エラリイ・クイーン『エジプト十字架の謎』

(『エジプト十字架の謎』のほか、アガサ・クリスティABC殺人事件』、G・K・チェスタトン「折れた剣」、横溝正史『真珠郎』の内容に触れています。)

 

 『エジプト十字架の謎』(1932年)は、エラリイ・クイーンの作品中、もっとも親しまれ、読まれてきた長編のひとつだろう。前作の『ギリシア棺の謎』と比べると、はっきりするが、ストーリー展開が派手でわかりやすい。場面転換がスピーディで、ヤードリー教授やヴォーン警視のキャラクターも面白い。正直、クイーン警視やサンプソン検事より愉快だ。ことに、ヤードリー教授は、ようやくクイーンの小説で個性ある人物が登場した、と感じさせる。

 そして、ヨードチンキの瓶の推理。と、こう書くだけで通じてしまうのがすごい。パズル・ミステリのお手本のような手がかりと推理で、ミステリを書こうとする人は、最初にこれを真似すべきだ、と思わせる。

 同時に、ミステリのスタイルが本作から大きく変わった感がある。『ギリシア棺』までの四作は、何より論理的推理に比重が置かれていたが、本作以降、むしろトリックが中心に据えられるようになる。とくに『ギリシア棺』では、何が何でも推理、推理、だったが、そしてもちろん『エジプト十字架』でも、そんなことまで証明しなくても、というほど推理はするが、それ以上に前面に出ているのは、「顔のない死体」のトリック、もしくはテーマである。これはどういう心境の変化、いや方針転換なのだろうか。

 『オランダ靴の謎』以降、専業作家となって、定期的に小説を執筆しなければならなくなった。トリックを中心にプロットを構築するほうが楽だと認識したのだろうか。推理のみでパズルをつくるよりも、要所に推理を織り込んだトリック小説のほうが、プロットを組み立てやすい、と悟ったのかもしれない。あるいは、単純に推理よりもトリックのほうが、読者受けがよいと考えたのか。実際、『ギリシア棺』と『エジプト十字架』で、それが立証された[i]ように見える。

 『エジプト十字架』のテーマである「顔のない死体」は、同年のロス名義の『Xの悲劇』でも使用されている。後者ではメイン・トリックというより、「一人二役」トリックの補助的なトリックとして用いられているが、本作ではメインになっている。何しろ、四件の連続首切り殺人事件が勃発するのである。恐らく、『X』のほうが先に執筆されたであろうから、後者でアイディアを練っているうちに、「顔のない死体」をメイン・テーマにしたプロットを思いついたのだろう。

 しかし、「顔のない死体」というのは、1932年当時でもすでに使い古されたトリックになっていた。ディケンズの『バーナビー・ロッジ』がその(近代における)先駆であることは、江戸川乱歩の評論[ii]で有名になったが、純粋なミステリのジャンルでも、コナン・ドイルモーリス・ルブランやF・W・クロフツに作例がある。この、いわば陳腐なトリックを使って、クイーンはどのような新機軸を打ち出そうとしたのだろうか。

 このトリックの解決方法は基本的に被害者と犯人の入れ替わりである。すなわち、「意外な犯人」の一類型なわけだが、英米の代表的な作例を見ると、解決方法はほぼ常に一緒である(日本では、かなり様々なヴァリエーションが見られる[iii])。『X』もそうであるし、『エジプト十字架』も同様である。では、何が新しい工夫かというと、ひとつは、「顔のない死体」の複数化であろう。言ってみれば、『ABC殺人事件[iv]のトリックの「顔のない死体」への応用である。複数の「顔のない死体」事件の幾つかに「被害者・犯人入れ替わり」を仕込むことで、読者の目を眩ませようとする。もっとも、『ABC殺人事件』の発表は、『エジプト十字架』より後なので、むしろチェスタトンの「折れた剣」[v]の応用というべきかもしれない。ただし、である。『エジプト十字架』では、「入れ替わり」の行われていない第二、第三の事件では、死体の身元が検死結果等により確認されている。第一、第四ではそうではない。つまり、どの殺人で「入れ替わり」が可能か、見極めがつくようになっている。もちろん、それでも多くの読者は、すべての事件について犯人と被害者が入れ替わっているのではないか、と疑うだろうし、作者もネタ晴らしのつもりではないのだろう(解決編で、すべての殺人で「入れ替わり」があったかどうかを検証するのは大変なので、あらかじめ説明しなくて済むようにしておいたのだろう)。とすると、「顔のない死体」の複数化といっても、ヴァリエーションといえるほどの効果はない、ともいえそうだ。

 もうひとつのアイディアは、「顔のない死体」の重層化である。最初の事件で殺害されたと思われていた人物が、実は生きていたことが途中で明らかになる。犯人が間違った人間を殺害してしまったのだ(というのが、表面的な事実)。被害者となる三人兄弟は、故国を捨てた外国人で、ある人物の恨みを買ってアメリカに亡命してきた。最初に復讐者に狙われた(実は、おびき出した)三男は、いつか来る襲撃を予測して身代わりをたてており、殺されたのは、その身代わりの男だった(というのが、表面的な事実)。しかし、次男、長男が相次いで犠牲となり、最後に残った三男もついに殺害され、復讐者はまんまと逃亡したかに見えた。ところが、あとを追うエラリイや警視たちの前に現れた犯人は、・・・三男だった。彼が、すべての事件の犯人で、最初に殺されたのが、実は復讐者だったのだ(最後に殺されたのが、身代わり)。

 つまり、最初の首切り殺人事件で被害者と犯人が入れ替わっていたが、さらに最後の事件でも、被害者と(みせかけ上の)犯人が入れ替わっていた、という、説明がややこしいプロットである。あるいは、犯人が二度にわたって「入れ替わり」を行い、被害者を装う、というトリック。

 このトリックの狙いはどこにあるのか。次の説明を引用するほうがわかりやすいだろう。

 

  「(『エジプト十字架の謎』では)顔のない屍体A氏は、いつの場合でも、その生 

 存を隠蔽されるのが普通であるのに、この小説に於ては、非常に巧みな方法によっ

 て、篇中の途中に於て、いやが応でもA氏の存在が立証されなければならぬ仕組みに

 なっている。読者はここで一瞬、自己の信念に動揺を感じさせられる。」[vi]

 

 つまり、「被害者の入れ替わり」を途中で明かすことで、読者の予想の裏をかく、ということだろうか。もしくは、この小説は、「犯人・被害者入れ替わり」のパターンではないのかも、と疑わせる。なかなか微妙だが、二度あることは三度ある(この場合、一度あることは、だが)、と考える読者もいそうである。少なくとも、一度「被害者の入れ替わり」を明かされた読者は、最後にもう一度「被害者・犯人入れ替わり」を種明かしされても、そこまでびっくりはしないのではないだろうか。

 そう見てくると、作者の狙いは、「顔のない死体」の新しいヴァリエーションで読者をあっと言わせることではなく、最後の事件で「被害者・犯人入れ替わり」が行われているのかどうか、を読者に推理させることであるようだ。第一の事件で死んだと思われていた人物が生きていた、すなわち、「入れ替わり」が行われていた。第二、第三の事件では「被害者・犯人入れ替わり」は行われていない。それでは、最後の事件はどうか、当ててごらんなさい、というわけである。最初の事件の「入れ替わり」を途中で明かしてしまうのは、定石は承知していますよ、というメッセージでもあるのだろう。そして、最後の事件の推理のために用意されたのが、ヨードチンキの瓶の手がかりである。つまり、第四の事件のみ、「被害者・犯人の入れ替わり」が推理できる構成になっている。それに対し、最初の殺人では、いくら「犯人・被害者の入れ替わり」を疑っても、推理できない(データがない)。さらに、最後の「入れ替わり」を推理できれば、必然的に、最初の事件の欺瞞も解き明かされる。エラリイが指摘しているように、復讐者を殺害したのならば、正当防衛が主張できる。それができないのは、殺されたのが復讐者ではないからで、すなわち、最初の犠牲者が復讐者だったことになる。

 従って、作者が『エジプト十字架』でやりたかったことは、「顔のない死体」トリックのヴァリエーションではなく、「被害者・犯人の入れ替わり」を推理によって証明する(あるいは、読者に証明を求める)という点にあった、といえる(すなわち、犯人の意外性は考えていない?[vii])。従来、このトリックは、意外な犯人で読者をあっと言わせることが主眼で、トリックが推理によって解明できるかどうかは二義的だった。その意味で、飯城が主張しているように、「トリックをあばくためのロジック」[viii]が本書の狙いであることが理解できる。

 

 以上で、『エジプト十字架』における作者の狙いが理解できた。そのうえで、少々いちゃもんをつけさせてもらうと、本作における「犯人」の狙いは、まったくもって理解しがたい。

 犯人の都合は、実際は作者の都合で、動機や目的もプロットに合わせて、多少ゆがめられるのはやむを得ない。犯人は、最初の事件で復讐者を返り討ちにするが、上述のように、この時点で警察に通報して正当防衛を主張すれば、すべて丸く収まる。ところが、それをしないのは、もともと彼は兄たちに殺意を抱いており、むしろ兄弟殺害が主目的だったからだ、と説明される。つまり最初から復讐者に兄弟殺しの罪をかぶせるつもりで、彼を殺したことを隠そうとするのだ。しかも、身代わりとなる無関係の男を殺害してまで、計画を遂行しようとする。しかし、それほどまでに激しい殺意の動機について、手がかりは一切提示されない。というか、エラリイも、知らん、で済ませているが、そこはまだよい。

 途中で、犯人は自ら生存していることを明らかにするが、この心理が不可解である。もちろん、帰国した長兄が、弟が身代わりと入れ替わっていることを警察にしゃべってしまうのだが、そもそも身代わりの計画を兄に黙っていれば、ばれることはない。せっかく、自らが死んだものと思わせて、(エラリイも含めて)誰も疑っていないのに、進んで名乗り出る意味がわからない。次兄の遺産を受け取るため、と説明があるが、殺人罪で逮捕されるのとどっちがましか、わかっているのか。このように思うのは、最後の事件で、犯人は再び「入れ替わり」を実行するからである。

 最後に身代わりの男を殺して、再度自分が殺されたように見せかけるが、今度は、そうは問屋がおろさない。徹底的に死体の身元確認が行われるだろう。最初の事件で、被害者が別人だったとわかって、これは警察の大失態である。同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。

 つまり、ヨードチンキの手がかりがなくとも、「犯人・被害者の入れ替わり」がとことん疑われ、指紋、足跡などが詳細に調査されるだろう。早晩、真相が明らかになるはずだ。しかも、この犯人、素人のヤードリー教授さえ振り切れなかったくらいである。犯行計画に自信を持ちすぎて油断していたのだとしても、間抜けにもほどがある。いずれ、「入れ替わり」は暴かれ、逮捕されていたに相違ない。死体の検死も済まないうちに事件が解決してしまったので、エラリイの面目もたったが、実際は、ヨードチンキの推理など必要なかったのだ。

 もちろん、それではパズル・ミステリとして面白くもなんともない。犯人は、息詰まる追跡劇の末に逮捕され、エラリイが華麗な推理で真相を解き明かさなければ収まらない。そうでなければ、「経費」[ix]を払ってくれるはずの読者が、怒って本をエラリイに投げつけるだろう。

 

