ムーディ・ブルース『ストレンジ・タイムズ』

 1999年、8年ぶりにムーディ・ブルースのオリジナル・アルバム『ストレンジ・タイムズ(Strange Times)』がリリースされた。

 1978年の『オクターヴ(Octave)』は、『セヴンス・ソウジャーン(Seventh Sojourn)』(1972年)から6年ぶりのアルバムだったが、本作はそれを更新して、もっとも長い休止期間を挟むアルバムとなった。

 などと、もったいぶって書いても仕方がない。要するに『キーズ・オヴ・ザ・キングダム』(1991年)がぽしゃったので、新作を出せなかっただけであろう。

 その間、ムーディーズは、『ア・ナイト・アット・レッド・ロックス(A Night at Red Rocks)』(1992年)から、その土地々々のオーケストラと共演したシンフォニック・ロック・ライヴ・ショウを、せっせとこなしていたようだ。『ストレンジ・タイムズ』の発売後も、イギリスのロイヤル・アルバート・ホールでのライヴを『ホール・オヴ・フェイム(Hall of Fame)』(2000年)として発表。2003年には、『ディセンバー(December)』という変な(クリスマス・)アルバムをリリースして、これがムーディ・ブルースの最後のスタジオ・アルバムとなった。このときも、ロス・アンジェルスのグリーク・シアターにおけるライヴを『ラヴリー・トゥ・シー・ユー(Lovely to See You Live)』(2005年)として発表している。スタジオ・アルバムとライヴ・アルバムのセット売りが恒例となって、スタジオ・アルバムの制作が途絶えた後も、『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト(Days of Future Passed)』の再現ライヴ[i]や、過去のライヴ・コンサートの発掘[ii]が進み、実質過去の存在となったムーディ・ブルースの「歴史」の穴埋め作業が今日まで続いている。それなりに、ロック史に足跡を残したということだろう。

 『ストレンジ・タイムズ』に戻ると、全14曲というのは最多記録で、収録時間も57分40秒と最長。タイトルは短くなったが、時間は伸びた(音楽としては、好ましいというべきか)。チャート・アクションは、全米93位、全英92位。英米で見事に拮抗している(?)。アメリカでは前作を上回った(1ポイントだけだが)が、イギリスでは前作の54位から大幅にダウン。いよいよ英国でも見捨てられ始めた。

 だからというわけでもないだろうが、本作はイタリア録音。どうやら、ジャスティン・ヘイワードのソロ・アルバム『ザ・ヴュー・フロム・ザ・ヒル(The View from the Hill)』(1996年)と同じスタジオのようだ。ミックスはイギリスで行われ、プロデュースはムーディ・ブルース名義。活動縮小を如実に表わしているようで、ファンとしては、それこそ「ブルー」な気分になるが、やはりというか、起死回生の一枚とはならなかった。

 もっとも、彼ら自身、売れ行きは左程期待していなかったのだろう。多分、20世紀のうちにアルバムを出すことが目的だったように思える。それは、アルバムのラストの「ナッシング・チェンジズ」(エッジ作)で「来るべき2001年」と詠われていることからも想像がつく。20世紀に実質的に歴史を終えたバンドが送る最後の挨拶だったのだろう。

 思えば、1967年の『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』から1972年の『セヴンス・ソウジャーン』までの7枚が第二期ムーディ・ブルースの前期、折り返しの『オクターヴ』(1978年)から本作までの7枚が後期と考えれば、結果論ではあるが、『ストレンジ・タイムズ』が、実質ラスト・アルバムとなったのも、つじつまが合う。

 

01 English Sunset (Hayward)

 スタートは、ジャスティン・ヘイワードのシングル・ナンバーから。いつも通りの変わりばえのしないといえば、しない幕開けである。

 軽快なテンポで駆け抜ける疾走感にあふれた爽快なポップ・ロックだが、かつてのムーディ・ブルースに比べると、あまりにも爽やかすぎるだろうか。

 しかし、ヘイワードの翳りを帯びたヴォーカルは、相変わらず耳から胸奥にすとんと落ちてくる。サビの展開がぎこちないというか、音数が足りないというのか、メロディを探しあぐねたようなもどかしさを感じないでもないが、全体としては、はるか洋上に沈む夕陽を追って翼が飛び去る視覚的イメージを眼前に浮かび上がらせる。まさに、「イングランドの夕陽」である。

 ヒットとはいかなかったが、アルバムを代表する楽曲で、ムーディ・ブルースにおけるヘイワードの最後の傑作といえるだろう。

 

