ビー・ジーズ

ビー・ジーズ・トリビュート・アルバム1996-1998

Soul of the Bee Gees (US, 1996) 01 Al Green, How Can You Mend A Broken Heart (1972) 02 Rufus featuring Chaka Khan, Jive Talkin’ (1975) 03 Candi Staton, Nights on Broadway (1977) 04 Portrait, How Deep Is Your Love (1995) 05 Dionne Warwick, …

ビー・ジーズ1966(2)

. この項目で取り上げているアルバムは、どちらも1966年に発売されたものではない。それなのに、なぜ、ここに置くかといえば、他に入れるところがないからである。 ビー・ジーズ『ターン・アラウンド・・・ルック・アット・アス』(Turn Around …Look at Us, …

ビー・ジーズ1966

S10 ビー・ジーズ「おうちがほしい」(1966.3) A 「おうちがほしい」(I Want Home, B. Gibb) 「おうちがほしい」って、幼稚園児のおままごとか。 このカプリングは、どちらがA面なのか、はっきりしないようだが、こちらの曲のほうがレコード番号が若いらしい…

ビー・ジーズ1965

S06 トレヴァー・ゴードンとビー・ジーズ「ハウス・ウィズアウト・ウィンドウズ」(1965.1) A 「ハウス・ウィズアウト・ウィンドウズ」(House without Windows, B. Gibb) 「君たちの書いた曲じゃヒットは無理だね」と言い渡されたものの、「でも、他の歌手の…

ビー・ジーズ1963-1964

ビー・ジーズの3人、バリー・ギブ(1946-)、双子のロビン・ギブ(1949-2012)とモーリス・ギブ(1949-2003)は、イギリスのアイリッシュ海に浮かぶマン島に生まれ、マンチェスターに移り住んだ後、1958年に家族とともにオーストラリアに移住するが、それ以前か…

ビー・ジーズ2001

『ディス・イズ・ホェア・アイ・ケイム・イン』は、通算20枚目(オーストラリア時代の3枚を除く)、21世紀になって最初の、そしてビー・ジーズにとって最後のオリジナル・アルバムとなった。 1967年の『ビー・ジーズ・ファースト』から実働35年。20枚という…

ビー・ジーズ・トリビュート・アルバム1993-1994

Bee Gees Songbook: The Gibb Brothers by Others (UK, 1993). 01 Adam Faith, Cowman Milk Your Cow (1967)(B. & R. Gibb). 02 Billy Fury, One Minute Woman (1968). 03 Nina Simone, I Can’t See Nobody (1969). 04 Jose Feliciano, First of May (1969).…

ビー・ジーズ1997

1997年は、ビー・ジーズにとっても、ファンにとっても、思い出深い年となった。 1月に「ジ・インターナショナル・アーティスト・アウォード」(アメリカ)、2月に「ザ・ブリティッシュ・フォノグラフィック・インダストリ・ライフタイム・アチーヴメント・ア…

ビー・ジーズ1993

ビー・ジーズ「ペイイング・ザ・プライス・オヴ・ラヴ」(Paying the Price of Love, 1993.8) 1 「ペイイング・ザ・プライス・オヴ・ラヴ」(B, R. & M. Gibb) アルバム参照。 2 「マイ・ディスティニー」(My Destiny, B, R. & M. Gibb) 1980年代以降、ビー・…

ビー・ジーズ1991

ビー・ジーズ「シークレット・ラヴ」(1991.3) A 「シークレット・ラヴ」(Secret Love) B 「トゥルー・コンフェッションズ」(True Confessions) アルバムを参照。 ビー・ジーズ『ハイ・シヴィライゼーション』(High Civilization, 1991.4). 1991年4月、1990年…

ビー・ジーズ1989

ビー・ジーズ『ONE』(Bee Gees, One, 1989.4) 『E・S・P』に続く二年ぶりのアルバム『ONE』は、アンディ・ギブの死によってもたらされた中断期間を挟んで1989年4月にイギリスで、7月にアメリカでリリースされた[i]。このアルバムから、CDでは恒例のボーナス…

ビー・ジーズ1988

1988年3月10日、アンディ・ギブ逝去。 この一事だけで、ビー・ジーズ・ファンにとって、この年は悲嘆にくれる年となってしまった。 思えば、アンディは30年前の1958年に生まれ、10年前の1978年3月11日には、「(ラヴ・イズ・)シッカー・ザン・ウォーター」…

ビー・ジーズ1987

1987年、ビー・ジーズは満を持して6年ぶりのアルバム『E・S・P』を発表した。 1986年10月にワーナー・ブラザースとレコード販売契約を結び、その第一弾だった。 しかし、満を持して、といっても、状況が整った、とは必ずしも言えなかった。ビッグ・アーティ…

ビー・ジーズ1985(1)

ダイアナ・ロス「イートゥン・アライヴ」(1985.9) 1 「イートゥン・アライヴ」(Eaten Alive, B. Gibb, M. Gibb and M. Jackson) バリーとモーリスにマイクル・ジャクソンが作曲に加わり、さらにプロデュースに参加するという、なんとも贅沢なシングルが出…

ビー・ジーズ1985(2)