[i] 『エジプト十字架の秘密』(越前敏弥訳、角川文庫、2013年)、538-40頁。飯城勇三の解説によれば、『エジプト十字架』は、『オランダ靴の謎』に次いで、全米ベストセラー一位に輝いた、という。

[ii] 江戸川乱歩「顔のない死体」『続・幻影城』(光文社文庫、2004年)、256-64頁。

[iii] 江戸川乱歩横溝正史高木彬光といったビッグ・ネームの作家に、それぞれヴァリエーションの作例がある。

[iv] アガサ・クリスティABC殺人事件』(1935年)。

[v] G・K・チェスタトン「折れた剣」『ブラウン神父の童心』(1911年)所収。

[vi] 横溝正史「私の探偵小説論」『真珠郎』(扶桑社文庫、2000年)、467頁。『エジプト十字架の秘密』、543頁参照。少々意外なことに、『エジプト十字架』にヒントを得て書かれた、という『真珠郎』では、「顔のない死体」の複数化は踏襲されているが、引用で言及されている重層化のほうは、取り入れられていない。

[vii] もっとも、ベストセラー一位になるくらい売れたのなら、読者の多くは、ミステリなど読んだこともない、あるいはエラリイ・クイーンのミステリしか読んだことのない人たちで、従って「顔のない死体」のトリックも初めてで、素直に驚いてくれたかもしれない。

 また、作中、犯人を追い詰めたエラリイが、ヤードリー教授に、犯人の正体を尋ねると、教授はこう答える。「わたしの言うクロサック(復讐者-筆者注)とは、生まれたときからその名前を持ちながら、おそらくわたしたちには別の名前で通っている男だよ」(『エジプト十字架の秘密』、497頁)。この文章から考えると、作者も、登場人物のなかにクロサックが扮している者(例えば、ポール・ローメイン)がいると読者が予想することを想定(期待)して、その裏をかくことで驚かす狙いをもっていたとも考えられる。

[viii] 『エジプト十字架の秘密』、544頁。

[ix] 同、534頁。

E・クイーン『ギリシア棺の謎』

 『ギリシア棺の謎』(1932年)は、エラリイ・クイーンの最高傑作とされる。

 次から次へと推理を組み立てては壊していく、その様は、まさにロジック・ブレイカー、いやスクラップ・アンド・ビルドか。エラリイ・クイーン(作者および探偵)が、目を血走らせ、髪をかきむしりながら(あくまでイメージ)、理屈をこねくり回す姿が目に浮かぶ。とても凡人にはついていけない。いきたくない。だが、そこがいい。他のミステリでは味わえない驚愕と精神疲労が味わえる。

 が、最初読んだ時は、面白いとは思えなかった。

 もったいぶった書き出しがうっとおしいし、なかなか事件は始まらないし。それに長い。ひたすら長い。

 ようやく200頁も過ぎて、エラリイが、ネクタイとティーカップから奇想天外な推理を披露すると、おおっ、となるが、その後は、自殺に見せかけた殺人事件が起こるものの、大した推理もなく、またひたすら長い。作中のエラリイも気勢が上がらないが、読んでるこっちも音を上げたくなる。

 最終局面になって、脅迫状が届くころには、この小説、一体どういう話だったっけ、という状態になる。

 そして、ついに「読者への挑戦」がきて、エラリイの謎解きが始まるが、タイプライターがどうのこうの、これは£(ポンド)記号で、アメリカの機種には珍しいキーだとかと言われても、タイプなんか見たこともないし、わかるわけないだろ、と思った(その後、一時期使用したことがある。『ギリシア棺』の影響ではない)。

 というわけで、初読時は、さして感心しなかった記憶がある。

 しかし、読みかえして、やはりエラリイ・クイーンの作品のなかでは一番よい、と考えを改めた。どこが良いかと言われれば、やはり、推理の面白さである。とくに、二通の脅迫状に関する推理は、論理的云々以前に、意外性があり、そこに魅かれる。正直、ジョン・ディクスン・カーの数ある密室トリックのどれよりも、『ギリシア棺』の脅迫状に関する推理や、『オランダ靴の謎』の書類入れに関する推理のほうが、意外性があって面白い。高木彬光のある長編[i]を読んだとき、『ギリシア棺』と同工のアイディアが使われていて、こちらもなかなか面白かった。

 幾つも推理を組み立てては壊していく過程もすごいが、『ギリシア棺』を最高作とする決め手は、この二通の脅迫状をめぐる推理にある、というのが個人的感想である。

 

 ところで、聞くところによると、『ギリシア棺』をめぐっては、ミステリの根幹を揺るがす大論争があった、という[ii]

 犯人が次から次へと、偽の手がかりをエラリイにぶつけるので、何が正しい手がかりなのか見極めがつかなくなったエラリイが発狂する(・・・違うか)。

 とにかく、シャーロック・ホームズは女性だった、以来の大論争だったそうな(・・・違うか)。

 確かに、『ギリシア棺』の手がかりの大半は犯人がこしらえた偽の手がかりで、それらが、二通の脅迫状や時計のなかの千ドル紙幣といった真実の手がかりと併存している。どれが真の手がかりで、どれが偽物なのか、判定する基準は曖昧である。というか、存在しないらしい。従って、『ギリシア棺』以来、ミステリの手がかりの真偽の判別が不確かなものになってしまった、ということのようだ。『ギリシア棺』はパンドラの箱であったのか。最後に残ったのは、「希望」それとも「はずれ」のカード?

 しかし、ミステリの手がかりの真偽は、『ギリシア棺』を待つまでもなく、常に不確かなもので、偽の手がかりはミステリにはつきものだが、大方の作品では、手がかりの真偽までは検討されない。普通の読者は、そこまでの理屈を求めないからだろうが、クイーンのミステリはそこまで求めてしまった、ということなのか。

 ミステリにおけるデータの真偽判別が不可能になった、と理論立てても、実際は、個々の作品について、手がかりの真偽が判断できるか否かを個別に検証していくしかない。ミステリが扱っているのは人間(動物や宇宙人でもよいが)なので、一般法則を当てはめるのは無理がある。そもそもの問題を引き起こした『ギリシア棺』はどうなのだろう。

 タイプライターの推理までは偽の手がかりと判明しているので、真の手がかりとされた二通の脅迫状が、偽の手がかりの可能性があるかどうか、ということだろう。飯城勇三エラリー・クイーン論』[iii]を読んだので(というか、これしか読んでいないのだが)、同書を参考に考えてみたい。とはいえ、なんだかすごく難しい本で、何度か走り読みしたが(それが悪いのか、だって長いんだもん)、正直よくわからない。しかし、大体、こういうことであるらしい。(以下、犯人を開示。)

 まず、小説の真の解決。

 

 脅迫状を打ったタイプライターはノックス所有のものである。

 しかし千ドル札に関する推理から、ノックスは犯人ではない[iv]

 タイプライターの手がかり(ポンド記号)は、ノックスが犯人であるかのように見せかける偽の手がかりである。

 二通の脅迫状のうち、後のほうのみノックス邸のタイプライターで打たれている。

 ノックスを犯人に見せかけるためには、二通ともノックス邸のタイプライターを使うはずである。すなわち、最初の脅迫状を書いたとき、犯人はノックス邸のタイプライターを使用することができなかった。

 最初の脅迫状が届いてから、ノックス邸に新たに出入りすることになったのは、監視役のペッパー検事補である。

 最初の脅迫状は、捜査官のひとりであるペッパーが、ノックス邸に出入りする口実を作るために書かれた(本来、一通出せば済む脅迫状がなぜ二通書かれたか、の理由)。

 真犯人はペッパーである。

 

 次に、ペッパーを犯人とする手がかりもまた偽である、とする推理。作者のクイーンもやっていないことをするのに何の意味があるのかとも思うが、面白いので継続。

 この場合でも、脅迫状を打てるのはノックス邸の居住者もしくは出入りを許された者のみである。使用人等は除外する(現実の事件ではそうもいかないが、結局ミステリなので)。すると、犯人はノックスまたはジョーン・ブレット(共犯者の可能性は省略)だが、後者は、最初の偽の手がかりをぶち壊した張本人なので除外(脅迫状は、最初の事件の犯人が所有する約束手形に印字されているので、同一犯人と断定)。従って、ペッパー以外が犯人とすればノックスしか残らないが、上述のように、すでにノックスは犯人ではない、と作者によって一応証明済み。飯城によれば、作中でエラリイが行った千ドル紙幣に関する推理を敷衍することで、ノックス犯人説は改めて否定される[v]。ただ、逆にいえば、千ドル紙幣の手がかりがなければ、ノックスがペッパーを犯人に見せかけたとする推理も成立可能と認めているようだ[vi]。以下のように。

 

 ノックスは、わざと自分のタイプライターで打ったことがわかる手がかり(ポンド記号)をつくって、脅迫状を作成する。まず、自分に疑いを向けさせるためである。

 同時に、二通の脅迫状のうち、二通目のみ自分のタイプライターで作成することで、ペッパーが犯人であると推理できる手がかりをつくる。

 千ドル紙幣の手がかりで、エラリイが自分の無実を証明するとわかっているノックスは、その結果、エラリイが、タイプライターの手がかりを偽物と識別して、二通の脅迫状こそ真の手がかりと判定するだろう、と予測する。

 

 以上で、実はノックスが犯人である可能性が残っている、というのが新解釈らしい。しかし、繰り返すが、飯城は、千ドル紙幣の手がかりによって、この解釈は否定される、と主張している。

 だが、千ドル紙幣の推理によらずとも、ノックス犯人説は成り立たないのではないだろうか。一通目の脅迫状によって、ペッパーがノックス邸に出入りするよう誘導し、二通目の脅迫状をノックスのタイプライターで作成したかに見せかける、というのは単なる見込みに基づく(それもかなり見通しの甘い)計画である。ペッパーが、自分がノックス邸に出向いて監視します、と申し出たからよかったが、彼が言い出さなければ成り立たない。そもそも監視役が配置されるかどうかも確実ではないが、そうなったとしても、誰が監視役になるか、ノックスにはわかりようがない。犯人に仕立てるのはペッパーでも誰でもよかった、ということだろう。もし、エラリイが、自分が監視役をする、と言い出したら、彼を犯人に見立てるつもりだったのだろうか。自分が犯人であることを証明してしまった名探偵。すごいシュールだ。

 

エラリイ:以上のように、犯人は、第一の脅迫状が送られて以降、ノックス邸に出入り  

 するようになった人物です・・・。すなわち、エラリイ・クイーンです!・・・・・ 

 Q.E.D.(涙)。

ペッパー:なんてこった、クイーン君。

ブレット:まさか、クイーンさん。

サンプソン:おい、警視。君の息子は頭がおかしくなったぞ。

クイーン警視:おお、エラリイ。

ノックス:グッド・ラック。

 

 大体、ノックスのような社会的名声のある人物が、誰でもいいから犯人に仕立てる、などという危うい犯罪計画を立てるだろうか。脅迫状のような明白な物的証拠を残すなど、伝説的実業家に似合わぬ杜撰さだが、それほどの大富豪なら、そもそも、こんなケチな犯罪計画など考えるまでもなく、(少なくとも絵画に関しては)金でもみ消せるのではないのか(脅迫状が届くまでは、実際そのつもりでいたようだ)。・・・そこまで言ってしまうと、容疑者ですらありえなくなってしまうが、どう考えても、ノックス犯人説は無理に見える。

