ビー・ジーズ1966

S10 ビー・ジーズ「おうちがほしい」(1966.3)

A 「おうちがほしい」(I Want Home, B. Gibb)

 「おうちがほしい」って、幼稚園児のおままごとか。

 このカプリングは、どちらがA面なのか、はっきりしないようだが、こちらの曲のほうがレコード番号が若いらしい(19819番、「チェリイ・レッド」が19820)[i]。・・・そんなことはどうでもいい。

 「ピース・オヴ・マインド」や「閉所恐怖症」のようなビート・ナンバーで、それも、こっちがA面の可能性が高い理由だろうか。ただ、これまでの、みんなでわいわいやっているような賑やかなリヴァプールサウンドというより、もっと陰りのあるハードなサウンドを目指しているようだ。ローリング・ストーンズあたりの影響が入り込んでいるのかもしれない。ギターはモーリス、ドラムスは、なんと、コリン・ピーターセンが担当しているらしい[ii]

 ビー・ジーズのシングルとしては、また新境地を開いたともいえるが、結果は凶と出て、さらに屍を晒すことになった(時代劇ではないが)。

 

B 「チェリイ・レッド」(Cherry Red, B. Gibb)

 「ホェア・アー・ユー」で始まるスロー・バラード。このところ多かったフォーク調というより、オールド・スタイルのポップ・コーラス・ナンバー[iii]といえそうだ。

 チェリイ・レッドは、女の子の名前としては、メロディ・フェアなどと比べると、響きがちょっとけばけばしく感じるが、英語ではそうでもないのだろうか。なんか、はすっぱな(表現が古い)イメージが浮かぶ。しかし、それはそれとして、「チェ~リ~・レ~ッド」のハイ・トーン・コーラスは比類ない美しさで、ロビンのふるえるようなヴォーカルも密かな恋心を見事に表現している。

 A面候補になったのも当然に思えるし、1966年以前のビー・ジーズのバラードでは最高傑作ではないだろうか。

 

S11 ビー・ジーズ「月曜の雨」(1966.6)

A 「月曜の雨」(Monday’s Rain, B. Gibb)

 1966年6月発売だが、オーストラリアにも梅雨があるのだろうか。「マンデイズ・レイン」という題名からして(月曜のうえに、雨って)、すでにブルーな気分になるが、セールスも晴天とはいかなかったようだ。

 まだまだ続くビー・ジーズのチャレンジ企画で、今度はこれまででもっともスローなバラード。むしろ、日本のムード歌謡のような雰囲気で、間奏のギターの暗い音色はお通夜のようだ。ロビンとバリーが交互にリード・ヴォーカルを取るビー・ジーズのスタイルが固まりつつあるが、ロビンの歌い方はいささかオーヴァー・アクション気味、バリーのほうは少々軽いだろうか。二人ともソウルフルな歌唱を意識しているようで、リズム・アンド・ブルースのバラードというのが狙いだったらしい。

 曲は悪くないが、やはり、シングル向きではないだろう。ハードなロックが駄目なら、ソウル・バラードならどうだ、ということなのかもしれないが、少々やけ気味?

 

B 「オール・オヴ・マイ・ライフ」(All of My Life, B. Gibb)

 こちらは、完全にビートルズを真似たアップ・テンポのロック・コーラス。あまりにビートルズに似すぎていて、ラジオ局もこれでは曲をかける気にならなかっただろう、と『1960年代のビー・ジーズ』では分析されている[iv]が、さもありなん、と実感する。

 とはいえ、なかなか快調な出来で、「オール・オヴ・マイ・ラ~イフ」のコーラスは、ビートルズよりビートルズらしいキャッチーなコーラスで楽しませてくれる。

 

S12 ビー・ジーズ「スピックス・アンド・スペックス」(1966.9)

A 「スピックス・アンド・スペックス」(Spicks and Specks, B. Gibb)

 もちろん、オーストラリア時代を通じて、もっとも知られた曲。1位になったとか、いや、ならなかったとか[v]、よくわからないが、最初にして最後の大ヒットだったことは確かなようだ。

