Bee Gees 1967(3)

3⃣「マサチューセッツ」(1967.9)

1 「マサチューセッツ」(Massachusetts)

 ボストンは知っていても、ボストンを州都とするマサチューセッツの名を知っている日本人は少ないだろう。もっとも作者のギブ兄弟も知らなかったらしい[i]。17世紀の魔女裁判事件で知られるセイラムも同州の所在だが、よほどマニアックな人でなければ、興味はないだろう。そんなこともあってか、本作の日本盤ジャケットは、5人のメンバーの写真を枠で囲んで、そこから伸びた矢印が、左下のアメリカ地図のなかのマサチューセッツ州を指している、というものだった。

 イギリスでのサード・シングル(「スピックス・アンド・スペックス」を除く)で、彼らの出世作となった。イギリス、ドイツをはじめとするヨーロッパ各国で1位となり[ii]、日本でもオリジナル・コンフィデンスのチャートで洋楽としては初めて1位を獲得して50万枚を売った(ひょっとするとイギリスより売れたのではないか)[iii]アメリカでは11位止まり(ビルボード誌)だったが、初の世界的ヒットとなった。

 そうしたこともあって、本作はエピソードに事欠かないが、一番有名なのは、この曲の成り立ちで、ロビンが”The lights all went out in Massachusetts”というフレーズを思いついた。夜遅くになって、そのことをバリーに告げると、「知っているよ。メロディもできている」、と返された、という話である[iv]

 この超自然的交感の逸話は、「マサチューセッツ」がヒットし始めた1968年始め頃、日本でもすでに紹介されていて、コリンはこの曲は単純すぎて、あまり好きではなかった、とか、「これは、どこかへ脱出したいという人のことをいっているのだ」、というロビンのコメント、さらに「このグループがスタートしたときから、ビッグ・オーケストラでやりたいというのが全員の一致した意見だった」、といった発言も記事になっている[v]

 当時のフラワー・ムーヴメントに対するアンチ・テーゼだったということも、最近では知られるようになった。「マサチューセッツの街の灯はみな消えてしまった」という歌詞は、若者がみな西海岸のサン・フランシスコに行ってしまったことへの皮肉だというわけだ[vi]。そういった経緯はともかく、作曲の手本となったのは、確かにフラワー・ムーヴメントを象徴するスコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ(San Francisco (Be Sure to Wear Flowers in Your Hair))」(1967年)だろう。ゆったりしたテンポやどことなくカントリー風のメロディも共通している。しかし、それ以上に注目すべきは、当時の日本盤シングル解説にあった「ウェスターン~フォスター風」という指摘である。ウェスタンというよりは、カントリーと言ったほうがよさそうだが、「フォスター風」というのは言い得て妙である。「スワニー河」や「オールド・ブラック・ジョー」のような4分音符と2分音符中心の単純なメロディで、誰もがすぐに覚えて歌える曲という意味で、確かにフォスターの書いた楽曲のようだ。同時にフォスターのように、これほどシンプルで、これほど琴線に触れるメロディを書けるのはやはり大した才能といえる。

 サウンドとしては、言うまでもなく「大編成のオーケストラ」が特徴だが、もう一つ、モーリスのべ―スの「ドン、ドン」という物憂い響きも印象的だった。本作は、日本のグループ・サウンズに影響を与えた曲のひとつで、タイガースの「花の首飾り」(1968年)[vii]あたりが連想されるが、フォーク・クルセイダーズの「花のかおりに」(1968年)という曲にもその影響がみられる。メロディやテンポだけではなく、ベースの音が明らかに「マサチューセッツ」を意識していると思われる。両曲とも「花」がタイトルについているのは偶然とはいえ、「フラワー・パワー」つながりなのだろうか。

 また、単純な曲だからこその細かい工夫もみられる。ロビンがメイン・ヴォーカルを取り、バリーが裏のヴォーカルというか、デュエットをしているが、2番の歌詞で、ロビンが”Tried to hitch a ride to San Francisco”と歌うバックで、バリーが最後のリフレインの歌詞である”I will remember Massachusetts”と歌っている。二人で違う歌詞を歌っているのだが、3番では、同様にバリーが上記のフレーズを歌っているときに、ロビンは”Talk about the life in Massachusetts”と歌う。最後の”Massachusetts”で、二人の声がぴったり重なるという趣向である。

 

2 「バーカー・オヴ・ザ・UFO」(Barker of the UFO)

 この曲は、長い間日本盤では聞くことができなかった。日本盤の「マサチューセッツ」のB面は「ホリデイ」だったからだ。しかも、アルバム『ホリゾンタル』には、「マサチューセッツ」は収録されたが、B面のこの曲は未収録だった。筆者は、1970年代半ばになって、輸入盤にこの曲が入っているのを見つけて購入したが、一聴して、買わなければよかった、と後悔した。・・・とまでは考えなかったが、レコード会社(日本グラモフォン)が「マサチューセッツ」のカプリングを「ホリデイ」に変更したのは賢明だった、と実感した。

 タイトルからしてノヴェルティ・ソング風だが、わずか2分弱。3つの別々のメロディを組み合わせて1曲にしたという印象。多分バリーは眠っている間に書いたのだろう。・・・まさかそんなことはないが、かといって、徹夜して書き上げたとも思えない。モーリスによれば、「実験的な時期」の作で、チューバと逆回転のシンバルが気に入っている[viii]、とのことだが、そのとおりのテープ操作等を施した、『ファースト』の残り物のような曲である。