 とうに論じつくされている問題なのだろうが、『ギリシア棺』に関しては、手がかりの真偽の判断は可能、と個人的には納得した。

 これにて終了。

 

[i] 『呪縛の家』(1950年)。

[ii]ギリシア棺の秘密』(越前敏弥訳、角川文庫、2013年)、飯城勇三による解説、594-96頁。

[iii] 飯城勇三エラリー・クイーン論』(論創社、2010年)。

[iv] 同、237頁。

[v] 同、264-68頁。

[vi] 同、259-63頁。

E・クイーン『Xの悲劇』

 Xと言えばY、ちょっと離れてZ、というのがエラリイ・クイーンのXYZ三部作の日本における評価だろうか。

 『Zの悲劇』も(バーナビー・ロス名義だが)エラリイ・クイーンの傑作とする声は多いが、『X』と『Y』に比べると、旗色が悪いようだ。それほどまでに、『Xの悲劇』と『Yの悲劇』はミステリの名作として並び称されてきた。やっぱり『Y』でしょう、わたしは『X』のほうが好き、と喧々諤々の議論がかまびすしかった(のか?)。今はそんなこともないのだろうか。

 これら二冊は外観が対照的なことも、評価が分かれる要因だった。中島河太郎は、かつて『Yの悲劇』の解説で、「『Xの悲劇』はクイーン名義の系統での最秀作とも見られぬでもないが、『Yの悲劇』は思い切って舞台の雰囲気を変えている」[i]、と述べたが、確かに、ニュー・ヨークの喧騒を描いて、すべて乗り物の中で事件が起こる『X』に対して、『Y』は、どこの都市でもいいような外界から切り離された邸宅の内部でほぼ物語が完結する。派手な連続殺人の『X』では、名探偵ドルリー・レーンが、アルセーヌ・リュパンはだしの変装までして颯爽と駆けまわる。一転、『Y』では、終始沈鬱な表情を浮かべながらハムレット荘とハッター家を往復するのみ。『X』を、アメリカを描いた小説として高く評価したのは、作家の日影丈吉[ii]だったが、さすがに卓見である。一方の『Y』は、むしろイギリス風ともいえる。

 パズル・ミステリとしての特徴も対照的である。『X』は、「一人二役(実際は一人三役もしくは一人四役)」と「顔のない死体」という常套的だが大掛かりなトリックを思い切りよく使っている。それに対し、『Y』では、トリックらしいトリックは用いられず、「凶器がマンドリン」といった異様な謎の解明が焦点となる。

 しかし、無論、クイーン作品である以上、最大の特徴は論理的推理にある。『X』では、何と連続殺人のそれぞれについて犯人を特定する推理が展開される。江戸川乱歩は、横溝正史の『獄門島』を評して、「三つの殺人にそれぞれ異った三つのトリック」[iii]を用いた、と称賛したが、『X』は、「三つの殺人にそれぞれ異なった三つの推理」というわけである。さらに、最後の殺人では、初めてダイイング・メッセージが使われ、それがタイトルの「X」に繋がる(タイトルは、レーンが犯人を「X」と呼称したことから来ている)。小説の最後の一文字が「X」というのも、実にしゃれている。

 加えて、上述のようにレーンがある人物に変装して読者を驚かしたり、小説半ばの裁判シーンでは、いかにもクイーンらしい推理が披露される(まるで長編小説のなかに短編ミステリが入っているようだ)など、これでもか、と言わんばかりのおまけつき。最初から最後まで、これほどパズル・ミステリの楽しみを味わわせてくれる小説は、恐らく他にないだろう。

 この過剰なまでのサーヴィスぶりを見ると、クイーンは、本書で史上最高のパズル・ミステリを書いてやろう、と考えたのだろう。ミステリのあらゆる要素をぶち込み、実際、冗談でなく、三冊分ほどのヴォリュームがある。あまりの大盛りデカ盛りに、お腹一杯になるが、本書に匹敵する密度のミステリを他に探すとすれば、ディクスン・カーの『三つの棺』(1935年)くらいのものだろう。

 とはいえ、本書の読みどころは、前述のとおり、三つの殺人における三つの推理にある。

 

 第一の殺人は、雨中を走る市電のなかで発生する。突如、意識を失って死亡した株式仲買人のポケットから、猛毒を塗った針を無数に植えつけたコルク球、という奇怪な物体が発見される。乗車前に、男性はポケットをまさぐっているのを目撃されており、凶器が投入されたのは市電のなかと判断される。

 以上の状況をサム警部とブルーノ検事から聞かされたレーンは、あっという間に次のような推理を組み立てる。

 

 この奇妙な凶器は、犯人も素手で扱うことはできない。

 犯人は、自分自身が猛毒で倒れるのを避けるために、手袋を使用したはずだ。

 犯行後の警察による現場検証では、手袋は発見されなかった。

 雨中のため、市電の窓は締め切られており、手袋を車外に投棄することは不可能である。

 市電には、たまたま刑事が乗り合わせており、警察への通報を車掌に指示している。

 警察の到着までの間に、市電を離れたのはこの車掌ひとりである。

 手袋を始末したのは車掌であり、犯人もしくは共犯者と推定される。

 

 理路整然とした推理であるが、ちょっと引っかかるのは、このハリネズミのような凶器を扱うのに手袋で充分だろうか、ということである[iv]。凶器の具体的な形状は図示されていないし、車掌がはめていた手袋がどの程度厚手のものなのかも説明されないので、想像しようもないのだが、こんな物騒な凶器は、たとえ手袋をしていても触りたくない。

 もうひとつ、この猛毒コルク球はミステリ史に残る特異な凶器であるが、作者は、上記の推理を組み立てるために、このような凶器を考案したのだろうか、それとも、(最初にかますために)変わった凶器をまず考えたのか。1979年の座談会(注4参照)で、都筑道夫は次のように語っていた。

 

  「最初にあの凶器を考えたんじゃないのかな。そうしたら、それ、捨てられないで 

 すよ。」[v]

 

 作家ならではの発言だが、レーン探偵の説明を聞くと、車掌が犯人という推理を成立させるために、あの凶器を考案した風にも見えてくる。そう思わせるところもクイーンらしい。

 ただ、レーンの推理の強度については疑問もある。車掌が犯人だとした場合、犯行後、手袋を始末する理由があるだろうか。レーン自身指摘しているとおり、車掌が夏の日中でも手袋をしているのは不自然ではない。この点を、レーンは、車掌犯人説の補助的推理に用いているが、手袋をしていても不自然ではないのだから始末する必要はない、とも言える。レーンの推理では、手袋をしていること自体が犯人である論拠(あるいは、少なくとも容疑者のひとりである論拠)になるが、これは充分な法的証拠たりえるだろうか。もちろん、名探偵の推理が、(小説中の)裁判で有罪の決め手となる必要はないが、(小説中の)犯人がそう思うかどうかは、重要だろう。まさか、手袋をしているからといって則逮捕されるとは思わないのではないか。むしろ、手袋を始末して車内に戻れば、さっきまではめていた手袋をどうしたんだ、と気づかれる恐れがある。車掌はすべての乗客と料金のやり取りをするのだから、一人や二人は、彼が手袋をしていた、と証言するかもしれない。なかなかに危険である。むしろ車掌が手袋をしていないほうが、不審に思われるかもしれない。従って、車掌が唯一手袋を始末する機会を持ちえたとしても、彼がそうする可能性は低い。

 そもそも、車掌が手袋を始末した、あるいは事件発生時にはめていた手袋を車内に戻った時にははめていなかった、という事実が確認されたのか、というと、それもいささか曖昧である。レーンは、車内に残された、あるいは乗客が身につけていた不審な物の一例として手袋を挙げてサム警部に質問するが、その答えがノーだった[vi]。読者へのデータは、このレーンとサム警部の会話だけで、遺留品のリストなどが示されるわけではない。レーンの質問は、「その場にそぐわないもの」[vii]がなかったか、であって、言い換えれば、その場にあって不自然ではないものは除外される。車掌の手袋などは、当然あってしかるべきものの筆頭だろう。まあ、手袋がなかったかと聞かれれば、サム警部は、「車掌は手袋をしていましたけどね」、と答えるのが自然だから、そう言わなかったとすれば、手袋をしていなかったことを暗示すると解釈できるが、絶対確実というわけではない。作者としては、あまりそこを厳密にしようとすれば、読者に感付かれてしまうので、痛しかゆしではある。とはいえ、『ローマ帽子の謎』でもそうだった[viii]が、肝心なデータの出し方が、やや緩いのは気になる。

 いずれにしても、車掌が犯人だとすれば、手袋を始末するのは、むしろ危険である。とすれば、彼は共犯者である可能性が残るが、その可能性は、第二の事件の推理と矛盾する。やっかいなことである。

 だが、凶器の特性上、手袋に毒が付着するという危険性を考慮した、とすれば話は別である。このリスクを予測するなら、当然手袋は始末しなければならない。しかしそうなると今度は、犯人は、自分が警察への通報を命じられるとは予測できないはずだから、どうやって、手袋を始末するつもりだったのか、という別の疑問が生じる(レーンは、雨が降っていなければ窓から投棄できたというが、それも結構危険な気がする)。さらに考えを進めると、上記の危険性を犯人が予知していたとすれば、替えの手袋を用意していただろう。それまで手袋をはめていたのに、素手になれば怪しまれると考えれば、そこまで準備するはずである。しかし、その場合でも、どちらにせよ手袋を処分しなければならない。身体検査されることも予測しているだろうから。とすると、結局、どんなに良い条件でも、少なくとも雨中に決行するはずはない、ということになる。

 このような推論に対しては、この殺人方法では手袋が必要で、それを処分できたのは車掌しかいないのだから、彼が犯人もしくは共犯者であるとする推理は揺るがない、という反論が来るだろうが、色々と疑念が生じるのも事実である。

 結局、車掌が犯人の場合(あるいは他の誰であってもそうかもしれないが)、こうしたリスクの高い殺人方法を選択するだろうか、という根本的な疑念に漂着する。もし車掌が手袋を始末したとすれば、それは、手袋をしていれば疑われる、と犯人が考えた(つまり名探偵レーンの推理をすでに予想している)ことを示しているが、その危険を察知していたのなら、そもそもこのような凶器を用いた殺人計画など立てないだろう。そんなことを言ったって、実際に計画を実行したから事件になったんだろ、と開き直られればそれまでだが、どうもこの犯人は、慎重なのか、無謀なのか、計りかねる。

 雑然と述べてきたが、これまでにも、乗車前に被害者がポケットをまさぐった、という描写だけでは、凶器がすでにポケットに投入されていた可能性を排除できない、という指摘があったように記憶している。何より、自分自身が毒にやられて死んでしまうかもしれないような物騒な凶器を選ぶだろうか、という素朴な疑問がどうしてもつきまとう。ちょっと電車が揺れた瞬間、凶器をぐっと握りしめてしまって、犯人自身があの世行き、では、しゃれにならない。

 あれこれと突っ込みどころを探すのも、クイーンを読む楽しみではあるが。

 

 次に第二の殺人における第二の推理に移ろう。

 第二の殺人は、渡し船のなかで起こり、投げ落とされた死体が船と桟橋の間に挟まれて、顔がつぶされて発見される。その衣服から、被害者は、第一の殺人に登場した車掌のチャールズ・ウッドと判定される。

