1982年になると、ギブ兄弟は様々なプロジェクトを並行して進めるようになる。
『リヴィング・アイズ』の失敗で、当面グループでの活動には見切りをつけた、とも見ることができる。ディオンヌ・ウォーリク、ケニー・ロジャースのアルバム制作、ロビンのソロ・アルバム、そして例外的な『ステイン・アライヴ』のサウンドトラックと、これらが1983年にかけての彼らの主な音楽成果である。ソングライター・チームとしての活動はむしろ活発になったといえる。
とくに『ギルティ』の世界的成功で、バリー・ギブ、カール・リチャードソン、アルビィ・ガルテンのチームは、ソングライター、プロデューサーとして高い名声を得た。グループへの反動は依然強かったが、ギブ兄弟にとっては、80年代前半は非常に実りの大きな時期であった。
レオ・セイヤー「ハート」Leo Sayer, Heart (Stop Beating in Time) (1982.6)
1 Heart (Stop Beating in Time), B, R. and M. Gibb
バーブラ・ストライサンドやディオンヌ・ウォーリクのアルバムの陰に隠れて、あまり目立たないが、なかなかの快作。緩やかなテンポに乗って、やたらと上下する複雑な旋律を、セイヤーが素晴らしい歌唱力でパワフルに歌いこなしている。
際立ったフックがあるわけではないが、セイヤーの声とアレンジの妙で、聞きごたえのあるレコードが出来上がった。
ディオンヌ・ウォーリク「ハートブレイカー」(1982.9)
1 「ハートブレイカー」(Heartbreaker, B, R. & M. Gibb)
音の塊が充満しているような強烈なイントロに始まり、それがほどけていくと、ウォーリクの毅然とした歌声が聞こえ、ドラマティックな曲の緊張感をさらに高めていく。「ウーマン・イン・ラヴ」のフェミニンな曲調に比べると、同じマイナー調でも、力強さを感じさせるナンバーである。
「ギルティ」のようなバカラック風のアーバン・ポップを期待していたウォーリクには、この情熱的なバラードはあまり好みに合わなかったようだが、さすがにトップ・シンガーに相応しく、自分流のアレンジを利かせながら、自在に曲をコントロールしている。
全米チャートで10位、イギリスでは2位。ランキング以上に、「ウーマン・イン・ラヴ」、「ギルティ」と並ぶ、80年代のギブ兄弟の代表作である。
2 「アイ・キャント・シー・エニシング(・バット・ユー)」(I Can’t See Anything (but You), B, Gibb, A. Galuten, M. Gibb)
めずらしくバリー=ガルテンのコンビにモーリスが加わって書かれた。
三拍子の軽いタッチのバラードで、アルバムのなかでも地味な曲だが、サビのメロディは、いかにもバリーらしい。まずまずの出来、といったところか。
ディオンヌ・ウォーリク『ハートブレイカー』(Dionne Warwick, Heartbreaker, 1982.10)
ディオンヌ・ウォーリクのアルバム制作は、バリーからの申し出だった、とは、日本盤の解説で、湯川れい子氏が書いている[i]が、当初は、ウォーリクを含めた3人の女性シンガーをヴォーカルに起用するというアイディアで、ガルテンが提案したものらしい。しかし、結果的には、バリーが電話したクライヴ・デイヴィスの意向で、ウォーリクのソロ・アルバム制作に落ち着いた[ii]、という。
いずれにせよ、このチョイスは妥当な選択だろう。バーブラ・ストライサンドの成功を見れば、同タイプの女性ポップ・シンガーのプロデュースをバリー・ギブに任せようという発想に、当然なる。ストライサンドに匹敵するビッグ・ネームといえば、その筆頭はダイアナ・ロスかディオンヌ・ウォーリクあたりだろう。
しかもウォーリクは、長年バート・バカラック=ハル・デイヴィッドの専属シンガーだった。ギブ兄弟が、レノン=マッカートニーと並んで、最高のソングライターに挙げるコンビである[iii]。バカラック路線を狙って成功した「傷心の日々」の例もある。バリーが、ウォーリクと聞いて、興味を示すのも当然だろう。かくして、ストライサンドのときとほぼ同じ制作プロセスを経て出来上がったのが『ハートブレイカー』である。
