ムーディ・ブルース『ザ・プレゼント』

 全米1位獲得の『ロング・ディスタンス・ヴォイジャー』に続くムーディ・ブルースのアルバム『ザ・プレゼント』は1983年8月にリリースされた。

 同アルバムもまた、パトリック・モラーツのキーボード群が全体のイメージを決定づけている。前作同様、モラーツのアルバムと言ってもよいだろう。ただし、あくまでもサウンドづくりの面においてであって、ジャスティン・ヘイワードのヴォーカルやジョン・ロッジのコーラスが聞こえなければムーディーズにはならない。ムーディ・ブルースの作品におけるモラーツの時代というだけである。

 とはいえ、アルバムの雰囲気は『ヴォイジャー』とは、がらりと異なる。前作のスペース・サウンドに代わって、今回のテーマはファンタジーで、木管楽器風の音色が中心となって、『ヴォイジャー』よりも柔らかな音を聞かせる。

 アルバム・ジャケットは、成功した前作の続編であることを強調しているのが一目瞭然で、ジャケット前面は、桃源郷というか、お伽噺めいた背景にギリシア・ローマ風衣裳の少年二人が、ひとりは寝そべって、もう一人はXの形の何かを手渡している。それが「プレゼント」というわけで、Xは10(枚目のアルバム)を意味しているのだろう。背面になぜか円盤が浮いていて、さらに遠くにヴォイジャーが見える。歌詞カードのイラストを見ると、少年たちがいるのは、ラピュタのような浮き島で、それが宇宙空間を漂って、ヴォイジャーがそこにたどり着いたということらしい。なんだか強引な結びつけ方だが、ヴォイジャー君は、この後も、果てしない宇宙空間の旅を続けるのだろう。

 アルバム・ジャケットの話が長くなったが、実は、この頃(1983年)は、あまり彼らを聞いていなかった時期で、LPレコードも持っていない。私の関心の度合いとは関係ないが、セールスもそれほど振るわず、全米チャートで26位に終わった。原因を考えると、『ヴォイジャー』に比べて、全体的にイギリスっぽいなあ、と感じる。エッジやトーマスの作品がとくにそうだが、かといって、全英チャートでも15位だった。前作がアメリカほどではなかったにせよ、7位まで上昇したことを思うと低落傾向が著しい。その他の要因としては、前アルバムの「ザ・ヴォイス」のような強力な引きのあるナンバーが見当たらないせいもありそうだ。言い換えると、シングル・ヒットがないとアルバムも売れないグループになりつつあったということだろう。本作からのシングルは、ロッジ作の「シッティング・アット・ザ・ホイール」が全米27位。健闘したほうだと思うが、『ヴォイジャー』からのシングルは、「ジェミナイ・ドリーム」が12位、「ザ・ヴォイス」が15位と、トップ10に届かなかったにもかかわらず、アルバムは1位になった。それと比べると、26位は、やはりしょぼい。この後の『ジ・アザー・サイド・オヴ・ライフ』は、シングルの「ユア・ワイルディスト・ドリームズ」が9位になって、アルバムも9位まで上がった。アルバムとシングルが連動するようになったとはいえるだろう。

 「ユア・ワイルディスト・ドリームズ」のヒットに、PV(プロモーション・ヴィデオ)が貢献したように、アルバムを売るためには、シングル・ヒットなり、他の何であれ、話題作りが欠かせない時代になったということだ。ムーディーズも普通のポップ・ロック・バンドになったということでもある。

 そうはいっても、アルバムの内容は充実していて、むしろ『ヴォイジャー』よりも手ごたえを感じるとも思う。モラーツのキーボードと他のメンバーが作り出すバンドの音のバランスも絶妙で、スケールと深みを感じさせる。ただ楽曲そのものは、おしなべて、今一つという印象で、結局は、そこが課題だった。

 

A1 Blue World (Hayward)

 冒頭からいきなり、モラーツの華麗なキーボードが鳥のさえずりのような、せせらぎのような音色を奏で、ヘイワードの少し暗めの湿り気のあるヴォーカルが聞こえてくると、前作以上に、ああ、ムーディ・ブルースだ、と思わせる。

 いかにもヘイワードらしい楽曲に、包み込むようなサウンド・アレンジが相まって、なんとも心地よい音空間を作り上げている。その点は、言うことはないのだが。・・・ちょっと長すぎるのでは。

 そんな風に思うのは、ヘイワードらしいメロディではあるのだが、傑作というには、若干物足りない。これだ、という必殺のフレーズが見当たらないせいだろうか。

 とくに最後のリフレインが、ちょっとしつこくて、もっと短くてよかった。ヘイワードのヴォーカルを堪能できる曲ではある。

 

A2 Meet Me Halfway (Hayward/Lodge)

 ロッジとヘイワードの共作第二弾だが、「ジェミナイ・ドリーム」のようなヒット・シングルにはならなかった。しかし、楽曲としては、こちらのほうがよいのではないかと思う(好みの問題だが)。

 デュエットというより、ヘイワード主導だが、繊細で透明感のあるヴァースと、それ以上に、波が寄せては返すように折り重なるコーラスの美しさが際立っている。

 この曲など、いかにもイギリス的なポップ・ハーモニー・ナンバーで、「ブルー・ワールド」とこの二曲で、『ザ・プレゼント』のイメージは、はっきりしたようだ。

 ただ、『ヴォイジャー』に比べると、恐ろしく地味だなあ。

 

A3 Sitting at the Wheel (Lodge)