 レーンの推理は、今回は、死体の検死報告書[ix]とウッドの勤務記録[x]という具体的な証拠に基づく。この二つを、エド・マクベインの87分署シリーズのように、資料として並べれば、誰でも、おやっ、と気づきそうな単純な、しかし巧みな手掛かりである。推理自体よりも、手がかりの巧妙さが際立つ、と言えそうだ。ちなみに、1982年に行われた『ミステリマガジン』のアンケートで、『X』のこの手がかりに、いたく感心した、と回答しているのが、山田風太郎[xi]である。意外な発言のようだが、風太郎の愛読者なら納得するだろう。(私見だが)日本ミステリ史上最高の短編作家である山田風太郎[xii]らしい意見である。

 ところで、これは推理には関係ないが、近年、虫垂炎の手術数は減少している、とも聞く。高木彬光の『人形はなぜ殺される』(1955年)のトリックが現代の鉄道事情と合わなくなっているように、本書の検死報告書の手がかりも、若い読者にはピンとこなくなっている、ということはないのだろうか。

 もうひとつ気になるのは、死体の指紋がまったく問題にされていないことである。衣服から身元を確認したとはいえ、この時代、顔のつぶされた死体の指紋を採取照合しないものだろうか。本書で、指紋が無視されているわけではない。犯人逮捕の場面では、指紋が取られて一人二役が明らかとなる[xiii]。第二の殺人で、死体の両手指も損傷していた、という描写はない。確かに、ここで指紋照合してしまっては、死体がウッドのものではないことがばれてしまうから、無視するしかない、というのはわかる。しかし、ウッドの住居の監視にちゃんと刑事が配置されているのに、指紋を一切採取していないとすれば、ニュー・ヨーク市警も随分ずぼらだと思わないでもない。

 

 第三の殺人は、列車内が舞台である。

 被害者とその取り巻き達と同乗したレーンの目前で、最後の殺人が実行される。被害者は、シャツの胸ポケットを貫通して心臓を撃たれ、死亡していた。右利きなのに、左手の人差し指と中指を交差させ、奇妙な印(Xの形)をつくっている。また、乗車前に購入した列車の回数券が胸ポケットから上着のポケットに移動していることが判明する。

 以上の事実から、レーンが組み上げた推理はこうである。

 

 回数券が移動しているのは、被害者が一旦、胸ポケットから取り出したことを意味する。

 死の瞬間、被害者は右利きでありながら、左手で奇妙な印をつくっていた。これは、右手がふさがっていたことを示す。

 右手に回数券を持っていたとすれば、回数券が移動していた理由の前半が説明できる。

 回数券を取り出したのは、車掌が検札に来たからである。

 死体発見時に回数券が上着のポケットに移っていたのは、車掌が殺害後に入れたものと考えられる(回数券を持ったまま発見されれば、車掌が犯人とばれてしまう)。

 シャツの胸ポケットに戻さなかったのは、どこから取り出したかわからなかったからであり、またわかっていたとしても、銃弾によって撃ち抜かれていたので、そうしたくてもできなかったからである(さらに期限切れの古い回数券が上着のポケットに入っていた)。

 以上から、犯人は車掌と推定される。

 

 この推理に対しても、回数券が移動していたのは、被害者がとくに理由なく移したからに過ぎない(人はよくそういうことをする)。右利きだとしても、すべての動作で右手を優先するとは限らない(よほど複雑な動作でなければ、左手を使うかもしれない)、といった反論が可能である。しかし、三つの推理のなかでは、もっとも想像力に富んだ面白い推論だと思う。他にも、凶器の拳銃が、殺害推定時刻の数分後に通過する鉄橋から川に投げ込まれ、レーンの進言によって後に発見される。犯行後に通過する川に投棄して処分するという発想は、列車の運行を熟知していなければできない。すなわち、これも車掌犯人説を強力に補強する手がかりとなる。

 以上のとおり、三つの殺人にそれぞれ異なる三つの推理によって、犯人を明らかにする。クイーン長編でも、これほど多彩な推理の饗宴が供される豪華な作品は他にない。『X』がクイーンの最傑作とする意見には、強力な根拠がある。

 まあ、こんな回りくどい殺人計画を長年かけて考えなくとも、一番安全なのは、闇夜に紛れて後ろからポカリとやって、さっさと逃げ出すことだろうし、もし復讐相手に思い知らせてやりたいなら、監禁拘束して、少しずついたぶってやればいい。自分が傷つくかもしれないような危険な凶器をわざわざ作る必要はまったくない。

 そもそも、この犯人は、復讐を果たすのに、何で車掌になろうと思ったのだろう。それも二重生活、いや三重生活などというしちめんどくさい、そして危険な事前工作を何年もかけて準備したのか。常軌を逸している。確かに復讐の一念で常軌を逸しているのだが、しかし、それを言っちゃあおしまいよ、というのも確かである。犯人が車掌になって復讐しようと思ったのも、要するに、作者が、車掌が犯人のミステリを書きたかったからなので、つまるところ、『Xの悲劇』(あるいは大半のパズル・ミステリ)は、現実の常識に何ら基盤を持たない、まったくの作り物に他ならない。

 しかし、この作り物は、数あるミステリのなかでも飛びきり精巧に出来ている。中盤の渡船の殺人を挟んで、市電の殺人と列車の殺人、それぞれ手の込んだ推理がシンメトリックに対比される。作り物ならではの均衡の取れた美しさがそこにはある。

 

[i] 『Yの悲劇』(鮎川信夫訳、創元推理文庫、1959年)、中島河太郎による解説、428頁。

[ii] 日影丈吉アメリカの夢と現実(クイーン管見)」『ミステリマガジン』(エラリイ・クイーン追悼特集号)No.320(1982年12月)、162-63頁。

[iii] 江戸川乱歩「『俳諧殺人』の創意-『獄門島』を評す」(1949年)中島河太郎編『名探偵読本-8 金田一耕助』(パシフィカ、1979年)、145頁。

[iv] 1979年の座談会で、評論家の権田萬治が同様の疑念を述べているが、凶器をポケットに忍ばせるところを目撃される危険性なのか、凶器を扱う危険性のことなのか、はっきりしない。都筑道夫赤川次郎・権田萬治「アメリカを代表する探偵作家」『ミステリマガジン』(エラリイ・クイーン生誕50周年記念号)No.283(1979年11月)、81-82頁。

[v] 同、82頁。

[vi] 『Xの悲劇』(越前敏弥訳、角川文庫、2009年)、98頁。

[vii] 同。

[viii] 『ローマ帽子の秘密』(越前敏弥青木 創訳、角川文庫、2012年)、飯城勇三による解説、492-94頁参照。

[ix] 『Xの悲劇』、163頁。

[x] 同、184-85頁。

[xi] 『ミステリマガジン』No.320、143-44頁。

[xii] 初期短編のことを言っているのだろう、と思われるかもしれないが、風太郎小説特有の(そしてミステリの本質でもある)奇想天外なアイディアと結末の意外性は、忍法小説と明治小説にこそ発揮されている。話が逸れた。

[xiii] 『Xの悲劇』、387-88頁。

J・D・カー『テニスコートの殺人』

 『テニスコートの殺人』[i](1939年)は、『テニスコートの謎』[ii]として創元推理文庫に収録されていた長編小説の新訳版である。旧訳本は、1980年代にカーの翻訳をいくつも手掛けて、ファンを狂喜させた厚木 淳訳。新訳は、最近のカー作品の翻訳を和邇桃子らとともに担っている三角和代。ジョン・ディクスン・カーも、近年ようやく翻訳者に恵まれるようになった感がある(あ、でも、村崎敏郎訳も大変立派なものです)。しかも、『テニスコートの謎』は比較的最近の翻訳だったのに-といっても、1982年だから、年が知れるが-、早くも改訳された。最近の創元社がカーの改訳にかける情熱は、一体どうしてしまったのか(よい意味で)、と思わないでもない。

 カーの長編のなかでは、比較的手を伸ばしやすかった、ともいえる本書だが、ミステリとしてのテーマは、いわゆる「足跡のない殺人」である。

 金網に囲まれ、砂を敷き詰めたテニスコートの真ん中に、男が絞殺死体となって横たわっている。しかし、周囲には殺人者の足跡は残っていない。

 またしても、という感じの、この不可能殺人に挑むのが、おなじみフェル博士だが、最初に読んだときの感想はこうだった。

 

  「・・・くだらない。心底、くだらない。」

 

犯人:テニス好きの君のために、ラリーの相手をしてくれるテニス・ロボット(!?)を作ってやろう。

被害者:マジすか。

犯人:ロボットはネットと並行に動くので、金網を支えている鉄柱にロープを結び付けて、と。ロープのもう一方のはじをもって、コートの縁をぐるりと回って反対側の金網のところに立つよ。さあ、これで、コートを横切るロープに沿って、ロボットが動くわけだ。・・・ああ、ロボットの高さを決めなければいけないな。君の身長に合わせるから、ロープで輪をつくって、それに首を通してみてくれないか。それで高さの見当がつくから。

被害者:いいすよ。

犯人:やあ、ロープを首の周りに巻き付けたね。では、ちょっとロープを引っ張って、と・・・。

被害者:キューッ。

犯人:やれやれ、これで一丁あがりだ。あとは、ロープを手もとに引っ張って、死体を何度かころがせれば、はずれるだろう。

 

 こんなマヌケな被害者がいるだろうか。

 カーの名誉のために言っておくと、彼には、これ以前に『白い僧院の殺人』(1934年)、『三つの棺』(1935年)など、このテーマの歴史的名作を書いている。それが、四、五年でこのざまなのは、どうしたことか。それとも、ギャグ?・・・いや、ギャグなのか!確かに笑えるトリックだが。

 そう思ったのを、今でもまざまざと思いだす。

 そこで、今回、新訳版で読みかえした。その結果は?訳者が変わったからといって、評価が一変するわけもない。トリックが最低なのは同じである。しかし、・・・。何というか・・・。

 面白い。

 いや、トリックはアホだが、ミステリとしては大変面白い。新訳版の解説で、大矢博子が指摘しているように[iii]、前半は、主人公とヒロイン中心のサスペンス小説的ストーリーで、これが無暗に面白い。

 もともと本書の設定は不可能犯罪ではない。実は、死体のそばには被害者の足跡のほかに、被害者の婚約者(ヒロイン)の往復した足跡が残っている。死体を発見したヒロインが、思わず駆け寄ったためについたものだが、このままでは彼女が犯人にされてしまう。かねてヒロインに思いを寄せて、被害者と不倶戴天の敵同士だった主人公がヒロインを助けようと色々工作を施すが、これが上手くいったり、いかなかったりする。現場に現れたハドリー警視とフェル博士との間で、虚々実々の駆け引きが展開されるのである。

 サスペンスといっても、アイリッシュ風ではなく、むしろ倒叙ミステリ的で、主人公とヒロインの企む隠蔽工作は非常に理詰めである。そこが実に面白い。

 ヒロインは重いトランクのようなものを抱えたまま死体のそばまで歩いて行ったので、足跡は女性のものとは思えない深さになっている(この設定はちょっと苦しい)。そこで、何者かが彼女の靴を履いて犯行に及んだのだ、と言いぬけようとする。ところが、今度は、主人公が(女性の靴は履けないので)手に靴をはめて、逆立ちして被害者に近づいたのではないか、と疑われる、という具合で、この主人公=ヒロインとハドリー警視=フェル博士の間の腹の探り合いはまさに手に汗を握る。単純に不可能犯罪の設定にしなかったカーの熟練の技で、『曲がった蝶番』(1938年)や『緑のカプセルの謎』(1939年)など、この時期のカーのプロットづくりの巧みさには感嘆のほかはない。