 しかし、意外なことにバリーのお気に入りの曲らしい。自選ベストとも言える『ミソロジー[ix]のバリーのパートのなかに、この曲が選ばれているのを見たときは驚いた。「トゥ・ラヴ・サムバディ」や「ワーズ」、「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ」などと一緒に、である。「レッティング・ゴー」が一番好きな曲の一つ[x]、と言っていたこともあるから、作者の好みというのはわからないものだ。

 

4 「ホリデイ」(1967.10)

1 「ホリデイ」

2 「ライオン・ハーテッド・マン」

 

5 「ワールド」(1967.11)

1 「ワールド」(World)

 シングルとしては初めてピアノがサウンドの基調となったのが「ワールド」である。

 いきなりピアノ(モーリスのいうところの”compressed piano”)とべ―スが連打されるイントロから一転して、バリーが落ち着いた声で”Now I’ve found …”と歌いだし、ピアノがアルペジオを奏でるとオルガンがそれに続く。曲はABAの構成で、サビのコーラスから始まって、ヴァースを最初にロビンが、コーラスを挟んで、今度はバリーが歌う。最後のコーラスでは、一気に音が上がり、ロビンがソロを取ると、最後の最後にオーケストラが一気に押し寄せ、次の瞬間波のように引いていくと、曲もフェイド・アウトしていく。アップ・テンポではないが、スロー・バラードでもない。ピアノとオルガンがベースになっているため重厚なサウンドでクラシカルでもあるが、一方でこれまででもっともロック的ともいえる。

 それまでのシングルに比べ、ハードに映るのは歌詞のせいもある。「世界は丸く、毎日どこかで雨が降っている」、という歌詞は、この時代に流行った、いわゆるメッセージ・ソングを思わせる[xi]。当時モーリスは、「マサチューセッツ」と比べて、「ワールド」のほうが力を入れて作った、こっちのほうが好きだ[xii]、と述べている。

 全英では9位、全米ではシングル発売されなかった。アメリカでは「ホリデイ」がリリースされたため、「マサチューセッツ」の発売が11月にずれ込み、しかも1968年1月には次のシングルの「ワーズ」が発売予定だった。「ワールド」の入り込む余地がなかったのだ。これほど立て続けにシングルをリリースしたのは、新人グループの知名度アップのためだろうが、彼らがそれに応じられるだけの創作意欲に満ちていたことも確かだ。ちなみに「ワールド」と「ワーズ」のレコーディングは同日に行われた[xiii]。これもまた驚くべきことに映る。

 

2 「サー・ジェフリー」(Sir Geoffrey Saved the World)

 この曲も「ビートルズ的」な一曲。1968年発売当時から指摘されていたことだが[xiv]、明らかに「ペニー・レーン」を下敷きにしている[xv]。モーリスによれば、ベース・ラインがビートルズ的なのだそうだ[xvi]。しかし、曲自体が「ペニー・レーン」を真似ていることは、一目、いや一聴瞭然だろう。

 歌詞は、大気浄化法(1956年、1968年)についてだというが[xvii]、日本人には、はてな、だろう。A面が”World”で、B面が “Sir Geoffrey Saved the World”というのは、明らかに狙ってやっているのだろうが。

 それでも哀愁を帯びたメロディは単純ではあるが、悪くない。

 

[i] Bee Gees: The Day-By-Day Story, 1945-1972, pp.41-42. 「実は、僕らはマサチューセッツに行ったことはないんだ」(バリー)、「なんで初めに『マサチューセッツ』って思いついたのかわからないよ。綴りだって、よく知らなかったんだから」(モーリス)。

[ii] Craig Halstead, Bee Gees: All the Top 40 Hits (2021), pp.25-27.

[iii] イギリスでシルヴァー・ディスク、ゴールド・ディスク等の認定制度が始まったのは1973年からという。これまで、最も売れたシングルは「ステイン・アライヴ」で60万枚(プラチナ)。チャート上、「マサチューセッツ」と並んで、最大のヒット(4週1位)となった「ユー・ウィン・アゲイン」が50万枚(ゴールド)。ただし、これは出荷枚数によるもので、売り上げ枚数ではないらしい。Ibid., p.251.

[iv] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.142; Bee Gees: The Day-By-Day Story, p.50.

[v] 平山よりこ「ヒット曲物語」『ヤング・ミュージック』(1968年2月号)、123-24頁。

[vi] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.141-42. さらに当時のロビンのインタヴューによると、アンチLSDという意味も含まれているのだそうだ。Bee Gees: The Day-By-Day Story, p.41.

[vii] 「花の首飾り」は、「マサチューセッツ」というより、「マサチューセッツ」と「ホリデイ」を合わせたような、といったほうがよいかもしれない。ヴォーカルの加橋かつみの声がロビンに似ているというのは、当時、結構有名だった。

[viii] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990.

[ix] Mythology: The 50th Anniversary Collection (2010).

[x] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990.

[xi] 政治的主張や社会性のある歌詞が必ずしも要件というわけではないが、ラスカルズの「自由への賛歌(People Got to Be Free)」(1968年8~9月に全米1位)などが代表例だろう。シュープリームスの「ラヴ・チャイルド(Love Child)」(1968年11月に全米1位)も同じ範疇に入れられていた感がある。

[xii] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.143.

[xiii] 1967年10月3日。「瞳に太陽を」も同日録音。Horizontal (2006); Bee Gees: The Day-By-Day Story, pp.42-43.

[xiv] 『ヤング・ミュージック』(1968年)のレコード評。

[xv] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.166.

[xvi] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990.

[xvii] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.166.