02 Haunted (Hayward)

 続けてヘイワードのスロー・バラードへと移る。彼にしては、やや感情過多とも思えるセンチメンタルな楽曲だが、『オクターヴ』以降、R&B風だったり、ジャズっぽい曲があったりするようになって、本作のイントロもそんな印象である。

 この曲などを聞くと、声が出づらくなっているようにも聞こえるので、ヘイワードも50歳を過ぎて、少し年齢が影響し始めたかとも思ったが、彼の歌い方は昔から苦しげといえば、苦しげに聞こえる唱法ではあった。その後のライヴ・アルバムでは健在ぶりをアピールしているので、余計な心配だったか。

 

03 Sooner or Later (Walkin’ on Air) (Hayward/Lodge)

 1980年代以降定番のヘイワード=ロッジの共作曲で、ゆったりしたリズムで楽し気に歌っている。

 ヴォーカルは、ロッジ、ヘイワードに加えて、レイ・トーマスもリードを取っているようで、ヴォーカリスト三人がワン・フレーズずつリードを交代していくという珍しいスタイルである。

 『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』の頃のようなダンス・ビート・ナンバーというのでもなく、力の抜けた、くつろいだヴォーカルとコーラスは、これも年齢を重ねた余裕というものだろうか。

 

04 Wherever You Are (Lodge)

 こちらもロッジのいつもながらの手慣れたバラード作品。

 彼らしいわかりやすく親しみやすいメロディを語りかけるように歌うのもいつも通り。

 ということで、特に変わったところもなく、イントロが少しばかり神秘的なところが印象に残るが、他に言うこともないというと、まったく褒めていないようだが、駄作ではない。悪いところもないが、どうもコメントしにくい。ヴェテラン・バンドともなると、どうしても、こうした感想が増えてくるが、仕方がないところだろう。

 

05 Foolish Love (Hayward)

 ヘイワードのいささか軽いタッチのポップな作品。

 ちょっとマイナーな曲調で、しかし、メロディは彼らしく引き付けるものをもっている。ソロ・シングルの「マリ/ハート・オヴ・スティール」(1979年)あたりを連想させるようでもある。

 つまり、ソロ・アルバムに近いということで、それは2曲目の「ホーンテッド」や、この後の曲にも言える。さらにいえば、他のメンバー-ロッジ、トーマス-にしても、ソロ・アルバムに近い感覚で書いているようで、アルバム全体がそうした傾向をもっているといえそうである[iii]

 

06 Love Don’t Come Easy (Lodge)

 ロッジの二曲目も取っつきやすいメロディのバラード。というか、『ストレンジ・タイムズ』に彼が提供した4曲はすべてバラードなのである。

 ロッジというと、バラードとロックン・ロールの二本立てというのが特徴で、その代表が「イズント・ライフ・ストレンジ」と「アイム・ジャスト・ア・シンガー」の『セヴンス・ソウジャーン』(1972年)だったが、全曲(それも4曲)ともバラードというのは、どういう風の吹き回しだろうか。これも年齢のせいなのか。

 それはともかく、この曲でも一番耳に残るのはサビの「タイム・チェンジズ」のフレーズで、しかし、同じ歌詞を同じメロディで音を下げていくだけというのは、あまり繰り返すと機械的に聞こえてくる。4曲のなかでは、一番ドラマティックな作品といえるだろうか。

 

07 All That Is Real Is You (Hayward)

 ヘイワードには珍しい三拍子のスローなナンバー。バラードというより、一昔前のフォーク・ソング調の曲で、ディランやジョーン・バエズの時代を思い出させる。

 これも言ってみれば、ソロ作品的な一曲で、「僕にとってリアルなのは君だけ」というタイトルは、まことにヘイワードらしいといえるが、それをムーディ・ブルースのアルバムでやるというギャップが、むしろ聞き所といえるかもしれない(なんか、ひねくれた言い方だな)。

 

08 Strange Times (Hayward/Lodge)

 タイトル・ナンバーで「不思議な時代」とくれば、やはりというか、本作では、もっともムーディ・ブルースらしい作品。

 ヘイワードとロッジの共作なので、かつてのピンダーやエッジの曲ほど大仰ではないが、ミディアム・テンポながら、熱気を帯びたヴォーカルと「ストレンジ・タイムズ」のリフレインがムーディーズらしさを運んでくる。

 本アルバムで、一番バンドっぽい曲でもある。そのせいか、アルバム全体が、基本的に各人が持ち寄ったソロ楽曲の寄せ集めだということを逆に実感させる。

 