 ところが、このサスペンスフルな展開が持続するか、というと、そうではないのが、カーの一筋縄ではいかないところだ。

 一夜明けて、主人公が父親の弁護士に相談する(主人公も弁護士)あたりから、妙にコメディ・タッチになってくる。そもそもこの父親が、それまでの雰囲気をぶち壊すような滑稽な人物に描かれていて、やたらと引用する癖がある。

 

  「悪態をついてはならんぞ、ヒュー。″彼は言うべき言葉を知らず、悪態をついた 

 〝。バイロンだったかな。」

  ヒューのバイロンに対する評価がたいして高かったことはないが、また一段下がっ

 た[iv]

 

 そのほかにも、「母さんをスコットランドへやろう。旅券なしで行かせるならあそこがいちばん遠い」[v]、というところも妙におかしい。

 もう一つ引用すると、主人公の隠蔽工作について、父親はこう指摘する。

 

  「だが、わかっているだろうな。まあ、その、真実があきらかになれば、おまえの 

 弁護士人生は終わりだと」

  沈黙がながれた。

  「そうなっても構いません」

  「それでも、わたしのために少しは構ってくれ。おまえはせっかちだ、とてもな」[vi]

 

 この時期になると、カーの会話によるギャグ・センスもだいぶ磨かれてきたようだ(この辺は、新訳のほうが快調だ)。

 そのあと、主人公はヒロインとともに劇場に向かう。そこに出演している空中ブランコ乗りの芸人に恋人がおり、実は彼女は被害者にもてあそばれ、捨てられていた。そのためブランコ乗りの男が被害者を付け狙っていた。ところが、その男は、殺人のあった時刻に現場におり、ヒロインが死体に駆け寄る瞬間(つまり、ヒロインは犯人ではないという証拠)も、殺人が行われた瞬間もカメラに収めていた、と二人に明かす。このブランコ乗りがまた気のいい奴で、主人公とヒロインに写真を渡すと、自分はあんたたちの味方だ、とくる。前半のはらはらしたスリルはどこへやら、すっかりほのぼのした展開となる。しかし、そのブランコ乗りが、リハーサル中に銃で撃たれて墜落するという第二の殺人が起きると、再びスリルが高まる・・・はずだが、このトリックもメイン・トリックに輪をかけて阿保らしいので、どんどん緊張感は下落する(もちろん、殺人の場面がおちゃらけているわけではないので、読了後の感想ではあるが)。

 この、前半のサスペンス・ミステリ的展開から、後半ののんきなユーモア・ミステリ風への変化は、一体どういうことだろう。無論、この後、犯人逮捕の場面が来て、そこは劇的なのだが、どうも、作者の狙い、この作品全体のトーンがよくわからない。それとも、やはり、メイン・トリックのあほらしさに見合った、一種のファース・ミステリなのだろうか。どうもつかみどころのない小説だ。

 そもそも前半のサスペンス・ミステリ的な部分も、上述のように、アイリッシュ風の孤独感や絶望感はない。主人公たちが対決しなければならないのは、ハドリー警視とフェル博士なので、最後は主人公たちの味方をしてくれるという安心感(読者にも、作中人物にとっても)がある。スリルといっても、いかに相手の考えを読んで、それに対抗するかという、あくまで知的な議論の応酬によるものだ。要するに、ゲーム感覚で、そのようにみていけば、後半でユーモア色が強まるのも、作者としては、あくまで本書を推理ゲームとして楽しんでほしい、ということなのかもしれない。

 もう一つ注目したいのは、前作との関連である。『緑のカプセルの謎』の原題がThe Problem of the Green Capsuleで、本書がThe Problem of the Wire Cage。明らかに対になっているのだが、どちらの作も、主人公が、他の男と婚約している女性に恋をする。婚約者は、どちらも尊大な若者で、主人公は、当然そいつが大嫌いである。違いは、『緑のカプセルの謎』では、婚約者の青年が犯人だが、本書では被害者になるところ。しかし、実は、本書の犯人は、被害者の師匠のような存在で、輪をかけて傲慢で冷酷なことが明らかとなる。というわけで、ある意味両書は犯人の設定でも共通点がある。

 もっと技巧的な面に目を向けると、どちらもそれまでのカー作品に比べて、登場人物を極端に絞って、数少ない容疑者のなかから犯人を当ててみろ、と挑戦してくる。その自信に相応しく、本書でも、犯人を隠すアクロイド的な叙述トリックを駆使して、読者をひっかけようとする。この場面、作中人物にとっては何の意味もないのだが、読者に対しては、犯人への疑いを逸らす効果がある。ずるいトリックであるが、さすがカー、とニヤリとさせる。

 というわけで、ミステリとしては欠点も長所も同じくらいある作品だが、果たして、佳作なのか、駄作なのか。もう一度読み直したほうがよさそうだ。

 

[i] 『テニスコートの殺人』(三角和代訳、創元推理文庫、2014年)。

[ii] 『テニスコートの謎』(厚木 淳訳、創元推理文庫、1982年)。

[iii] 『テニスコートの殺人』、339-40頁。

[iv] 同、210頁。

[v] 同、208頁。

[vi] 同、211-21頁。

J・D・カー『緑のカプセルの謎』

 『緑のカプセルの謎』(1939年)は、ジョン・ディクスン・カーの作品中、比較的読まれてきた長編のひとつであろう。創元推理文庫で版を重ねてきて[i]、近年新訳も出た[ii]創元社が、カーの改訳に熱を入れている恩恵を受けた格好である。

 なぜ本作が版を重ねてきたのかは、正直、よくわからない。江戸川乱歩の「カー問答」にも取り上げられていないし、密室ミステリでもない。本書のトリックは、オーソドックスな人間入れ替わりで、独創的というわけでもない。そこで、旧版の中島河太郎の解説を読んでみると、過不足なく本書の特徴をまとめており、遺漏がない。本書の特徴は、まず「心理学者の殺人事件」[iii]の副題が示すように、心理的錯覚をテーマにしていること、そのために作中に心理学のテスト、というより、むしろ観察力テストの場面が大胆に取り入れられていることである。また、もう一つのテーマが「毒殺」で、『三つの棺』(1935年)の「密室講義」ならぬ、フェル博士による「毒殺講義」が織り込まれている。中島の解説は、これらに満遍なく触れながら[iv]、最終的に、「全体としてストーリーの起伏に乏しいのが難であって、カーの作品の装飾のオカルティズムがまったく見れない。私などがカーに心酔する魅力の半ばは、そのオカルティズムにあるが、本書では思い切ってそれを捨て、謎を全面的に押し出したものである。彼の抱負をおして知るべきだろう」[v]と締めくくっている。的確に本作の特質を言い当てているのはさすがである。とはいえ、『緑のカプセルの謎』はカーの傑作である、という論調ではない。

 本書の評価を一気に引き上げたのは、やはり松田道弘の「新カー問答」だろう。松田は本書について、「・・・『緑のカプセルの謎』にでてくる奇妙な実験劇は、その構成自体が見事な奇術的趣向になっている。マニアにはこたえられない」[vi]、と奇術に造詣の深い著者らしい視点でとらえ、この心理テストの場面に関するカーの技巧を詳しく分析している[vii]。さらに、カーのベスト6のひとつに挙げている[viii]のだから、松田の本作への熱の入れ方が伝わってくる。

 さらに、松田は、もうひとつ重要な指摘をしている。

 

  「この作品のみどころは、犯人がなぜ殺人現場を撮影したフィルムを処分せずに放 

 置しておいたのかという謎だろう。」[ix]

 

 まさにそのとおりで、この謎を解けば犯人が判明するようにつくられている。前年の『五つの箱の死』などもそうだが、1930年代後半から40年代前半のカーの作品は、犯人を特定するためのデータと結びついた謎の考案に、抜群の冴えを見せるようになる。本書などは、その代表的な例である。

 上記以外にも、それまでそこかしこにばらまかれていた関係者の証言や行動の謎が、すべて最終章で説明される。読者が疑問に思うようなことをフェル博士が自問したり、あるいは登場人物が代わりに質問してくれて、それらの謎にことごとく答えが出されていく様は圧巻である。かゆい所に手が届くというか、中島が示唆したように、謎解きの解説部分の面白さではカー作品中でも群を抜いている。

 ところが、その一方で、本書を読み終わると、犯人は最初から明らかだったような印象を受けるところが面白い(得てして、ミステリは読了後にそういった感想を持ちがちだが、それとはちょっと違う)。

 真犯人以外に犯人たりうる登場人物はいなかったように感じるのである。

 本書の犯人は、カーの作品では定番ともいうべき(?)犯人である。えらい人間の言いなりになるくせに裏がありそうで、人を見下すような尊大さが垣間見える。おまけに、主人公格のエリオット警部(『曲がった蝶番』でおなじみ)の恋敵でもある。こういった傲慢な美青年もしくは主人公の恋のライヴァルというのは、カー長編では高確率で犯人である(暴論か)。しかもこういった連中が、初期のカー長編ではうじゃうじゃ出て来た(『アラビアンナイトの殺人』や『孔雀の羽根』みたいに)。それで、カーの小説は人物の見分けがつかない、などの批判も多かった。

 しかし、本書ではこのタイプの登場人物はひとりだけで、その人物が犯人である。いつものカーらしくない、ともいえる。犯人を当てさせないために、似たようなキャラクターをぞろぞろ出すのがカー流だ(偏見か)。

 しかし、犯人が最初から明らかだったように感じるのは、上述の理由だけではなさそうだ。本書のもうひとつの特徴である「毒殺講義」と関係があるように思える。18章で開陳される「毒殺講義」は、「密室講義」とは異なり、毒殺トリックの分類ではない。現実の(とくに男性の)毒殺者に共通な特徴を抜き出し、毒殺者のタイプを明らかにする作業である。その狙いは、いうまでもなく本書の犯人がその類型に属する、と主張するためである(もちろん、毒殺者のタイプに合わせて、犯人のキャラクター造形をしているわけだ)。「人に取り入るのが上手い」「女性に対する絶大な魅力がある」「人好きがして感じがよい」などの現実の毒殺者の観察から導き出された人間類型が、本書の犯人を特定するためのデータになっている、ということである。『三つの棺』における「密室講義」は小説上の技巧の話であるのに対し、本書の「毒殺講義」は現実の犯罪に関する分析で、両者はまったく異なる。しかも、前者は、ミスディレクションとして用いられているのに対し、後者は、真相解明のためのストレートな手掛かりになっている。というより、「毒殺講義」が指し示す犯人像に当てはまる登場人物は(カーがそう描写しているのだから当然だが)一人しかおらず、作者が名前を挙げずとも、読者には誰のことか見当がつく。それが、真相が明らかになる前から犯人がわかっていたように錯覚する要因になっているようだ。