 三曲目にして、ようやく景気のいい、というか、元気いっぱいのロックン・ロールが始まる。ロッジらしい、むしろ(ムーディーズでは)ロッジにしか書けないナンバーだが、アルバムのなかでは、いささか浮いて聞こえる。「ステッピン・イン・ア・スライド・ゾーン」(『オクターヴ』)のドンチャカ・サウンドよりは疾走感もあって、はるかに、ましだと思うが。

 シングルとして、そこそこヒットしたが、アルバム全体を見渡しても、シングル向きの曲は本作くらいしかない(「ブルー・ワールド」もシングル・カットされたらしいが)。やはり売れるアルバムということでは、『ヴォイジャー』に比して、かなりインパクト不足だったようだ。

 

A4 Going Nowhere (Edge)

 いかにもイギリス的なミディアム・テンポのナンバー。イングランドの田園風景のなかを、羊を追って歩いていくような(?)牧歌的イメージの曲。

 エッジ作だが、リード・ヴォーカルはトーマスで、自作の曲以上に朗々と響きわたる声を聞かせる。最初はあまり感じなかったが、エッジの楽曲はイギリス風の肌触りが強い。このブリティッシュネスは、アメリカのバンドにはないものだろう。

 『ザ・プレゼント』は、ヘイワードとロッジの作品を中心にしつつ、エッジとトーマスの楽曲をAB面のラストに重しのように据える構成だが、アルバム構成は、うまく出来ていると感じる。

 

B1 Hole in the World (Lodge)

 続く「アンダー・マイ・フィート」とメドレーのように連なっているが、むしろ次曲のイントロのようで、あえて別々の曲にする必要があったのかと思う。

 A面最後の「ゴウイング・ノウホェア」と同じようなミディアム・テンポで、マーチング・バンドのようでもある。最後のフレーズが印象的だが、せっかくモラーツが加わったのだから、インストルメンタル・パートを入れてみようということだったのだろうか。

 

B2 Under My Feet (Lodge)

 「ホール・イン・ザ・ワールド」に続いて、同じ曲調でロッジのヴォーカル・パートが始まる。「シッティング・アット・ザ・ホイール」のような威勢のよいロックン・ロールではないが、バラードというわけでもなく、ロッジらしい甘いメロディも見当たらず、狙いのよくわからない曲だ。やはり、モラーツを中心としたサウンド指向で書いたのだろうか。

 

B3 It’s Cold Outside of Your Heart (Hayward)

 ヘイワード得意のスローでメロディアスなバラード作品だが、カントリー風なところが珍しい。といっても、ソロ・アルバムの『ソングライター』(1977年)には、こういった作品も含まれていたので、意外ではない。意外というなら、ムーディーズのアルバムなのに、こういったソロ作品のような曲が入っているところだろう。ヘイワードは、ソロ向きの曲と、バンド用の楽曲を、割合はっきりと書き分けてきた印象だったが、ソロ活動以後は、その辺の見境がなくなってきたのかもしれない。

 ヘイワードの癖のあるメロディではないが、なかなか美しい曲だ。後に、ソロ・アルバムでもカヴァーしている[i]

 

B4 Running Water (Hayward)

 こちらもソロ作品のようなスロー・バラード。まるで賛美歌のような静謐で美しいメロディをもった楽曲。

 いかにも名曲然としていて、えてしてロック・アルバムに一曲くらいは入っていそうな曲、というと皮肉のようだが、ヘイワードにしては、自分の癖を抑えて仕上げた印象を受ける。あまりに清らかな曲調で、聞いていると照れ臭くなるようなところもあるが、佳曲であることは間違いない。

 

B5 I Am (Thomas)

 最後の二曲がトーマスの作品というのは、『ヴォイジャー』終盤のミニ組曲(Painted Smile~Reflective Smile~Veteran Cosmic Rocker)を踏襲したかたちで、二曲を繋げれば“I Am Sorry”というのも、わかりやすい演出。しかし、実際はロッジの「ホール・イン・ザ・ワールド」~「アンダー・マイ・フィート」と同じで、二曲で一曲ということだろう。

 『ヴォイジャー』の組曲は、むしろチープで安っぽいところが魅力(?)だったが、今回は大真面目な大作風。かつてマイク・ピンダーが果たしていた役割をトーマスが引き継いだかたちで、「アイ・アム」と、トーマスがあのヨーデルのような轟きわたるバリトン・ヴォイスを響かせると、一気にかつてのムーディ・ブルースがよみがえる。

 

B6 Sorry (Thomas)

 一転して、転がるような軽快なテンポで、トーマスがフォーク・ソング風に語りかけるように歌い始めて、モラーツのキーボードがそのあとを追う。「鷹揚に構える上流人士は、いつも見せ掛けだけ。彼らの言う『ソーリー』は、いつも遅すぎる」と歌詞は辛らつだが、ポップなメロディから、「ソーリー・イズ・ア・ワード・・・フォギヴ・マイ・イエスタデイズ」のサビへ。さらにそこからアップ・テンポで急き立てるように、七色のキーボードの音色が乱舞するインストルメンタル・パートになだれ込む展開は圧巻だ。

 いささか大仰で、聞き手を置いてきぼりにするようなところもあるが、「アイ・アム・ソーリー」は、『ザ・プレゼント』最大の聞きものといえる。緩急自在の組み立てと無数の蝶の羽ばたきのようなサウンドは、かつてのムーディ・ブルースの音楽が作り出した非日常的音世界を蘇らせる。

 トーマスの会心作、いや、最高傑作かもしれない。

 

[i] Justin Hayward, Spirits of the Western Sky (Eagle Records, 2013).