2005年のビー・ジーズといっても、グループは事実上消滅している。成り行き上、「ビー・ジーズ」のタイトルで通すことにするが、バリー・ギブのプロデュースによるバーブラ・ストライサンドのアルバム『ギルティ・プレジャーズ』が、ほぼ唯一の成果である。他に、ロビン・ギブのドイツにおけるコンサートのライヴ・アルバム[i]、ビー・ジーズのヒット・ソング・コレクション『ラヴ・ソングズ』[ii]があるが、新作アルバムは『ギルティ・プレジャーズ』のみ[iii]。ただし、バリーとロビンの共作ではなく、バリーと彼の息子たち-スティーヴン・ギブとアシュリー・ギブ-がソング・ライティング・チームを組んだ。
ストライサンドの二枚目のアルバム・プロデュースの話は、最初ロビンと彼女がジョン・トラヴォルタの誕生パーティで出会ったところから始まったらしい[iv]。
それが途中からバリーが引き継ぐことになって、ロビンはタッチしなくなった。どうも、ロビンがモーリスのトリビュート・アルバム制作を、バリーに相談なく進めたことが、こうした不可解な交代劇につながったのではないかという[v]。
まったく、この人たちは、と思わなくもないが、ストライサンドのほうは、どう考えていたのだろう。『ギルティ』(1980年)のプロデューサーはバリーであったし、最初ロビンと話し合ったことがきっかけだったとしても、曲作りはバリーとロビンとで行って、実際のレコーディングはバリーが仕切ることになるものと思っていたのだろうか。
バリーと交代する、あるいは「追い払われる」前に、ロビンはすでに二曲書いていたともいうが[vi]、どうも不審な点が多い。残念なことだが、モーリスの死去は、ビー・ジーズの消滅をもたらすだけではなく、バリーとロビンの関係を再び悪化させる要因ともなったようだ。モーリスの存在がどれほど大きかったことか、これもそれを実証するエピソードのひとつになってしまった。
バーブラ・ストライサンド『ギルティ・プレジャーズ(Guilty Pleasures)』(2005.9)
バーブラ・ストライサンドとまた組んでアルバムをつくる。しかもそのタイトルが『ギルティ・プレジャーズ』と聞いたときは、嫌な予感しかしなかった。当人たちの思惑がどうあれ、どう見ても「柳の下の二匹目のドジョウ」を狙っているとしか見えなかったし、惨憺たるものとなる(内容も、セールスも)未来しか思い描けなかったからだ。
ある意味そのとおりになったように思えたし、ストライサンド自身も、あまり結果(出来栄え)に満足していなかったようだ[vii]。
アルバムを聴いた最初の感想は、『ギルティ』の、あの煌めくようなメロディは失せて、はっきりしない旋律のわかりづらい曲ばかりだなあ、と感じた。これじゃ駄目だろうと思ったが、英米とも、まずまず売れたらしい(全米5位、全英3位[viii])。しかし、「ウーマン・イン・ラヴ」や「ギルティ」といった記憶に残るヒット・シングルは生まれず、つまるところ、バリー・ロビン・モーリスの三人が紡ぎ出すメロディの魔法は、バリー・スティーヴン・アシュリーからでは化学合成されなかったらしい。あまりに遺伝子が近すぎたのだろうか。
結局、ほとんど聞き返すこともなく、アルバムは捨て置かれたまま、降り積もる時間の井戸のなかに埋もれていった(ここ、中井英夫風)。
ところが、である。
もはや発表から十数年たって、久しぶりに聞いてみるか、と思ってプレイヤーにかけると、これがなかなか良かったのだ。『ギルティ』より、さらに楽曲は多彩になって、サウンドにも厚みがあって、また違った魅力に富んでいる。曲によって出来不出来があった『ギルティ』(あくまで個人的感想)に比べて、アルバムの全体としてのクォリティでは上回っているのではないかとさえ思った。バリー・ギブのプロデュース作品ではベストの仕事といってもよいのでは、とも。もう、このさきバリーが誰かのアルバム・プロデュースを引き受ける可能性は低いと思うが、だとすれば、まさに有終の美を飾ったといえそうである。
01 「カム・トゥモロウ」(Come Tomorrow, Barry, Ashley and Stephen Gibb)
『ギルティ』同様、一曲目はバリーとのデュエット。
「ギルティ」のようなバート・バカラック風アーバン・ポップではなく、スローなリズム・アンド・ブルース調で始まり、どうなるのかと思ったら、途中からムーディなサックスが入ってきてロッカ・バラードになる。
最初聞いたときは、あまりピンと来なかったが、あのバリーのせせこましく音が上下する曲調も、それはそれで悪くない。『ギルティ』とは随分違った幕開けで、地味すぎるとは思うが、『ギルティ』のようにはならないし、そうはさせない、とバリーもストライサンドも割り切って作ったのだろう。
02 「ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド」(Stranger in A Strange Land, Barry, Ashley and Stephen Gibb)
