング・ディスタンス・ヴォイジャー』と『ザ・プレゼント』がペアになっているように、次の『シュール・ラ・メール』(1988年)と対になるアルバムである。ともにヴィスコンティのプロデュースで、どちらもロッジ=ヘイワード組の色がもっとも強く出た作品。このままムーディーズはロッジとヘイワードが引き継いでいくんか、と思わせたアルバムでもある。それは半ば正しくもあるが、やがてトーマスは戻ってくる。ただし、あとになって思えば、ムーディ・ブルースの時代は1980年代で終わっていた。それでも90年代になって2枚のアルバムが出たことは、彼らにとっても、ファンにとっても幸運なことだった。

 

A1 Your Wildest Dreams (Hayward)

 本アルバムは、この曲に尽きるだろう(と、似たようなことを、散々言ってきたような)。というか、ほかには大して聞くべきものがない。1980年代における、ジャスティン・ヘイワードの新たなる傑作である。

 あのヘイワードらしい独特のメロディ・ラインを保ちながら、これまでになくキャッチーでポップな味付けを加えている。モラーツのキーボード・アレンジも、本作のシンプルでセンチメンタルなメロディを、これ以上ないくらい叙情的に彩っている。

 いつもながら、ヘイワードの切なげな、それでいて悲壮味を感じさせない(?)シャウトと間奏の押し寄せては返す波のようなコーラスが、さらに郷愁を深める。「君が一番無垢だった頃の夢」というタイトルも、最後の最後を低音で締める歌唱も、いかにもヘイワードで、改めて彼の声がもつ不思議な魅力を実感させる。

 

A2 Talkin’ Talkin (Hayward, Lodge)

 最近は、この曲もそれなりに良いと思えるようになったが、最初に聞いたときの感想は、「トーキン、トーキン、うるせえなあ」。もはや、何が目的で聞いているのか、わけがわからない。

 ダンス・ミュージックかディスコ・バンドにでも転身するつもりなのか、とも思ったが、どことなくヤンキーっぽい(?)ロッジはともかく、年を重ねて、英国ジェントルマン然としてきたヘイワードが、こんな、かけ声だけのアホみたいな曲を書いて・・・。

 そんな風にも感じたが、今となっては、これも80年代のムーディーズ、ということで、懐かしく聞けるようになりました。

 

A3 Rock’n’ Roll Over You (Lodge)

 次も、調子だけはいいビート・ナンバー。80年代らしいピコピコ・リズムにロッジらしい陽気なロックン・ロールは、そこそこ楽しめる。

 なにしろ、タイトルが「ロックン・ロール・オウヴァ・ユー」である。「岩のように、君をロウル・オウヴァする」と言われても、なんのこった。対訳をみてみると「ロックみたいに僕は君を転がそう」[i]って、こりゃ大変だ。

 

A4 I Just Don’t Care (Hayward)

 4曲目にして、ヘイワードらしい、この、じめっとしたバラードを聞くと、ようやくムーディーズらしくなる。もっとも、この手の弾き語り風バラードとしては、結構コマーシャルな感じで、やはりアメリカのマーケットを意識しているのだろうか。

 ヘイワード作品のなかでは、こういった小品は、アルバムのなかの口直し程度なことが多いのだが、本アルバムでは、むしろ上位に来る(つまり、他の大半の曲よりは、ましということ)。

 

A5 Running Out of Love (Hayward, Lodge)

 この曲も本アルバムの特徴であるダンス・ビート風というか、景気づけの一曲。ソウル・ミュージック風なテイストが特徴か。

 アメリカで受けるには、こういう曲がいいということなのだろうが、これならムーディーズのアルバムで聞くこともない、という以前に、すでに、かつてのムーディ・ブルースでは、もはや、まったくない。

 

B1 The Other Side of Life (Hayward)

 タイトル曲だけあって、全体のなかでは、「ユア・ワイルディスト・ドリームズ」の次に印象的な作品。

 わかりやすくマイナーでどことなく神秘的なメロディは、かつての「シティーズ」(1967年)などを思い出させ、ヘイワードのメロディ・メイカーとしての才能を再認識させる。

 そういえば、本曲もMTV用のプロモーショナル・ヴィデオがつくられていたが、アルバムでは全然歌っていないレイ・トーマスが、ロボットみたいな変な動きでタンバリンを叩いていたのを覚えている。あの茶番劇は、いったい何だったのか。

 

B2 The Spirit (Edge, Moraz)

 エッジがモラーツと共作した珍しい作品。それ以前の話として、モラーツがムーディ・ブルースのために書いた唯一の楽曲。

 どこまでがエッジで、どこからがモラーツなのか、わからないが、出だしは、メロディがあるような、ないようなエッジ調。サビのところからブリティッシュ・ロックっぽくなって、そこから一ひねりした展開になるのは、モラーツのアレンジか?

 アルバムのなかでは、意外に悪くない出来で、ちょっとしたアクセントにも、気分転換にもなっている。もちろん、それがこの曲を入れた狙いだろう。

 

B3 Slings and Arrows (Hayward, Lodge)

 再び、ロッジとヘイワードの共作で、一枚のアルバムに2曲以上、二人の共作ナンバーが入るのは初めてのことで、これもトーマス休養の影響だろう。

 曲調は、スウィング・ジャズ風というのか、『オクターヴ』の「トップ・ランク・スウィート」を連想させるが、つまりはヘイワードの好みなのだろうか。

 

B4 It May Be A Fire (Lodge)

 最後は、ロッジのロッカ・バラード風の作品。ロックン・ロールはロッジの持ち味だが、こういうタイプのバラードは、意外にこれまでなかった。

 悪いというわけではないが、何となく中途半端な曲で、本人も歯がゆいのではないか。もうちょっとうまい具合に展開できなかったのか、と思う。

 ヘイワードの曲で始まり、ロッジの曲で終わる、というのは、確かに無難な構成ではあった。

 

 『ロング・ディスタンス・ヴォイジャー』も『ザ・プレゼント』も、新しいムーディ・ブルースの音楽を創造するための懸命な試みで、かつてのムーディーズサウンドからの脱皮をはかるものだった。総体的にサウンド指向になったようでもあるが、それでも、かつてのブリティッシュ・ロックらしく、聞き手に考えさせる詩や雰囲気づくりが特徴だった。

 『ジ・アサー・サイド・オヴ・ライフ』は、そんなつもりも多少は、ほんの少しは、あるのかもしれないが、とりあえず歌って踊りゃあ、気分良くなるぜ、といったヤケクソな、いやいや、思い切りの良さが目に付く。それが80年代だったような記憶もあるし、それが80年代のムーディ・ブルースだったのだろう。

 

[i] ムーディ・ブルース『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』(ポリドール、1991年)、対訳:野絵あい子。