 世界デビュー後も、ライヴなどで演奏され続け、最新ベストの『タイムレス』[vi]にまで収録されている。

 無骨なピアノの弾奏から始まる、8小節を際限なく繰り返すだけのシンプル極まりない曲だが、一度聞けば耳に残る強いメロディをもっている。バリーの張りのある力強いヴォーカルに、バックの薄いがスリリングなコーラスが呼応して、最後、かなたへと消え去る「スピックス・アンド・スペ~~ックス」まで、過去のシングルにはなかった強烈なインパクトを残す一曲となった。

 

B 「アイ・アム・ザ・ワールド」(I Am the World, R. Gibb)

 ギターの荘重な、あるいは大げさなイントロから、ゆるやかな、もしくは、どっしりとしたテンポで始まるロビンの初のソロ作品。タイトルからして大仰だが、「ぼくは世界、ぼくは空、ぼくは海、あるいは君がぼくに望むすべて」という歌詞は、いかにもロビンらしい。

 どこかクラシカルなヴァースに、サビではトップから段々と下降してくるコーラス、と、ロビンのソング・ライティングの特徴がすでにこの曲に現れている。彼にとっても思い入れの強い作品なのだろう。『ミソロジー』では、ロビンのパートの最初に選ばれている[vii]

 

A02 ビー・ジーズ『スピックス・アンド・スペックス』(Spicks and Specks, 1966.11)

 「おうちがほしい」/「チェリイ・レッド」のリリース後、ビー・ジーズは、スピン・レコードに移籍した。ただし、フェスティヴァル・レコードがスピンから発売されるレコードの配給権を保持する契約だったという(おかげで、フェスティヴァルはその後もビー・ジーズのレコードで大いに儲けた)[viii]。新しいアルバムは、セント・クレア・スタジオでレコーディングされ、スタジオ・オーナーのオジー・バーンがエンジニアを務めた。バーンは、言うまでもなく『ビー・ジーズ・ファースト』のプロデューサーである[ix]。ただ、本アルバムのプロデュースはナット・キプナー[x]が担当した(ビル・シェパードは1966年初頭に、ビー・ジーズより一足先にイギリスに戻っていた)[xi]。さらに、演奏には、コリン・ピーターセンのほかに、ヴィンス・メロウニィも参加しているらしい[xii]

 本アルバムは、本当の意味でビー・ジーズ初のオリジナル・アルバムといえるだろう。前作は、ほぼシングルの寄せ集めだったが、今回はアルバム用の新曲が中心で、シングル用の曲とは一味違った楽曲が含まれている。全体の統一感はないが、彼ららしい多彩なスタイルと深みを増したメロディ、そしてコーラスがアルバムのグレードを格段に高めている。

 

A1 「月曜の雨」(Monday’s Rain, B. Gibb)

A2 「小鳥がいっぱい」(How Many Birds, B. Gibb)

 軽快なリズムのポップ・ロック・コーラス・ナンバー。バリーのヴォーカルも軽妙だ。「ハウ・メニー・バ~ド」のキャッチーなメロディもいい。

 『1960年代のビー・ジーズ』では、「他には聞かれないような曲を書き始めた」[xiii]と評されているが、タイトルと曲調は、ビートルズの「アンド・ユア・バード・キャン・シング」(『リヴォルヴァー』)を思わせないでもない。

 

A3 「プレイダウン」(Play Down, B. Gibb)

 いかにもアルバムの穴埋め用につくられた楽曲という体。完全にコーラス主体の曲で、その点がビー・ジーズらしいとはいえる。メロディはシンプルで、ヴァースもサビもあまり区別がつかない、単調な作品というほかはない。

 しかし、別ヴァージョンが発見されたとか、バリーが2013年のオーストラリア・ツアーで、この曲を演奏したとか、結構話題が出てきて[xiv]、バリー自身は気に入っているのかもしれない。

 