イラク戦争をモチーフにしたという、バリーには珍しい政治的テーマの楽曲。そのせいもあってか、1960年代の反戦フォーク・ソングの雰囲気を感じる。
個人的には、政治的な主張があるなら言葉で伝えればいいので、節をつけて歌う必要はないと思うが、まあ好き好きだから。
サビのメロディはなかなか良いが(ちょっと、「ウーマン・イン・ラヴ」を思わせる)、他の個所は、もうひとつか。軍楽隊のようなバリーの「ラッタッタッター」が、いかにもこの手の曲らしく、なんとなくタイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』(1968年)に入っている「忘れかけた子守唄」を思い出した(タイガースとビー・ジーズの繋がりは、いつになっても日本のファンには懐かしい)。
03 「ハイダウェイ」(Hideaway, Barry and Ashley Gibb)
いかにもストライサンド向きのスロー・バラードだが、出だしのメロディが、どこかで聞いたようだ、とずっと思っていた。ジョセフ・ブレナンのコメントで腑に落ちたが、ビートルズの「ユー・ネヴァ・ギヴ・ミー・ユア・マネー」(『アビー・ロード』、1969年)だった。
しかし、サビのメロディは、これまた激しく上下するところがバリーらしいのだが、彼ならではの甘いなめらかな旋律が気持ちよい。
04 「イッツ・アップ・トゥ・ユー」(It’s Up to You, Barry and Ashley Gibb)
アルバムのなかでも、もっとも親しみやすくポップな曲。
これもどこかで聞いたようなメロディだが、なんだろう、と考えたら、ブレナンによるとジャクソン・ファイヴの「アイル・ビー・ゼア」(1970年)だという。なるほど、しかし、まだほかにもありそうな・・・。とくにサビのところが・・・。あ、そうか!エジソン・ライトハウスの「恋の炎(ラヴ・グロウズ)」(1970年)だ(実際は、そっくりというほどではない)。
こうなってくると、あまり高い点は付けられないが、小味ながら、軽く耳にやさしいメロディは魅力的だ。
05 「ナイト・オヴ・マイ・ライフ」(Night of My Life, Barry and Ashley Gibb)
ストライサンドの朗々とした声が響いて、ミュージカルでも始まったかと思うが、続いてアップ・テンポになると、ダンス映画のサウンドトラックのようになる。『フラッシュダンス』(1983年)とか(なつかしい!)。まあ、それらを引用するまでもなく、要するにディスコ路線ということだろう。「トラジディ」(1979年)のようでもある。
本アルバムでは一番シングルっぽい曲で、実際シングル・カットされたらしい[ix]。
06 「アバヴ・ザ・ロウ」(Above the Law, Barry Gibb, Barbra Streisand, Ashley Gibb and Stephen Gibb)
「ハイダウェイ」もそうだったが、ボサノヴァ調のクールなバラードで、印象はもちろん「ギルティ」。「法を越えて」とか、完全に開き直ったタイトルも、いかにもの続編という狙いのようだ。
バリーとのデュエットの二曲目で、そこも二番煎じだが、バリーらしい、ちょっと神秘的な旋律は、アルバムの中でもとくに印象に残る。
07 「ウィズアウト・ユア・ラヴ」(Without Your Love, Barry and Ashley Gibb)
スローな、語りかけるような出だしは『ギルティ』のなかの「ザ・ラヴ・インサイド」を思わせる。もっとも、あれほどの透明感はない。
途中からリズムに乗って、軽やかにメロディが流れ出す。椅子にもたれていたストライサンドが、立ち上がって歩き出しながら歌い続ける、そんなPV映像が頭に浮かんできて、これもなかなか良い出来だ。
08 「オール・ザ・チルドレン」(All the Children, Barry, Ashley and Stephen Gibb)
「ナイト・オヴ・マイ・ライフ」と並んで、アルバムのなかではアクセントとなるアップ・テンポのナンバー。
1960年代のサイキデリック・ミュージックっぽいところもあり、ザ・ムーヴの「ブラックベリ・ウェイ」(1968年)とか、少し後だが、ポール・マッカートニーの「マンクベリ・ムーン・ディライト」(『ラム』、1971年)を連想した。
しかし、こういう曲はストライサンドの好みに合うのだろうか。少なくとも、彼女のスタイルには合わなそうだ。
09 「ゴールデン・ドーン」(Golden Dawn, Barry, Ashley and Stephen Gibb)