09 Words You Say (Lodge)

 ロッジの三曲目のバラードは、前作アルバムの「リーン・オン・ミー」を思わせるクラシカルなオーケストラのイントロから始まる。

 楽曲も、今回の4曲のなかで、もっともロマンティックでスローな作品。それにしても、サビが「アイ・ドント・ウォナ・ウェイク・アップ・ナウ」の繰り返しで、決して悪いメロディではないが、今回のバラードは皆このパターンなので、ここまでくると、どうしてもそこは気になってくる。

 

10 My Little Lovely (Thonas)

 レイ・トーマスの本アルバムで唯一の、そしてムーディ・ブルースにおける最後の作品は、そんな感傷を感じさせない小体でさりげないポップ・ソング。

 前作の「ケルティック・ソナント」の荘重さはかけらもなく、リリカルで愛らしいメロディは、どこか『セヴンス・ソウジャーン』の「フォー・マイ・レディ」を思い起こさせる(あんなに素晴らしくはない)。

 本アルバムをもって引退宣言をしたトーマスの惜別の辞というところか。

 

11 Forever Now (Lodge)

 ロッジのバラード四部作の最後の一曲。

 小味な「ホェアエヴァ・ユー・アー」と劇的な「ラヴ・ドント・カム・イージー」の中間あたりに位置しそうな作品。例によって「イフ・イット・クド・ビー、イフ・イット・クド・ビー」と繰り返すサビがマンネリ気味だが、一番ポップでキャッチーともいえそうだ。

 今回の4曲、一曲ずつ聞けば、良いメロディを含んでいるが、全体を通してみると、似たり寄ったりに聞こえてしまうのは、やむをえない。あるいは、むしろ、そこがテーマなのか。

 

12 The One (Hayward/Lodge)

 ヘイワードとロッジの共作三曲目は、本アルバムでは、もっともロックっぽいナンバー。

 「ノウ・サプライズ、ヘイ・ザット・ユー・ウォナ・ビー・ザ・ワン」というフレーズがなかなか強力で、「ストレンジ・タイムズ」やラストの「ナッシング・チェンジズ」のように、ムーディ・ブルースらしさを感じさせる作品。後半に出てくるコーラスも、ムーディ・ブルースそのものの魅力にあふれている。

 ヴォーカルはロッジで、どうやら、今回のアルバムでは、ロックっぽい曲はヘイワードとの共作だけにしようと思ったらしい。

 

13 The Swallow (Hayward)

 これは本当に珍しい。なんと、ヘイワードのアコースティック・ギターの弾き語りで始まるフォーク・バラード風の曲。

 前作の「ネヴァ・ブレイム・ザ・レインボウ・フォー・ザ・レイン」を思い出させるが、こちらはヘイワードの単独作。「つばめ」という題から想像できるように、なんとも爽やかな感傷を感じさせるところが共通している。

 特別よい曲ともいえないが、詩情にあふれた、これまた、どこまでもヘイワードらしい作品というほかないようだ。

 

14 Nothing Changes (Edge)

 最後を飾るのは、エッジの楽曲。というより、大半はポエム・リーディングで、コーラスがエンディングにちょっぴり出てくるだけ。エッジの詩というと、いつ以来だろうか。『クエッション・オヴ・バランス』(1970年)が最後だったか。

 冒頭に述べたように、「1984年は恐怖の年だった[iv]。まもなく2001年が訪れる」と、20世紀という時代への、はなむけと批評という意図のようだ。同時に、来るべき21世紀もまた「何も変わらない」というのは、諦念なのか、予言なのか。また説教臭いムーディ・ブルースが戻ってきたが、一番印象に残るのは、最後に出てくる次の一節。

 「今でも、人生は単純なゲームなのさ。」

 かつての盟友マイク・ピンダーに捧げる、グレアム・エッジの心からのメッセージなのだろう。

 

[i] The Moody Blues, Days of Future Passed Live (2017).

[ii] The Moody Blues, Live at the Isle of Wight Festival (2008), The Other Side of Life Tour 1986, in The Moody Blues, The Polydor Years 1986-1992 (2014), The Moody Blues, Live in Chicago, 1981 (2019), 

[iii] The Polydor Years 1986-1992, p.25(by Mark Powell).

[iv] ジョージ・オーウェルを意識しているのだろうが、ハレー彗星への言及もある(このときの地球接近は、1986年)。ハレー彗星は、1066年にイングランドで観測され、その後の「ノルマンの征服」の前兆だったと恐れられたのは有名。