ムーディ・ブルース『トゥ・アワ・チルドレンズ・チルドレンズ・チルドレン』

 第二期ムーディ・ブルースの四枚目のアルバム『トゥ・アワ・チルドレンズ・チルドレンズ・チルドレン』は、前作『オン・ザ・スレッショルド・オヴ・ア・ドリーム』からわずか7か月後に発売された。『デイズ・オヴ・フューチュア・パスト』以来のコンセプト・アルバムを継続する作品で、相変わらずタイトルも長かった。

 しかし、アルバム・テーマはこれまでになく明快で、1969年7月20日の米宇宙船アポロ11号の月面着陸に刺激されたという、まさに、これ以上はない異世界、宇宙への旅である。前作の『ドリーム』では、むしろ日常を描くことに比重が置かれていたが、今回は、宇宙ロケットの打ち上げから始まり、徹頭徹尾、スペース・トラヴェルサウンド化が試みられている。音楽を映像で表現するのではなく、逆に、宇宙をさ迷う宇宙船の旅をいかに音で表現するかがコンセプトとなっており、この時点までのムーディ・ブルースの持てる技量を最高度に発揮した作品といってよいだろう。

 組曲形式としても、過去4枚の経験を活かして、もっとも複雑に組み上げられた構成でまとめられている。ムーディーズのコンセプト・アルバムの技巧の頂点を示すアルバムである。

 但し、前作同様、組曲形式に眼が行き過ぎて、楽曲個々の魅力が逓減する傾向が続いている。端的にいって、楽曲は、初期2枚のほうが『ドリーム』と『チルドレンズ・チルドレン』よりも優れていた(好みの差はあろうが)。とはいえ、同時期(1969年9月)にリリースされたビートルズの『アビー・ロード』と比べても、トータル・アルバムづくりに邁進してきただけに、(個々の楽曲の出来はともかくとして)アルバムの完成度では上回っているといえるだろう。

 日本でも、テーマの明快さや、ロッジの「キャンドル・オヴ・ライフ」の出来栄えなどから、ムーディ・ブルースの最高傑作との呼び声が高かった。今や、月面着陸の衝撃も、捏造の陰謀論などのほうが賑やかで、往年の感動は再現すべくもないが、ムーディーズの「サウンドによるスペース・トラヴェル体験」は、今でも十分に魅力的だ。

 アメリカでは最高位14位、イギリスでは、『アビー・ロード』や『レッド・ツェッペリン・セカンド』の牙城を崩せず、最高2位。しかし、トップ・バンドとしての勢いを見せつけた。その勢いのまま、創設したスレッショルド・レーベルの第一弾でもあったが、やはり自己レーベルはどのバンドでもうまくいかないようだ。キング・クリムゾンとの契約の話もあった[i]というが、実現はしなかった。結局、スレッショルドは、ムーディーズのレコード配給のためのレーベルにとどまることになる。

 洞窟壁画を描く二本の手(右手は原始人で左手は文明人?)。相変わらずフィル・トラヴァースによるジャケット・デザインも印象的だが、インナー・スリーヴでは、暗い洞窟のなかで火を囲むムーディーズが描かれるという、こちらもSF的なデザインだった。こうした凝ったアート・ワークも、プログレッシヴ・ロック・アルバムのこだわりではあった。

 

1 Higher and Higher (Edge)

 いきなりギター、ドラム、ベースなどが一堂に会した一撃から、轟音のようなエフェクトにコーラスが重なる。宇宙ロケットの打ち上げを表現するために、実際にNASAからテープを借りたものの、期待した効果が出せず、自分達で一から作ったというエピソードが伝えられている[ii]

 初めてエッジが作曲した曲でもあるが、半分は詩の朗読で、作曲は「ハイヤー・アンド・ハイヤー・・・」のコーラスのみ(車呼んでんのか)。それもいかにも素人臭い機械的なメロディで、ほとんど曲になっていない。

 とはいえ、轟音のなかをギターが右から左、左から右へと駆け巡るスピード感には圧倒される。初めて聞いたとき、ロケットの発射というより、地球が崩壊して人類が宇宙船で脱出するSF的場面を想像した。