A4 「セカンド・ハンド・ピープル」(Second Hand People, B. Gibb)

 ノスタルジアをかき立てる、転がるようなギターのイントロから、さらに郷愁に満ちたメロディが心を揺さぶるカントリー・タイプのバラード。

 「閉所恐怖症」とか、本作とか、この頃のバリーの曲名における言語センスはどうかと思うところもあるが、天性のメロディ・メイカーぶりがいよいよ本格的に発揮され始めた感が強い。

 日本盤の解説でも、アルバム随一の佳曲と評価されていた[xv]

 

A5 「ぼくは気にしない」(I Don’t Know Why I Bother with Myself, R. Gibb)

 「アイ・アム・ザ・ワールド」に続くロビンの第二作。イントロからして憂鬱だが、歌が始まると、何とも物憂げなメロディを、ロビンがあの沈んだ声で淡々と歌い紡いでいく。サビでは、ダブル・トラックで二人のロビンが声をそろえてデュエットするが、それでも一層孤独が深まるような暗~い気分にさせてくれる。(邦題は「ぼくは気にしない」だが、原題のほうは、「僕は気にしてる」んじゃないの?)

 しかし、ある意味、これこそがロビンであり、「アイ・スターテッド・ア・ジョーク」の原型がここにあったことを教えてくれる。個人的には、ロビンの全作品中でも上位に来そうな、忘れがたい名曲といいたい。

 それにしても、二番を歌い終わらないうちにフェイド・アウトしてしまうラスト[xvi]は、一体全体どうなっているのか?(長すぎるというほどでもないだろう。)

 

A6 「ビッグ・チャンス」(Big Chance, B. Gibb)

 リズミカルなフォーク・ロック・スタイルの作品。バリーとロビンのヴォーカルだが、軽く流すような感じで、メロディにもあまり魅力がない。全体として印象が薄く、いかにもA面の最後に置かれるような楽曲といったところ。・・・少しは誉めろや!

 

B1 「スピックス・アンド・スペックス」(Spicks and Specks, B. Gibb)

B2 「ジングル・ジャングル」(Jingle Jangle, B. Gibb)

 三拍子のマイナーなナンバー。えらく湿っぽい曲で、雨の日に傘をささずに出かけてどぶにはまって腕を骨折したような(?)情けない気分になる。

 しかしメロディは美しい。フォーク・グループが歌うトラディショナル・ソングのような哀愁に満ちた旋律は、バリーが自在に曲を作る能力を駆使し始めたことを物語る。こうした楽曲にうまく適合するロビンというシンガーを得たことも大きかったのだろう。  

 1971年のツアーでも演奏されたという[xvii]が、確かに、翌年の日本でのコンサートにおいても演奏リストに入っていたようだ[xviii]

 

B3 「ブルーの色調」(Tint of Blue, B. & R. Gibb)

 ついにバリーとロビンの共作ナンバーが登場した。「トゥ・ラヴ・サムバディ」や「傷心の日々」、「エモーション」などを産み出した(仲が良いのか悪いのかわからない)最強コンビによる最初の楽曲である。しかし、その割には、年末大掃除で掃いて捨てられそうな凡作にしか見えない。途中のハーモニカのような音が、ロビンが演奏するメロディカで、彼が書いたメロディだったということなのだろうか。

 あるいは、タイトルの“Tint of blue”。歌詞には対比的に“Tint of red”という言葉も出てくるが、この言葉選びのセンスがロビンがもたらしたものだったのか。調子はよいが、やはりその他大勢の一曲のようだ。

 

B4 「君はどこに」(Where Are You, M. Gibb)

 こちらも初物で、モーリスがビー・ジーズに提供した初めての曲。

 いかにも初心者っぽいシンプルそのものといった作品で、恐ろしいほど単調だ。

 しかし、サビの最後の「ウォウォウォウォ」にかけ合いのコーラスがかぶさる展開は、さすがハーモニー・マニアの彼らしい、さりげないセンスを見せつける。モーリス抜きではビー・ジーズのコーラスも完璧ではないと思い知らせてくれるナンバーだ。

