第二期ムーディ・ブルースの五枚目のアルバムは、前作から9カ月後の1970年8月にリリースされた。依然、ムーディーズのアルバム制作スピードは落ちていない。
しかし1970年代とともに、ムーディ・ブルースの音楽に大きな変化が生じたことは事実である。ヘイワードの言葉によれば、『ア・クエッション・オヴ・バランス(A Question of Balance)』は、過剰なオウヴァ・ダビングを排して、ライヴ・パフォーマンス向きの楽曲制作に戻ろうとしたらしい[i]。
恐らく、レコード・セールスが上昇するとともに、コンサート・ツアーの比重が増したことが、上記の発言やレコーディングに影響しているのだろう。しかし、それだけではなく、ムーディーズのコンセプト・アルバムの方法論に行き詰まりが見え始めたことも原因と考えられる。
単なるコンセプト・アルバムではなく、組曲形式を突き詰めていくことが、『イン・サーチ・オヴ・ザ・ロスト・コード』から『トゥ・アワ・チルドレンズ・チルドレンズ・チルドレン』までの三枚だった。だが、『チルドレンズ・チルドレン』で、やることはすべてやりつくしてしまったのではないか。ポエム・リーディングやパート・ワン・アンド・トゥー形式など、短い楽曲を畳みかけるようにメドレーでつなぐ方式は、そろそろ限界だった。全員が作詞作曲できる強みが、こうした方式を可能ならしめたのだが、相応の自己犠牲も必要だったのだろう。全員がアルバム・テーマに集中して作詞作曲に取り組むのにも多大なエネルギーを要する。もっと自由な曲作りが、暗黙のうちに欲せられるようになったと思われる。
その結果、『バランス』は、アルバム構成が単純化する方向に進んだ。パート・ワン・アンド・トゥー方式もなし。繋ぎの楽曲もなし、で基本的に楽曲を10曲並べただけの構成となっている。コンセプト・アルバムらしさは、曲間を空けないメドレー形式のほかは、最初の曲と最後の曲のタイトルを組み合わせてアルバム・タイトルとするという新機軸もしくは即席のアイディアのみ。サウンドも『チルドレンズ・チルドレン』のようなスペース・サウンドから、アコースティック・ギターを中心としたものに変わった。それだけ幻想的な雰囲気は薄れた感があるが、むしろ楽曲の質は高まったように思える。そう、本アルバムは楽曲の魅力では、『フューチュア・パスト』以来の会心作だといいたい。『チルドレンズ・チルドレン』のような目くるめくサウンドの奔流に圧倒されるという体験はないが、個々の楽曲の魅力がストレートに伝わってくる。
そのせいもあってか、あるいはさらに聞きやすくなったことが功を奏したのか、アメリカでは、ついにトップ10の3位まで上昇。アルバム・チャート1位を争うトップ・アーティストの列に加わった。シングル「クエッション」の力も大きかった。アメリカでは21位と、さほど目立ったヒットにはならなかったが、イギリスでは「ゴー・ナウ」以来のトップ10ヒットとなり、2位にまで上昇した。当然のことながら、アルバム・チャートでは1位。すでにビートルズは解散していたが、ビートルズ消滅後のポップ・ロックの世界で、英米の頂点を窺えるところにまで到達したのだった。
しかし、その一方で、70年代初頭には、ムーディ・ブルースの切り開いた路線を拡張し、進化させたプログレッシヴ・ロックのバンドが輩出し、ブームとなろうとしていた。もはやムーディーズのスタイルは特別なものでも、進んだものでもなく、よりテクニカルで、より思索的なアルバムが続々と登場し、ヒットするようになった。1969年末にリリースされたキング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿(In the Court of the Crimson King)』は、全英チャート5位に輝き、1970年には、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの同名のデビュー・アルバム(Emerson, Lake and Palmer)が4位にランク、イエスもデビューしている。夏には、ピンク・フロイドの『アトム・ハート・マザー(Atom Heart Mother)』が全英で1位になった[ii]。
『バランス』における変化は、そうした動向とも無関係ではないだろう。プログレッシヴ・ロックのブームの到来とともに、ムーディ・ブルースはそこから離脱、あるいは、むしろ脱落し始めた。
A1 Question (Hayward)