 「100億の蝶の羽ばたきが巻き起こす爆発と咆哮。・・・高く、もっと高く。我々は火を使うことを覚えた。私たちは、もっと高みを目指す。高く、もっと高く」、と人類の進化を重ね合わせたフレーズはアルバム・ジャケットにもフィットしている。

 過去4枚のなかで、もっとも劇的で迫力あるオープニングだ。

 

2 The Eyes of A Child – Part 1 (Lodge)

 一転して、虚空にフルートが響く。ロッジ作のフォーク・バラードだが、この緩急の切り替えが、Aサイドの特徴だ。

 曲自体は、サビのコーラスが単調で、ロッジにしては物足りないところもあるが、静謐感を漂わせるヴォーカルとアコースティック・ギターのつまびきは美しい。

 

3 Floating (Thomas)

 前曲の余韻をかき消すように、トーマスの軽快なナンバーが登場する。彼らしいポップでキャッチーなメロディが聞かれ、無重力を表現したかのようなアレンジで、本アルバムでももっとも親しみやすい曲になっている。

 ラストの掛け合いコーラスが美しいが、トーマスの声が遠ざかると、今度は得体のしれない何かが押し寄せてくるような切迫したコーラスが近づいてくる。

 

4 The Eyes of A Child – Part 2 (Lodge)

 「子供の眼」のパート2だが、メロディが異なるという珍しい例。歌詞は共通しているが、パート1のバラードが、超アップ・テンポのロック・コーラスになって登場する。最初は、連続する一曲としてレコーディングされたというが、一体、どういう風に繋いでいたのだろうか。

 近づいたと思ったら、あっという間に去っていく。あれは何だったんだ、という、UFO体験のような楽曲だ。

 

5 I Never Thought I’d Live to Be A Hundred (Hayward)

 ようやく本アルバムで、ヘイワードの声が聞こえてくる。ギター一本の弾き語りで、わずか1分ほどの曲だが、ヘイワードらしい美しいメロディのナンバー。Aサイドのヘイワードのヴォーカル曲がこの一曲だけというのは、物足りないか。

 

6 Beyond (Edge)

 エッジの二曲目は、歌詞のないインストルメンタル・ナンバー。ポエム・リーディング担当だったエッジにとっては本末転倒、といっては失礼だが、こちらも単調なメロディで、「ハイアー・アンド・ハイアー」よりはまし、といった程度。

 しかしサウンド・エフェクトは凝っている。二度のブレイクは、最初、まず巨大な恒星に近づいて、また離れていく様を巧みに表現し、次には、宇宙パイロットが天上の楽園の幻覚を見せられているかのような演出、といったところだろうか。

 

7 Out and In (Pinder)

 Aサイドのラストは、ピンダー作のシンフォニックなナンバー。幾重にもメロトロンの響きが折り重なり、まさにスペイシーな音空間を作り上げている。

 曲自体はさほどのものではないが、ピンダーのメロトロンの威力をまざまざと見せつける。まるで銀河系宇宙を遠く彼方から眺めているかのような、前半の締めくくりに相応しいスケール感を持った作品。

 

 Aサイドは、アップ・テンポの曲からスローな曲へ、エレクトロニックなスペース・サウンドから、アコースティックな弾き語りへと、まさにムーディ・ブルースの総力を結集したトータル・サウンドのパノラマとなっている。短い曲を畳みかける構成は、組曲形式を極限まで突き詰めたアイディアの結晶といえるだろう。

 

8 Gypsy (Hayward)

 前作『ドリーム』は、Bサイドで組曲形式を十全に活かした構成になっていたが、『チルドレンズ・チルドレン』は、A面が異なるタイプの短い曲を繋いでいく構成で、Bサイドは、独立した楽曲をメドレーでつなげる形になっている。

 1曲目は、ヘイワードのアップ・テンポの、しかしメロディアスなロック・ナンバー。曲はヴァースがやや単調だが、コーラスの「オ、オ、オ、オ、オゥ、オ」はヘイワードらしい。さらに中間部の「オゥ、オゥ、オゥ」(ずっと唸ってばかりいるようだが)では、ヘイワード節が炸裂する。傑作とまではいえないように思うが、ヘイワードのヴォーカルが堪能できる。