 

B5 「ボーン・ア・マン」(Born A Man, B. Gibb)

 バリーとロビンがリード・ヴォーカルを分けあうリズム・アンド・ブルース調の作品。

 そのこと自体は珍しくないが、ジェイムズ・ブラウンもどきの大熱演で、しかも、あまりさまになっていないような、ぎこちない歌いっぷりで、なんか騒いでいるだけのような・・・。

 こういった曲をこなすには、まだ若すぎた、というよりも、そもそも彼らには向いていないのではないか、と思いたくなる。

 ところが、この曲がオーストラリア時代のビー・ジーズ最後のシングルだったという[xix]。何と無茶な。彼らも知らないうちにリリースされていたようだが、あとから知ったとすれば、果たしてどう思ったのだろう。彼らのことだから、別に気にしないか。

 

B6 「ガラスの家」(Glass House, B. & R. Gibb)

 アルバム・ラストは、またしてもマイナー調のバラード。バリーとロビンの共作第二弾で、ロビンのヴォーカルということは、彼の好みが表われているのだろう。いかにもロビンが好きそうなタイプの曲で、メロディは『ビー・ジーズ・ファースト』に入っていてもおかしくない魅力に富んでいる(コーラスは同じ繰り返しで、やや落ちるか)。

 ズンズチャチャ、ズンズチャチャというもっさりしたリズムが、むしろ哀愁を深めて、フェイド・アウトしていくラストは余韻を残すが、アルバムの締めくくりとしては賛否が分かれるかもしれない。陰気な「月曜の雨」で始まり、哀れっぽい「ガラスの家」で終わるのは、収まりがよいともいえるが。

 

[i] A. M. Hughes, G. Walters & M. Crohan, Decades: The Bee Gees in the 1960s (Sonicbond, UK, 2021), p.91.

[ii] J. Brennan, Gibb Songs, Version 2; 1966.

[iii] Decades: The Bee Gees in the 1960s, p.91.

[iv] Ibid., p.96.

[v] Ibid., p.99. 当時のナショナル・チャートに相当した『ゴー・セット』という雑誌のチャートで4位、というのが正しいらしい。しかし、1967年にニュー・ジーランドで1位になっているという。

[vi] Bee Gees, Timeless: The All-Time Greatest Hits (Capitol, 2017).

[vii] Bee Gees, Mythology (Reprise Records, 2010), Disc 2.

[viii] Decades: The Bee Gees in the 1960s, p.92.

[ix] Ibid., p.93.

[x] 息子のスティーヴ・キプナーは、後にティン・ティンを結成して、モーリスがレコーディングに参加、その後も一緒に活動している。Melinda Bilyeu, Hector Cook and Andrew Môn Hughes, The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb (New edition, Omnibus Press, 2001), pp.263-64; Decades: The Bee Gees in the 1960s, p.230.

[xi] Decades: The Bee Gees in the 1960s, pp.91, 103.

[xii] Ibid., p.103.

[xiii] Ibid., p.105.

[xiv] Ibid.

[xv] ザ・ビー・ジーズ『スピックス・アンド・スペックス』(ポリドールレコード)。亀淵昭信氏による解説。ついでに、曲順は、「スピックス・アンド・スペックス/君はどこに/プレイダウン/ビッグ・チャンス/ガラスの家/小鳥がいっぱい/セカンド・ハンド・ピープル/僕は気にしない/月曜の雨/ブルーの色調/ジングル・ジャングル/ボーン・ナ・マン」だった。

[xvi] Ibid., p.106.

[xvii] Ibid; Bee Gees, Melbourne 1971 (Gossip, 2020).

[xviii] 『ミュージック・ライフ』1972年5月号、102頁。

[xix] Decades: The Bee Gees in the 1960s, pp.106-107. 1967年2月発売で、Bサイドは「ビッグ・チャンス」。あまり大チャンスだったようには見えない。