本作を代表する楽曲であり、「サテンの夜」と並ぶヘイワードの傑作である。
ヘイワードの回想によると、たまたまできた二曲のコードが同じだったので一曲につなげたというが、スロー・バラードのパートをロック・コーラスのパートで挟んだ構成が、何より素晴らしい。さらに素晴らしいのは、弾き語りのバラード・パートで、ヘイワードらしいメロディをヘイワードならではの歌唱で歌い上げる。サビの悲しげだが力強い彼の高音が響き渡るパートは、まさに圧巻。
冒頭とラストのロック・パートのほうが、「なぜ僕らは答えが見つからないのだろう。数えきれない疑問を抱えたまま、ドアを叩き続けているのに。憎しみや死や、戦いについて」、とタイトルに相応しいが、傑作たる所以はスロー・パートのほうにあると確信する。
とはいえ、パワフルなコーラスとメロウなバラードの対比が、何よりも本作の魅力で、極端なことをいえば、『バランス』というアルバムは「クエッション」一曲のためにある。
A2 How Is It (We Are Here) (Pinder)
ヘイワードの声が遠のくと、間髪をいれず、ピンダーのごわごわした(?)擦れ声が飛び込んでくる。
ピンダーらしく、どこかエキゾティックでマイナー調のメロディの曲。取り立てて優れた作品とはいえないが、幾重にもうねり重なるメロトロンやそこに加わるシンセサイザーの響きが、聴き手を曲の世界に引きずり込む。
A3 And the Tide Rushes In (Thomas)
Aサイドは、前曲のヴォーカルがフェイド・アウトするとともに、次の曲のヴォーカルがいきなり切り込んできて、バトン・タッチするかのように繋いでいく。
本曲はトーマスの代表作のひとつで、ベスト盤の『ディス・イズ・ザ・ムーディ・ブルース』にも採られている。スローなフォーク・バラード、あるいはシンガー・ソング・ライターの歌うような曲で、トーマスのバリトン・ヴォイスが朗々と鳴り響く。
パートナーとの間の結婚の危機に触発されて出来たというが、達観しているのか、「波が打ち寄せ、城を押し流す。・・・木の上のブラック・バードが下界を観察している。どんぐりが大地に落ちて、育つまで、見守り続けるのだろう」、という内攻的な歌詞も印象的だ。
A4 Don’t You Feel Small (Edge)
エッジの会心作がついに登場した。というより、ようやく曲らしい曲が登場したというべきか。
シンプルだが、なかなか印象的なメロディで、アルバム・ジャケットのイメージである、アフリカのジャングルで樹木の隙間から届いてくるようなコーラスを聞かせる。曲自体は、その後のエッジの作品に共通するような、ブリティッシュ・ポップ風のナンバー。
A5 Tortoise and the Hare (Lodge)
アップ・テンポのロック・コーラスで、ロッジらしい作品である。
疾走感はあるが、あまり面白い曲ではない。ステージ向けの楽曲ということなのだろう。確かにライヴでは映えそうだ。
Aサイドは、「クエッション」がずば抜けており、続く楽曲はどうしても目立たなくなってしまうが、本作はとくに印象が薄くなってしまった。
B1 It’s Up to You (Hayward)
明るく軽やかなギターのイントロから、実にポップでキャッチーなメロディがこぼれ出してくる。
ムーディ・ブルースにしては、あまりにポップすぎるかもしれないが、同じヘイワード作の「ラヴリー・トゥ・シー・ユー」の続編のような作品。
とはいえ、思わず口ずさみたくなる親しみやすいメロディには抗しがたい魅力がある。エンディング近くのギターの柔らかいストロークもノスタルジックな響きを聞かせて、なんとも心地よい。ポップであろうがなかろうが、ヘイワードの魅力が全開だ。『バランス』は、まさにヘイワードのアルバムといえる。
B2 Minstrel’s Song (Lodge)
まるで「ハメルンの笛吹き」か「ロビン・フッド」をイメージしたかのような中世音楽風の楽曲。
何といっても、聞きものは、絡み合い重なり合うコーラスで、パーカッション以外の楽器の音はあまり目立たず、まさにハーモニー・マニアのロッジの本領発揮といったところだろうか。
Aサイドは「クエッション」ばかりが目立っていたが、Bサイドには佳曲が並んでいる。この曲もそのひとつだ。
B3 Dawning Is the Day (Hayward)
どうにも形容がしにくい作品。しかし、個人的には、本アルバムにおけるヘイワードの、いやアルバム中のベストと思っている。