 本書での「毒殺講義」の狙いは、いってみれば、ヴァン・ダインなどが初期の作品で試みた心理学的探偵法を思わせる。あるいは、近年におけるプロファイリングのようなものか。本書で、カーがやたら心理学を持ち出して、副題にも使用しているのは、作中の心理学実験のほかに、こうした、いわば心理学的な探偵法を試みたことによるもののようだ。

 その意味で、本書において、犯人を特定するための最大の手がかりは「毒殺講義」にあるといえる。結果的に、いかにも犯人らしい人物がそのまま犯人だった、というカーにしては珍しい趣向の作品であるが、それでも「毒殺講義」の手前まで、容易に犯人を当てさせない技巧はさすがである。ありふれたトリックを用いながら、的を絞らせない手練の技はやはりカーである。同時に本書は、彼の本領が、密室トリックなどよりも、むしろこうしたオーソドックスな一人二役トリックの使いたかたのうまさにあることを再確認させてくれる。

 1940年代前半のカーの作品は、巧妙なアイディアと小味なトリックの組み合わせで新たな黄金期を迎えるが、本書がその皮切りとなる秀作であることは間違いないだろう。

 

[i] 『緑のカプセルの謎』(宇野利奏訳、創元推理文庫、1961年)。

[ii] 『緑のカプセルの謎』(三角和代訳、創元推理文庫、2016年)。

[iii] 同、328頁。三橋 暁による解説。

[iv] 『緑のカプセルの謎』(1961年)、364-66頁。

[v] 同、367頁。

[vi] 松田道弘『トリックものがたり』(筑摩書房、1986年、原題『とりっくものがたり』、1979年)、225頁。

[vii] 同、225-27頁。

[viii] 同、209頁。

[ix] 同、225頁。

エラリイ・クイーン『Yの悲劇』

 『Yの悲劇』(1932年)は今読まれているのだろうか。

 『Yの悲劇』といえば、本格ミステリの最高峰として知られてきた。日本では常にベスト10、ベスト100の上位を占め、あまりの根強い人気に「いつまでも『Yの悲劇』でもないだろう」、という声も多かったように思う。

 そうした意見は、ハードボイルド・ミステリのファンのように本格ミステリを好まない人達からだけではなく、本格愛好者からもしばしば出されていた。

 代表的なのは、瀬戸川猛資の「そんなに傑作ですか?――『Yの悲劇』」[i]というエッセイだろう。もともとクイーン・ファンである同氏ならではの分析で、『Y』のもっとも評価されている(と思われる)犯人の意外性が、実は「意外ではない」ことを論証している。実際、その指摘には説得力がある。誰もが、同氏のような読み方をするとは思えないが、確かに言っていることは当たっている。

 江戸川乱歩[ii]を初めとして、『Y』を読んだ読者がまず驚き、絶賛するのがこの犯人の意外性なのだから、瀬戸川の主張は『Y』の根本的な評価を揺るがすものである。

 ちなみに『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』が1991年に「読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100」を発表したとき、その結果について、池上冬樹瀬戸川猛資長谷部史親による鼎談も公表された。このときは7位に選ばれた『Y』に対して、瀬戸川は改めて「なんか知らないけど、『Y』はとにかく強い(笑)。たたいても死なない」[iii]と発言して笑いを誘っている(マンドリンで叩けばよかったかも)。

 実は、瀬戸川の指摘を待つまでもなく、『Y』の犯人は、途中でばれてしまう。本作のパズル・ミステリとしてのメイン・アイディアは、作中人物の書いた(作品世界の現実に即した)ミステリの梗概のとおりに事件が進行する、という「筋書き殺人」であることで、作中作、いわゆるメタ・フィクション的な構成を取っていることである。この梗概のなかで、犯人はある行動をとるように指定されている。そして実際に登場人物のひとりがそのとおりに行動する。従って、素直に読めば、梗概が名探偵のドルリー・レーンによって発見された段階で犯人は明らかになってしまう。

 瀬戸川の書いていることとは異なるが、確かに本作は、途中で作者が犯人を明かしてしまっているのである。しかし、だから犯人は意外ではなかった、という声は聞かない。上記の人物(実際に犯人である)が取った行動はあくまで偶然で、犯人は別にいるはずだ、と大半の読者が思い込むからだろう。あるいは、ただ便概に従えば自ら犯人であると暴露することになるから、真犯人ならそんな行動はとらない、と多くの読者が考えるからだろう[iv]。その意味では、本書の犯人は、作者がそこまで手の内をさらけ出しても、読者が予想しづらい意外な人物だった、といえる。そして、もちろん作者もそう考えている。

 解決編で、(もったいぶってなかなか犯人の名前を明かさない)レーンに対して、ブルーノ地方検事とサム警部は自分たちが考える犯人を名指ししていくが、ブルーノ検事が挙げるのが被害者の一人ルイーザ・キャンピオン、サム警部が挙げるのが梗概の作者で死亡したとみられていたヨーク・ハッタ―(タイトルのYは彼の名前のイニシャル)である。ヨーク・ハッタ―はともかく、眼と耳が不自由なルイーザを犯人呼ばわりするブルーノ検事は非常識を通り越して、とんでもなく頭がぶっ飛んでいる。確かに、このような犯人を設定した作品は日本にあるが[v]、ほとんど前代未聞の、しかも無理無体なアイディアである。しかし重要なことは、作者が、本作の真犯人はルイーザよりも意外な人物だと考えていることである。つまり、それほど作者自身が本作の犯人の意外性に自信を持っていたということに他ならない。だからこそ、梗概のなかにあれほどあからさまな手掛かりを残しているのである。そう考えれば、瀬戸川の指摘にも関わらず、本書の犯人は、読者が名指しを躊躇う、容易に想定しえないという意味で、やはり意外な犯人といえるだろう。

 犯人の意外性だけが、『Y』の長所ではないが、それでは昨今の評価はどうだろうか。『週刊文春』が1985年と2012年に実施した「東西ミステリーベスト100」を見ると、『Y』は、1985年に1位、2012年に2位となっている[vi]。2012年の1位はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』である。どうやら、『Y』の地位は依然安泰なようである。

 2010年には新訳も出版された[vii]。日本の読者は、まだまだ『Y』に飽きていないらしい。

 以下、改めて『Yの悲劇』のパズル・ミステリとしての特徴について見ていきたい。(いまさらだが、以下、『Xの悲劇』『Yの悲劇』の犯人その他を明かす。)

 

 本作の第一の特徴は、ミステリの組み立てが極めてシンプルなことである。すべての伏線やそれに基づく推理が、犯人の設定から導き出されている。

 もっともこの点は、前作の『Xの悲劇』でも同様で、「路面電車および列車の車掌が犯人」という設定からすべての手がかりが案出されている。第一の殺人の凶器、第三の殺人の回数券とダイイング・メッセージなど。しかし、『X』では、この設定を必要以上に活かそうとして、すなわち複数の殺人で車掌が犯人というアイディアを使おうとしたため、途中で顔のない死体のトリックを用いて犯人の一人二役を整理する、などの操作が必要となり[viii]、やや複雑になりすぎたという側面がある(とはいえ、『X』はその過剰さからくる贅沢感がいいのだが)。

 『Y』の場合は、「少年が犯人」というのが基本構想である。上記のミステリの梗概というアイディアも、本来、少年には不可能なはずの複雑な計画犯罪の犯人として成立させるための工夫であり、本作における犯人の意外性を担保し補強する仕掛けとなっている。単純な犯罪なら子どもが犯人という設定にもさほど無理はなく、他方、意外性は逓減する[ix]。綿密に計画された犯罪であるからこそ、この犯人の意外性が際立つわけである。梗概を最後まで伏せておくわけにはいかなかっただろう-便概のとおりに起こる殺人事件というアイディアそのものが、まさにミステリの面白さといえるから、効果的な箇所でその存在を読者にも示したい-が、少なくとも途中までは、この犯人が読者の疑惑の対象となる可能性は限りなく低い。

 この犯人の設定がうまく活かされているのが、本作における犯人を特定する推理である。犯人特定の推理はエラリイ・クイーンの真骨頂といえる部分だが、名探偵ドルリー・レーンは、ルイーザが犯人に触れたという証言と実験室の棚に残された手指によるほこりのあとから犯人の身長を推定して、犯人を確定する。この推理が興味深いのは、身長の推定というのは、ミステリの名探偵がまま得意気に披露するお馴染みの芸であるが、しかし、普通は決定的な証拠にはならないからである。それはそうで、犯人の身長が170cmです、といっても、それで犯人が明らかになるわけもない。そんな身長の人間はいくらでもいるからである。

 『Y』の場合、屋敷内の殺人という関係者が限定される枠組みをつくって、(身長が大人より低い)子どもが犯人というアイディアを投入したことによって、身長を推定するという推理に意味をもたせている。もっとも、犯人を特定するためには、犯人が屋敷内のいずれの大人よりも身長が低いことを証明できればよいので、レーンがやったような厳密に身長を推定しようとする推理は、むしろ「そんなに正確に推定できるのか」という、サム警部たちが抱いたような疑問を読者にも抱かせてしまい、必ずしも有効ではない。しかし、クイーンは、ただ「大人より身長の低い犯人」というだけでは満足できなかったのだろう。犯人の身長は何フィート何インチ、と、そこまで証明してみせなければ、エラリイ・クイーンの、いやバーナビー・ロスの標榜するミステリとはならない、と考えたに違いない。推理自体は、クイーンの作品のなかで最良のものとまでは言えないが、しかしシチュエーションとの組み合わせは見事である。

 本作の第二の特徴は、上記の梗概というアイディアにみられるメタ・ミステリとしての側面で、近年メタ・ミステリの作品が増加したことによって、改めて『Y』のそうした面が注目されるようになった。実際には、作品中で創作ミステリが描かれる、というほど徹底したものではない-単なる便概に過ぎない-し、作中作であることを伏せておいて、後で驚かす、といった仕掛けがあるわけでもないが、オーソドックスな、あるいは「陳腐な」トリックをメインとしたことで[x]、古臭いイメージを与えかねない『X』に比べて、『Y』がモダンな印象を与えている要因といえる。

 第三の特徴は、エラリイ・クイーンの一連の作品のなかで見た場合、とくに興味深い。クイーン名義のいわゆる国名シリーズ同様、バーナビィ・ロス名義の作品でも、最大の特長となるのは論理的推理である。上記の身長の推定などもまさにクイーン流であって、うるさいくらい理屈っぽい。しかし、本作における「最大の謎」の解明はそれを裏切るものだ。いうまでもなく、凶器のマンドリンをめぐる謎である。犯人の意外性とともに、『Y』の名声を一躍高めたのが、この「なぜマンドリンが凶器に選ばれたのか」という、ミステリの醍醐味ともいえる不可解な謎である。そのあまりの意外性が、『Y』といえばマンドリン、という強烈なイメージを植え付けてきた。だが、よく考えると、この謎解きは論理的でも何でもない。「なぜマンドリンを凶器に使ったのか」という問いの答えが、「理由はない」だからである。もちろん犯人が少年だから、梗概の「鈍器」を「楽器」と取り違えた、という説明はなされるのだが(この解釈も、13歳にしては馬鹿すぎる、という指摘が見受けられる[xi]。確かに、日本の14歳は人型巨大兵器に乗って世界を守るために戦っている)、これは要するに、子どもなので理屈は通じない、といっているようなものである。