 

9 Eternity Road (Thomas)

 トーマスの無表情なヴォーカルから始まるハードなナンバー。「フローティング」のようにポップではないが、印象的なメロディをもつ。トーマスのよく伸びる声も心地よい。

 『チルドレンズ・チルドレン』はスペース・サウンドが特徴なせいか、トーマスのフルートが最初の二枚ほどは使われていない印象を受ける。ここでは自作の曲だけにフルートのソロがトーマスらしさを引き立てる。

 

10 Candle of Life (Lodge)

 日本盤のライナー・ノウツで、本作の最高傑作に挙げられていた。英米ではそれほどには評価されていないのか、『ディス・イズ・ザ・ムーディ・ブルース』でも、ロッジ自身は自作のベストに選んでいない[iii]

 しかし、やはり本作はロッジの最高傑作のひとつだろう。流麗なピアノのイントロから、甘美なメロディが聴き手の耳から心へと入り込んで、感情を揺さぶる。なんとも蠱惑的な旋律だ。本曲では、メロトロン以上にピアノが圧倒的な存在感を示し、リード・ヴォーカルを任されたヘイワードの声も申し分なく曲の魅力を引き立てている。

 『フューチュア・パスト』と『ロスト・コード』はヘイワードのアルバム、『ドリーム』はピンダーのアルバムとすれば、Aサイドの2曲を含めて、『チルドレンズ・チルドレン』はロッジのアルバムといってよいだろう。

 

11 Sun Is Still Shining (Pinder)

 ピンダーの「サン・イズ・スティル・シャイニング」は、『フューチュア・パスト』の「ザ・サン・セット」の続きのような(太陽つながりで?)曲。久しぶりにシタールを使っているのか、そのせいもあって、これまた久しぶりの東洋風ナンバー。残念ながら、スペース・トラヴェルがテーマのアルバムには、あまり合っていない。

 しかし、縦横無尽に駆け巡るメロトロンの響きが、無限の宇宙空間の広がりを思わせ、初期とは比べ物にならない奥行きと広がりを感じさせる。ピンダーにしても、自作の曲なら、誰に遠慮することもなく、思う存分メロトロンと戯れることができるのだろう。

 

12 I Never Thought I’d Live to Be A Million (Hayward)

 再び登場のヘイワードの小品は、さらに短く、わずか30秒ほど。ロッジの「子供の眼」とは異なり、タイトルは違う(といっても、百が百万になっただけ)が曲は同じ、というパターン。

 本来なら、エッジの詩の朗読でエンディングへと繋いでいくところだが、その代わりの曲というところか。

 

13 Watching and Waiting (Hayward, Thomas)

 アルバムを締めくくるに相応しいスケール豊かなバラード。

 ヘイワードは、「サテンの夜」のような曲を、という周囲の期待を聞かされ続け、この曲こそがそれだ、と思ったらしい。それだけ自信があったようだが、シングル発売したものの、ヒットには至らなかった。なぜヒットしなかったのか、わかっている、と本人はいうが、そもそもシングル向きではなかったのではないか。「サテンの夜」もシングル向きではなかったかもしれないが、ずば抜けたメロディの魅力があった。本曲の場合、サビの部分が弱いように感じられる。ヴァースのメロディは大変美しいが、残念ながら、「サテンの夜」ほどの劇的なアレンジとフックが欠けていたようだ。

 そうはいっても、トーマスとの共作の前二作に劣るものではない。荘厳なアレンジは教会音楽のようで、欧米のロック・バラードは、得てして宗教的な雰囲気を漂わせることがあるが、本作にも多少その気味がみられる。ヘイワードの線が細いようでいて、宇宙空間に響き渡るような圧倒的なヴォーカルがアルバムのラストに相応しい。最後、フェイドアウトして、遠く消えていく「ウー、ウー」のスキャットが余韻を残す見事な幕切れだ。

 

[i] The Moody Blues, To Our Children’s Children’s Children (2006). マーク・パウエルによるライナー・ノウツから。

[ii] 同、13頁。

[iii] This Is the Moody Blues (1974). 本アルバムからは、「子供の眼」のほうが選ばれている。