この曲も、弾き語りのような歌いだしから、即興でつくったような先の読めないメロディ展開で、「顔を上げて見せてくれ。夜が明けようとしている。霧につつまれた草原。君は君の道を行くのだろう。朝に目覚めて、この狂った世界に別れを告げようとしている。でも、いいかい、僕らは君を見つけるよ」、と意味深長(というか意味不明)な歌詞を歌う。
サウンドの特徴は、ヘイワードのアコースティック・ギターとエッジのドラムだが、むしろクライマックスは、サビのヘイワードの絶叫に続き、トーマスのフルートがキャッチーなフレーズを奏で、ピンダーの力強いピアノが打ち下ろされるあたりか。
最後、遠く消えていくヘイワードのヴォーカルが余韻を残す。流れるようなリズムと緩急をつけたヘイワードの歌唱。何よりも楽曲がつくりだす謎めいた雰囲気が個性的な作品世界を作り出している。彼の書いた三曲のなかでは一番目立たないが、もっとも心に残る曲だ。
B4 Melancholy Man (Pinder)
「クエッション」と並ぶ、本アルバムでの大作だが、曲自体はごくシンプル。とくにサビのメロディは、単純きわまりないが、これを最初のヴァースが終わった後、ほぼ全編にわたって繰り返す。その間、インストルメンタル・パートでは、風のエフェクトやシンセサイザーの音色、コーラスなどを加え、第二ヴァースでは、背後にサビのコーラスをかぶせるなど、手を変え品を変え、様々に工夫を凝らしている。それでもサビのメロディが単純すぎることに変わりはないが、このメロディが案外癖になる。ピンダーらしい、なんとも気だるい陰々滅々とした旋律だが、やはり本アルバムを代表する一曲だろう。
B5 The Balance (Edge, Thomas)
ラストは、本アルバムのコンセプトを担う楽曲。珍しくもエッジとトーマスの共作。恐らく、エッジが歌詞とサビのコーラスを書いて、ヴァースのインストルメンタル・パートのメロディをトーマスが書いたのではないかと思うが、後者は、トーマスらしい単純だが美しい旋律である。
問い(「クエッション」)に対して、その答えを見つける、というのがアルバム・テーマのわけだが、「彼は答えを得た(Then, he was answered.)」という、その答えが、他人の立場に立って行動しろ、といった、たわいもない教訓では、最初のクエッションも大したことはなかったようだ。そうはいっても、これまでのポエム・リーディングのなかでは物語性が強く、バックのメロディにもフィットして、ラストのコーラスは、それなりに印象的だ(やや厚みに欠ける気がするが)。
結局、『バランス』のテーマは、内面、心の旅といったところだろうが、自分自身を発見する旅という、かつて日本で流行った「自分探し」のようで、いささか説教くさい。それへの反発もあったのだろう。態度が偉そうだ、というのが、ムーディ・ブルースに対する批判だったらしいが、この後、コンセプト・アルバムからの脱却傾向が続くのも、そうした影響によるのかもしれない。
ところで、「バランス」は、「クエッション」に対する返歌として書かれたのだろうか。アルバム・タイトルは誰が考えたのだろう。偶然できた二曲の題名を繋げたに過ぎないのか。そうだとして、最初と最後の曲のタイトルをくっつけるだけでコンセプト・アルバムにしてしまうというナイス・アイディア、あるいは、お安い発想は、どこから生まれたのか。聞けるものなら、聞いてみたいものだが。
- Mike’s Number One (Pinder)
『バランス』セッションで、最初に録音された。スタジオ・ライヴでのレコーディングという[iii]。
Mike’s Number Oneというタイトルは、まさか「ピンダーが一番」という意味ではなく、マイクの一曲目ということなのだろう。アルバム収録曲に比べて、割と明るめでわかりやすい「ナンバー」。まあまあの出来という印象で、曲はそろっているから、あえて入れるまでもないということだったのだろう。
[i] A Question of Balance (2006), p.12. マーク・パウエルによるライナー・ノウツ。
[ii] チャートの順位は、以下の書物による。T. Brown, J. Kutner and N. Warwick, The Complete Book of the British Charts: Singles and Albums (Omnibus Press, 2000).
[iii] A Question of Balance (2006), p.19.