 本作におけるもう一つの不条理な謎が、小説の中盤で起こる実験室の放火である。この場合も、レーンの結論は、「放火の動機はない」である。要するに、犯人が子どもなので、梗概に書かれていることにわけもわからず従ったのだ、ということになる。確かに謎解きとしては逆説的でなんとも意外だが、これもまた論理が通用しない謎である。

 ただし、だから犯人の行動に合理性がないということにはならない。本作の犯人は、ミステリの便概にわけもわからず従って行動するだけだが、その結果、大人たちが慌てふためく。その様が面白くてたまらないのだ。自分が満足する行動を選択する、という人間の合理的な行動原理は貫かれている。ただ、大人とはその判断基準が異なるだけである。従って、本当は、ドルリー・レーンは、犯人が少年であることを突き止めた時点で、マンドリンの謎や実験室の放火の謎の答えを推察していなければならなかったのだ。子どもの心理に立てば、レーンほどの名探偵なら可能だったはずだ。「正直言って、わたしもあらすじを読むまでは、ジャッキーがなぜマンドリンを凶器に選んだのか、皆目見当もつきませんでした」[xii]、などと言っているようでは、やはりレーンも年のせいで頭が固くなっていたのだろう。それとも、頭が良すぎて、ジャッキーがこれほど馬鹿だとは思わなかったのだろうか。

 とはいえ、『Y』の規格外の面白さが、論理がすべてを支配するはずの作品世界で、論理を越えた謎が名探偵を立ち往生させる、という点にあることは確かである。小説の最後、レーンが見せる苦渋の表情は、犯人を死なせたことによるのではなく、論理が崩壊した世界の混沌に直面した苦悩を表している、とは言えないか。

 

[i] 瀬戸川猛資『夜明けの睡魔 海外ミステリの新しい波』(早川書房、1987年)、198-202頁。

[ii] 江戸川乱歩「Yの悲劇」(『随筆探偵小説』所収)『鬼の言葉』(光文社文庫、2005年)、436-41頁。

[iii] 早川書房編集部編『ミステリ・ハンドブック』(早川書房、1991年)、164頁。

[iv] 無論、この推測は、便概が発見されるはずがないと犯人が考えている場合には当てはまらない。事実、本作の犯人はそのように思っている(はずだ)。しかし、「普通の」犯人ならこのような楽観的な考えは持たないだろう。

[v] 横溝正史『仮面劇場』(1939年)。

[vi] Wikipedia 「東西ミステリーベスト100」。

[vii] 『Yの悲劇』(越前敏弥訳、角川文庫、2010年)。

[viii] 一人二役を続けたまま容疑者として捜査の対象となるのは、犯人からしても危険すぎる。もちろん、作者の狙いは、被害者が犯人だった、という意外性にある。

[ix] シャーロック・ホームズものの短編「サセックスの吸血鬼」(1927年)などの先行例を参照。

[x] 「顔のない死体」や「一人二役」のトリックのこと。

[xi] 飯城勇三『エラリイ・クイーン パーフェクトガイド』(ぶんか社、2005年)、271-72頁。北村 薫によるアンケート回答より。

[xii] 『Yの悲劇』(角川文庫)、410頁。

J・D・カー『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』

 『エドマンド・ゴドフリー興殺害事件』(1936年)[i]が翻訳されたときは驚いた。2007年に創元推理文庫[ii]に収められた時には、もっと驚いた。絶対すぐに絶版になると思って、急いで書店に足を運んだ。

 『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は、ディクスン・カーおよびカーター・ディクスン名義での初めての歴史ミステリである。1934年にDevil Kinsmere[iii]が出版されているが、Roger Fairbairn名義だった。また1950年の『ニューゲイトの花嫁』に始まる一連の歴史ミステリがフィクションであるのに対し、唯一のノンフィクションの歴史ミステリである。

 時代は、カーが大好きなチャールズ2世が王位にあった1678年から1680年にかけて、いわゆるカトリック陰謀論の嵐が吹き荒れた時期である。

 そもそもチャールズ2世は、ピューリタン革命[iv]終結した1660年の王政復古によって、王位にありついた[v]。父チャールズ1世が処刑された後、長いフランスでの亡命生活[vi]に耐えて、ようやく掴んだ安楽の日々だった。

 チャールズ1世の父ジェイムズ1世が創始したステュアート朝[vii]スコットランドの王朝で、エリザベス1世が嗣子なく死去したため、転がり込んできた王の座である[viii]。ジェイムズは、すでに母国ではジェイムズ6世として1567年から王位に就いていた[ix]

 つまり、ステュアート朝[x]の王たちは、イングランド人が蔑視するスコットランド人で[xi]、最初から王家とイングランド議会は険悪な間柄だった。ピューリタン革命も、この後起こる名誉革命も、その勃発はある意味必然だったのだ。もっとも、議会と王権の対立は、長い歴史の経緯がもたらしたもので、ステュアート朝に特有の現象ではない。ただ、チャールズ2世がカトリックに親近感を抱き[xii]、ジェイムズ2世がカトリック教徒だったことが、国教会[xiii]中心の議会との対立を先鋭化したことは否めない。

 王政復古後に国教会が立て直されると、まずイングランドの人々と議会が根絶をはかったのがピューリタン[xiv]だった。しかし、所詮ピューリタンイングランド固有の宗派だったので、その勢力はすぐに衰え、代わって憎悪の対象となったのがカトリックである。何せ、カトリックはフランスやスペインを中心に、依然ヨーロッパに広く威勢を誇っており、プロテスタント国家としては、カトリック教国との対決は自分達の存亡をかけた戦いであり、絶対に妥協は許されなかった。一つの信仰をめぐって、どちらが正しいかを争うのだから、中世の異教徒との戦いとはわけが違う。イスラム教徒とは住み分けができても、同じキリスト教の輪のなかでは、そうはいかない。食うか食われるかの大騒動である[xv]。16世紀以降の近世ヨーロッパにおける宗教紛争は中世の比ではない。

 その中心のひとつがイングランドスコットランドだった。プロテスタント国家といっても、君主の都合でそうなっただけで、ろくに教義も定まっていなかったイングランドで、これほどの宗教対立が起こったのも皮肉だが、12世紀のトマス・ベケット殺害[xvi]など、宗教をめぐって結構荒っぽい事件がこれまでも起こっている。それでも、ピューリタン革命から名誉革命にかけての数十年は、国教会とピューリタンカトリックの対立、それにスコットランド出身の王家とイングランド議会の対立が重なって、それはもう、てんやわんやであった。おまけに、肝心の君主がカトリックに寛容[xvii]で、次期国王がカトリックであることを広言している状況では、何かのきっかけで反カトリック感情が王国規模で爆発するかもしれない一触即発の時期だったのである。

 

  「ダンビのたくみな議会戦略で表面上平静を保っていた政局は、1678年に突然破綻 

 した。そのきっかけは、この年の秋から国内をふきあれた「教皇主義者陰謀」事件の

 嵐であった。イエズス会士による国王暗殺計画に、ルイ十四世の支援をえた王弟ヨー

 ク公が加担していたというミステリまがいのこの事件の真相は、いまでも謎につつま

 れている。しかしこの事件は、フランスと結びついたステュアート家のカトリック

 仰、議会の空洞化という不安材料の火に油をそそぐ結果となり、国内は反カトリック

 のヒステリ状態におちいった。」[xviii]

 

 このような事態を引き起こすきっかけのひとつとなったのが、1678年10月に起きた治安判事エドマンド・ゴドフリー卿の殺害事件であり、その事件の真相を解明しようとしたのが本書である。

 何しろ、一国の政局と結びついた事件であるから、関係者の数も半端ではない。国王チャールズ2世、政敵シャフツベリ伯爵を始め、あの名高い狂信者のタイタス・オーツやサミュエル・ピープス(登場人物表には載っていないが)まで登場して、3頁にわたって登場人物表を埋め尽くしている(文庫版)。カーの名に惹かれて、本書を買ってしまった無邪気な読者は、このリストを見ただけで怖気をふるうだろう。分厚い文庫本を読みでがありそうだという理由で購入してしまった人は、心底後悔するに違いない。はっきりいって、イギリスの歴史に多少でも興味のある人でなければ、読んでも面白くもなんともないだろう。まぎれもなく「絶対さいしょに読んではいけないカー作品」[xix]である。こんな本を文庫で出してはいけないです、創元社さん。

 しかし、読み始めると、回りくどくも郷愁に満ちた、あのカーの世界が広がる。むしろ同時期のフィクション以上に、多彩なキャラクターが生き生きと描かれて、ディケンズの小説さながら、読み応え十分である。国王派と議会国教会派の政治的駆け引きと治安判事殺害事件とが交互に語られながら、次第に一つに収束していく。後半の裁判場面は、数年後の『ユダの窓』の法廷場面を連想させ、巧みなセリフ回しと原告被告の思惑が錯綜して、読み手を捉えて離さない。最終章は、チャールズが反国王派もしくはヨーク公排除派を罠にかけて鼻面を引き回す様が描かれる。カーはむしろこの章が書きたかったのだろう、と納得させられる。チャールズびいきの面目躍如たるものがある。

 しかし、肝心なのは、やはり殺害事件の真相である。基本アイディアは、カーではなく、J・G・マディマンの論文(1924年)で、そこにカーが新たな証拠や論証を付け加えたものらしい[xx]。それによると、犯人はペンブルック伯フィリップ・ハーバートである[xxi]

 といわれても、一般読者にはチンプンカンプンだろう。カーは、マディマンのアイディアを受けて、様々な証拠を挙げて、ペンブルック伯の犯行を論証しようとしている。それは、フェル博士やH・Mシリーズさながらである。しかし、それらの証拠は、最後になって持ち出されたもので、とくにペンブルック伯が殺人容疑で裁判にかけられたときの判事がエドマンド・ゴドフリー卿だった、という殺害動機にかかわる重要な情報がそれまでの頁で提示されていない。

 あんまりフェアではないなあ。

 それどころか、ペンブルック伯はろくに物語の中に登場していない。カーは、伯が「この物語にすでに登場している」[xxii]、と力説するが、数か所[xxiii]に過ぎず、「畜生、乾杯だ」くらいしかしゃべっていない[xxiv]

 これでは、また、カーは、ろくに作中に登場していない人間を犯人にしている、と言われてしまう。『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』はアンフェアだ、という非難が沸き起こりそうだ(そんなに読まれてないか)。そこで、カーに代わって、ただいま突然思いついた事件の真相についてお話しすることにしよう。

 ずばり、犯人はヘンリー・ムアである。

 誰だ、それ?という声が耳に痛いが、ヘンリー・ムアは、エドマンド・ゴドフリー卿に雇われている通いの事務員である。50歳ぐらいの初老の目立たない男で、どうみても犯人らしくはない。しかし、ペンブルック伯よりは目立っている。

 事件をめぐる状況のなかで重要なのは、死体の状態である。

 エドマンド卿は、絞殺されていたが、二か所に刺し傷があり、一か所は卿自身の剣が刺さったまま発見されている。行方不明となったのは1678年10月12日だが、死体発見は10月17日。二日間は監禁されていた、とカーは述べているが、ダグラス・G・グリーンによると、それは間違いで、行方不明となった直後には殺害されていたらしい[xxv]。また、エドマンド卿は、失踪した日の午前中に、ロンドン市中から3マイルにあるプリムローズ・ヒルという荒れ地に出かけたらしいが、彼の死体が発見されたのが、まさにこの場所だった。