ロビン・ギブ「ライク・ア・フール」(1985.11) 1 「ライク・ア・フール」(Like A Fool, R, B. and M. Gibb) 2枚のソロ・アルバムの延長線上にある作品。しかし、本来のロビンらしい哀愁を帯びた歌声が戻ってきた感がある。彼らしい絶叫も一部聞かれる。 曲…

ビー・ジーズ1984(2)

バリー・ギブ「シャイン・シャイン」(1984.9) 1 「シャイン・シャイン」(Shine, Shine, B. Gibb, M. Gibb and G. Bitzer) バリー・ギブの14年ぶりのソロ・シングルは、ハーブ・アルバートもびっくりのカリビアン風ポップ・ナンバー。マイアミでレコーディン…

ビー・ジーズ1984(1)

1984年は、ある意味記念すべき年となった。この年、バリーとロビンが初めて同じ年にソロ・アルバムをリリースし、モーリスもソロ・シングルを発表した。 1970年に、ロビンが初のソロ・アルバムをリリースしたとき、バリーとモーリスもソロ・アルバムを準備し…

ビー・ジーズ1983(2)

ケニー・ロジャース/ドリー・パートン「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」(1983.8) 1 「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」(Islands in the Stream, B, R. and M. Gibb) 最初はデュエット曲ではなかったらしい。経緯はわからないが、最終的にケニー・ロ…

ビー・ジーズ1983(1)

1983年は、ビー・ジーズにとって非常に活発な活動が見られた年だった。 ロビン・ギブの『ハウ・オールド・アー・ユー』、サウンドトラック『ステイン・アライヴ』、ケニー・ロジャース『愛のまなざし』と3枚もの関連アルバムがリリースされた。これだけのア…

ビー・ジーズ1982

1982年になると、ギブ兄弟は様々なプロジェクトを並行して進めるようになる。 『リヴィング・アイズ』の失敗で、当面グループでの活動には見切りをつけた、とも見ることができる。ディオンヌ・ウォーリク、ケニー・ロジャースのアルバム制作、ロビンのソロ・…

ビー・ジーズ1981

「愛はトライアングル」(1981.9) 1 「愛はトライアングル」(He’s A Liar, B, R. & M. Gibb) アメリカでは「ラヴ・ユー・インサイド・アウト」以来のリリースとなった「愛はトライアングル」は、ビー・ジーズの王座からの失墜を証明する作品となってしまった…

ビー・ジーズ1980

1980年の幕開けは、ビー・ジーズにとって最高のものとなった。1月12日付けで『ビー・ジーズ・グレイテスト』がビルボード・アルバム・チャートの1位に輝いた。1978年の『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』、1979年の『スピリッツ・ハヴィング・フロウン』に…

ビー・ジーズ1979

『失われた愛の世界』(Spirits Having Flown, 1979.2) 1978年の3月から11月まで、ビー・ジーズによるアメリカン・チャートの制圧が続くさなか、ニュー・アルバムのレコーディングが続けられた。具体的な日付けは、未だに不明なままだが、これだけ長期間のレ…

ビー・ジーズ1978

1978年は、ビー・ジーズ関連のアルバム、シングルがチャートのトップを約半年間独占する記録的な年となったが、反面、皮肉なことに、ビー・ジーズの新曲を含むアルバムが発表されない初めての年ともなった(1967年以降)。 アルバム・チャートでは、『サタデ…

ビー・ジーズ1977(2)

『グレイテスト・ライヴ』(Here At Last … Bee Gees … Live, 1977.5) ビー・ジーズ初の公式ライヴ・アルバムは、ようやく1977年になって登場した。 本来、ビー・ジーズのようなポップ・バラードを得意とするグループはライヴに不向きだと思われているし、実…

ビー・ジーズ1977(1)

英米デビューから10年たった1977年、ビー・ジーズ、とりわけバリー・ギブはソング・ライターとしての絶頂期を迎えた。マイダス王のごとく、彼が触れる、いや、書く楽曲は次々にゴールド(・ディスク)に変わった。黄金どころか、プラチナ(・ディスク)に変…

ビー・ジーズ1975

1970年代後半は、ビー・ジーズがバリー・ギブの主導体制、あえて言えば、ワン・マン体制に移行した時期である。ほとんどの曲でバリーがリード・ヴォーカルを取り、コーラスもバリーの多重コーラスではないかと思えるような曲が増えた。曲作りは、他のアーテ…

ビー・ジーズ1974

「ミスター・ナチュラル」(1974.3) 1 「ミスター・ナチュラル」(Mr. Natural, B. & R. Gibb) 「ひとりぼっちの夏」以来のシングルは、案の定惨敗に終わった。それでもビルボードでは93位となり、1967年から8年連続で全米シングル・チャートにランク・インす…

ビー・ジーズ1972

「マイ・ワールド」(1972.1) 1 「マイ・ワールド」(My World, B. & R. Gibb) ビー・ジーズのシングル・レコードは、「トゥ・ラヴ・サムバディ」が典型のように、メロディアスなイントロが特徴であることが多いが、「マイ・ワールド」はまるでリハーサルの音…

ビー・ジーズ1971(2)

『トラファルガー』(Trafalgar, 1971.11) 『トラファルガー』は1970年代前半のビー・ジーズのアルバムのなかでベストの作品であるという評価に多くのファンが同意することと思う。バリーとロビンの黄金ライター・コンビが復活することで、前作よりもはるかに…