最後もスローなバラードだが、ひときわエキゾティックなアレンジで、ヨーロピアン・ポップというか、サン・レモ音楽祭で唄われるような楽曲(カンツォーネ風?)を思い浮かべた。あるいはペドロ・アンド・カプリシャスがヒットさせた「別れの朝」(1971年)、または、さらに遡って1960年代の日本の歌謡ポップス、例えば、日野てる子の「夏の日の思い出」(1965年)のようなハワイアンっぽさも感じる。
そんな風に、これもどこかで耳にしたような曲調だが、最初に聞いたときに、もっとも印象に残った曲で、今回聞き返しても、一番魅力を感じた(映画『モスラ』に出てくる、ザ・ピーナッツ演じる小美人のイメージも浮かんだ。やはり南太平洋風だから?)。
10 「(アワ・ラヴ)ドント・スロウ・イット・オール・アウェイ」((Our Love)Don’t Throw It All Away, Barry Gibb and Blue Weaver)
ここからは、ボーナス・トラックという感じだが、言うまでもなく、あの黄金の1978年にリリースされたアンディ・ギブのヒット曲のカヴァー。
J・ブレナンの評価によれば、全然アルバムに合っていなくて、流れを壊している、と散々である。確かに・・・。
しかし、アンディのヴァージョンでは、あまり必要とは思えなかったブリッジの部分(ビー・ジーズのオリジナル・ヴァージョン[x]にはなかった)も、ストライサンドが歌うと、やはり必要なパートだったのか、と実感する。ま、ストライサンドと比較しては、アンディに気の毒すぎる。
11 「レッティング・ゴー」(Letting Go, Barry Gibb and George Bitzer)
最後は、意外な曲のカヴァーで、バリーのソロ・アルバム『ホークス』(1988年)収録の作品。
ジョージ・ビッツァーとの共作で、1990年のボックス・セットの解説では「これまでに書いたなかでベストの一つ」とバリー自身が語っていた。「ぼく個人の意見だけど」と付記していたので、そうだそうだ、と激しく同意した[xi]。
だが、ストライサンドのヴァージョンを聞くと、これが素晴らしい出来で、カヴァーしたのも納得する。あまりにもマッチしていて、まるで彼女のために作られた曲のようだと思っていたら、実際、そうなんだそうだ[xii]。
まさにクリスタル工芸品のような歌唱で、バーブラ・ストライサンドが歌ってこその楽曲と思える(バリーの歌がだめ、というわけではないが)。アルバムで最高の一曲だが、それはまたそれで、良いのか悪いのか・・・。
しかし、「レッティング・ゴー」がストライサンドの声で、このアルバムに収録されたのは幸いだったとしか言いようがない。それが動かしがたい結論だ。
再びJ・ブレナンのアルバム評を引用すると、多彩な楽曲が、まとまった全体をなしていて、まるで一つの曲のような流れを形作っている[xiii]、という。なるほど、と思う評価で、だからこそ、「(アワ・ラヴ)ドント・スロウ・イット・オール・アウェイ」が、その流れを乱している、ということなのだろう。しかし、見方を変えれば、抜きんでた楽曲がないとも言いうる。もっと穏当な言い方をすれば、他より落ちる曲というのもなくて、すべて平均以上でまとまっている、ということでもある。これでは大して褒めたことにならないが、上述したストライサンドの熱のない発言も、受け取った楽曲に対する正直な感想によるものなのかもしれない。
とはいえ、何度か聞き返して、アルバムの印象は極めて良くなった。モーリスの力を借りることができなくなっても、そして、ロビンの力を借りることがなくとも(それは残念なことではあるが)、バリーひとりで(あ、息子たちもいましたね)、これだけのレヴェルのアルバムを作り上げた事実は、率直に言って、見事というほかない。天才ソング・ライターとしての才能を改めて見せつけたといえるだろう。
[i] Robin Gibb, with the Neue Philharmonie Frankfurt Orchestra, Live (2005). 来日してコンサートを行いましたね。
[ii] Bee Gees, Love Songs (2005).
[iii] 『ラヴ・ソングズ』には、未発表の「ラヴァーズ・アンド・フレンズ (Lovers and Friends)」が収録されていた。バリー、モーリスとロウナン・キーティングによる楽曲。
[iv] Joseph Brennan, Gibb Songs 2004.
[v] Ibid.
[vi] Ibid.
[vii] J. Brennan, Gibb Songs 2005. 10月のインタヴューで、この企画はレコード会社がもってきたもので、もう収録曲のタイトルも忘れたわ、と語ったらしい。
[viii] Ibid.
[ix] Ibid.
[xi] Bee Gees, Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990 (1990).
[xii] J. Brennan, Gibb Songs 2005.
[xiii] Ibid.