 カーは、この殺害事件は教皇主義者の陰謀とは無関係で、個人的怨恨もしくは激情による犯行だと主張した[xxvi]が、それは基本的に正しい。ただ、カトリックの陰謀が事件の背景をなしていたことは否定できない。心ならずも、この陰謀事件に巻き込まれたことが、エドマンド卿の死に繋がった、といえる。実際、それは不幸な事故だったのだ。

 失踪(そして死の)当日、卿は持病の鬱症状をますます悪化させていた。卿の言動を見ればそれがわかる[xxvii]。午前中、プリムローズ・ヒルに出かけた[xxviii]のも、前日届いた手紙[xxix]が、教皇主義者を名乗る連中からの脅しの書簡で、指定された会見場所に出かけて行ったのかもしれない。あるいは、すでに死を覚悟して、自殺の場所を探しまわっていたのだろうか。

 しかし、そうとしても卿は死ねなかった。ロンドンに戻る[xxx]と、そのまま悄然と自宅に帰ってきた。そう、卿の靴がきれいに磨かれていた[xxxi]のは、ロンドンに戻って、靴を磨かせたことを暗示しているが、もっともありそうなことは、自宅に戻ってきたということだろう。

 だが、卿の様子はひどくなるばかりで、次第に錯乱状態を呈し始める。あまりの緊張と恐怖に耐えかねてか、自我を失った卿は突然家人に襲いかかった。卿は独身で、身の回りの世話は、家政婦のジュディス・パンフリンが行い、あとは、書記のムアと通いの女中のエリザベス・カーチスである。狂気にかられ、剣を抜いてムアに襲いかかったエドマンド卿をなんとか抑えようとして、ムアは隙をついて、卿の首に巻いたネクタイ[xxxii]を引っ張り、加勢したパンフリンは肉切り包丁をもって卿に体当たりした。包丁は浅い傷を残した[xxxiii]だけだったが、無我夢中のムアは、いつの間にか卿を絞め殺してしまった。

 卿の死体を前に茫然と立ちすくむムアとパンフリン、そして恐らくカーチスの三人は、ようやく我に返ると善後策を相談し始める。まず、死体をどこかに遺棄しなければならないが、その前に、死体に刺さった包丁を抜いておく必要がある。ゴドフリー家のものとわかれば、直ちに彼らが疑われてしまう。幸い出血は少ない。実際の死因は絞殺によるものなので、うまくすれば自殺に見せかけることができるかもしれない。しかし、それならば、刺し傷があるのに凶器がないのはおかしい。卿の剣を残しておけばよいが、血がついていないと疑われる[xxxiv]。そこで、包丁を抜くと、代わりに卿の剣で別の箇所を刺して、両方の傷がその剣によるものと見せかけることにする[xxxv]。あとは、死体をどこに放置するかだが、翌週になって、ムアが、卿が死んだ日の午前中にプリムローズ・ヒルに出かけたことを聞きつけてきた[xxxvi]。その後、ムアは実際に、卿を探すふりをして荒れ地に出かけている[xxxvii]が、このとき卿の死体を一緒に運んで遺棄したのか、あるいは死体を捨ててくる場所を下見したのだろう。残る問題は、卿のズボンについていた蠟のしみで、ゴドフリー家では蠟燭を使用していなかった[xxxviii]。恐らく、このしみは、ムアが死体を運ぶときにこぼしたものだろう。ムアが自宅から持ってきたか、どこからか調達してきたものと考えられる。

 こうして、エドマンド・ゴドフリー卿は、プリムローズ・ヒルで死体となって発見されることとなった。

 しかし、ことはそれで終わらない。

 ヘンリー・ベリー、ロバート・グリーン、ローレンス・ヒルの三人がエドマンド卿殺害の犯人として捕らえられ、裁判にかけられたのである。ムアとパンフリン、カーチスはそれを知っても、黙って知らぬ顔をしたのだろうか。そうしたとしても、あるいは仕方のないことだったかもしれない。しかし、実際は、彼らはそのような人間ではなかった。善良な(かどうか、知らないが)ムアたちは、ベリーら三人がそのまま処刑されるのを見過ごすことはできなかった。彼、あるいはパンフリンは、裁判長のサー・ウィリアム・スクロッグズのもとへ出向いた。あるいは検事のサー・ウィリアム・ジョーンズのところだったかもしれない。

 だが、言うまでもなく、当局の人々はそんな犯人を求めてはいなかった。彼らが欲していたのは、卿を殺害する命を受けた教皇主義者の手のものだったからである。

 

  「何も言うな!」ジョーンズ検事総長は、突然大声をあげた。「頼むからその口を 

 閉じろ!考え直したほうがいいぞ-考え直すのだ。」

  ヘンリー・ムアは手をまえにだした。「とても無理です」そう言うと、視線をスク

 ロッグズ主席裁判官に向けた。

  「すべてをお話しします」ムアがはっきりした声でいった。「わたしが、フィリッ

 プ・ドリスコル・・・じゃなかった、エドマンド・ゴドフリー卿を殺したのです。」

 

 こんな風に、ムアが犯行を告白したとしても、彼らは一顧だにしなかったに相違ない。エドマンド・ゴドフリー卿は、カトリックの陰謀が原因で、死ななければならなかったのである。

 かくして、エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件は、永遠に真相を闇に隠したまま幕を閉じたのであった。-終劇-

 最後に、とってつけたようにまとめると、『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は、カーが残した奇跡的傑作で、すべての人に一読をお勧めする。しかし、読了後、なんでこんな本を勧めたんだ、と思った人は、文句は創元社に言ってください。

 

[i]エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』(岡 照雄訳、国書刊行会、1991年)。

[ii]エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』(岡 照雄訳、創元推理文庫、2007年)。

[iii] いうまでもないが、『深夜の密使(Most Secret, 1964)』(創元推理文庫、1988年)の原型。

[iv] 最近は、「三王国戦争」という場合が多い。三つの王国とは、スコットランドイングランドアイルランドである。ノーマン・デイヴィス『アイルズ 西の島の歴史』(別宮貞徳訳、共同通信社、2006年)、727-28頁参照。なお、注xも参照。

[v] ただし、即位したのは1660年だったが、在位期間は1649年からである。王政復古によって、オリヴァ・クロムウェルによる共和政は否定され、チャールズ1世の死去とともにチャールズ2世の治世が開始したと見なされたからである。

[vi] チャールズ2世、ジェイムズ兄弟の母親がフランス王アンリ4世の娘アンリエッタ・マリアだった縁による。亡命の間にカトリックに惹かれていったらしい。

[vii] 1371年即位のロバート・ステュアートに始まる王朝。

[viii] ジェイムズの同名の曽祖父が、ヘンリ8世の姉マーガレットと結婚したため、イングランド王位継承権が生じた。

[ix] ジェイムズの母親は、あのメアリ・ステュアートで、彼女が退位したため、ジェイムズが生後1歳で即位した。

[x] ジェイムズ1世の即位によって、いわゆるスコットランドイングランドの「同君連合(Personal Union)」が始まった。ただし、同君連合はこのときが最初ではない。1536年に、ヘンリ8世によってアイルランド王国が創立されたときが初めてである。最初の王は、もちろんヘンリ8世で、アイルランド王とイングランド王を兼ねた。すなわち同君連合である。

[xi] もっとも、その前のテューダー朝ウェールズ出身の王朝で、生粋のイングランド王朝ではない。さらにいうなら、そもそも1066年のノルマンの征服以来、イングランドを支配したのはすべて外国人王朝で、アングロ・サクソンの血は薄めるだけ薄められている。

[xii] 臨終の際に、カトリックに改宗したとされている。

[xiii] これも周知のことだが、国教会は、テューダー朝のヘンリ8世(在位1509-47年)が宗教改革によって創始したイングランドの固有教会である。国教会制度が安定したのは、娘のエリザベス1世の治世(在位1558-1603年)後期になってから。その間、エリザベスの姉のメアリ1世時代にカトリック復活などがあって、いやもう大変だったそうです。

[xiv] 国教会を、よりプロテスタントに近づけようとした人々のこと。教義は基本的にカルヴァン派(フランス人ジャン・カルヴァンが指導したプロテスタント宗派)で、スコットランドの長老主義教会に近い。

[xv] 中世においては、カトリック教会とローマ教皇を批判する勢力は、皆、異端として処置することができた。しかしマルティン・ルター教皇批判(1517年)は、世俗勢力が支援したため、もはや異端では済まされなくなった。プロテスタントという、カトリックと異なるキリスト教勢力が生まれた瞬間である。

[xvi] 1170年に、カンタベリ大司教トマス・ベケットが、対立していたイングランド王ヘンリ2世の配下の騎士たちに教会内で惨殺された事件。

[xvii] チャールズ2世は、事実上のカトリック容認を意図した信仰自由宣言を二度にわたって(1662年、1672年)表明している。しかし、その都度、議会の反発にあい、撤回した。

[xviii] 今井 宏編『世界歴史体系 イギリス史2 近世』(山川出版社、1990年)、246-47頁。

[xix] 『死が二人をわかつまで』(仁賀克維訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2005年)、若竹七海による解説「やっぱりカーが好き」、328頁。

[xx] ダグラス・G・グリーン(森英俊・高田朔西村真裕美訳)『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』(国書刊行会、1996年)、204頁。

[xxi] ペンブルック伯は、12世紀前半に創立された由緒ある貴族である。ハーバート家は、16世紀半ばに伯爵位を授与されて、このフィリップ・ハーバートはその七代目である。ちなみに、それより以前、1532年に侯爵領として同地を授与されたのが、あのアン・ブーリンである。もともとペンブルックは、ウェールズの南西端に位置し、12世紀にノルマン貴族が南ウェールズに進攻してつくられた伯領だった。Handbook of British Chronology, ed. by E. B. Fryde et al. (3rd. edition, London, 1986), pp.477-78.

[xxii]エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』(創元推理文庫)、467頁。

[xxiii] 同、59、99、102-103、425頁。

[xxiv] このときの卿の発言には、思わせぶりなところがあるが、なぜそのようなセリフを言わせたのか、根拠はあるのかについては、カーはとくに説明していない。

[xxv]エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』(創元推理文庫)、489頁。

[xxvi] 同、473頁。

[xxvii] 同、113-15、118-19、121-22頁。

[xxviii] 同、136、140頁。

[xxix] 同、120頁。

[xxx] 同、141頁。

[xxxi] 同、132頁。

[xxxii] 同、138頁。

[xxxiii] 同、134頁。

[xxxiv] 出血は、不思議なほど少なかった、という。同、133頁。

[xxxv] 同、138-39頁。

[xxxvi] 同、136頁。

[xxxvii] ムアは、火曜日にパーソンズという人物に会って、土曜日にエドマンド卿からプリムローズ・ヒルへの道を聞かれた、という話を聞いた、それでそのままプリムローズ・ヒルに出向いた、と証言している。しかし、トマス・メイスンという人物がやはり土曜日にエドマンド卿に出会っており、月曜にはムアが訪ねてきて、卿の行方について尋ねられた、と証言している。カーは、この二つの証言のずれに着目しているが、メイスンが目撃したのは、ロンドンに向かう卿の姿なので、プリムローズ・ヒルに行ったという情報をムアがつかんだのは、パースンズからだったのだろう。同、136、140-41頁。

[xxxviii] 同、132、139頁。