『ギルティ』もそうだが、成熟した女性シンガーのアルバムに相応しく、ドラマティックな構成を重視しつつもポップなフィーリングをちりばめ、それを華やかなアレンジで味つけする、というやり方が取られている。スティーヴ・ガッドら、お馴染みのセッション・プレイヤーでサウンドを固め、ビー・ジーズでは果たせなかったような完成され、洗練されたレコードを作り上げることに成功している。
違いと言えば、ストライサンドがハリウッド・スターでもあったためか、演劇的な趣向のアレンジなど、より多彩なスタイルの楽曲を揃えたのに対し、ウォーリクの場合は、当然のことながら、黒人シンガーであることもあって、ソウル・ポップに統一された印象を受ける。「ハートブレイカー」について、モーリスが、「僕らがやるべきじゃないか、と思った」、と語っているように[iv]、1970年代後半のビー・ジーズに近いサウンドといってもよいかもしれない。『ギルティ』に比べると、やや一つのスタイルにまとまりすぎたかもしれない。楽曲も『ギルティ』ほどのクォリティには達していない。まあ、それは仕方がない。『ギルティ』のレヴェルを続けられるとしたら、とんでもないことだ。
タイトル曲のほかでは、バラードの「ユアーズ」、ポップなメロディの「オール・ザ・ラヴ・イン・ザ・ワールド」あたりが印象に残る。他は、それほど強いインパクトがある楽曲ではないが、いずれもソフィスティケイトされた軽やかなタッチのナンバーが多い。ウォーリクは、それらを、ときに軽快に、ときに力強く歌い、トップ・シンガーの実力を見せつけている。
ライターは、バリーとロビン、モーリスによる5曲と、バリーとガルテンによる4曲(1曲は、モーリスが参加)と、『ギルティ』と同じバランス。『ギルティ』ほどの成功には至らなかったが、「ハートブレイカー」はギブ兄弟の代表作のひとつとして残った。
A1 「ハートブレイカー」(Heartbreaker)
A2 「イット・メイク・ノー・ディファレンス」(It Makes No Difference, B. Gibb and A. Galuten)
2曲目はバリーとガルテンの共作。ガルテンよりバリーのスタイルに近いだろうか。サビの例によって小刻みなメロディ進行が彼らしい。
いきなり「ギルティ」「ウーマン・イン・ラヴ」の二枚看板で幕を開ける『ギルティ』に比べると、いささか地味な並びだが、これはこれで、スマートなポップ・ナンバー。
A3 「ユアーズ」(Yours, B, R. and M. Gibb)
いかにもギブ兄弟らしいスローなバラード。この曲などは『ギルティ』からの流れを感じさせる。メロディのよさでは、アルバムを代表する佳曲といえるだろう。
A4 「テイク・ザ・ショート・ウェイ・ホーム」(Take the Short Way Home, B. Gibb and A. Galuten)
再びガルテンとの共作で、彼らしいしゃれたメロディで、バカラック・シンガーであったウォーリクの魅力を存分に引き出している。曲自体はそこまでの出来ではないが。
A5 「ミスアンダーストッド」(Misunderstood, B, R. and M. Gibb)
いかにも、この時代のギブ兄弟、というより、バリー・ギブらしい曲。
ムーディなイントロから、例によって、早口言葉のような小刻みなメロディのソウル・ポップ・バラード。
しかし、気になるのは、ヴァース、展開部、コーラスがバラバラな感じで、ぎくしゃくするとまでは言わないが、まとまりが悪く感じる。そのくせ、各パートは型通りに展開するので、無理やり作った感が拭えない。
ラスト、ウォーリクのヴォーカルを追いかける輪唱のような掛け合いコーラスは悪くないが。
B1 「オール・ザ・ラヴ・イン・ザ・ワールド」(All the Love in the World, B, R. and M. Gibb)
『ハートブレイカー』のなかでは、もっともわかりやすいポップなナンバー。どこかカントリー風でもある。
何といっても、サビのキャッチーなメロディが耳に残る。郷愁を感じさせる曲調は、「ハートブレイカー」とは別の意味で、本アルバムの代表作といってよいだろう。全米ではヒットしなかったが、イギリスでは10位にランクした。
総じて、『ハートブレイカー』はアメリカより、イギリスで受けたようだ。
B2 「アイ・キャント・シー・エニシング(・バット・ユー)」(I Can’t See Anything (but You))
B3 「ジャスト・ワン・モア・ナイト」(Just One More Night, B. Gibb and A. Galuten)
バラードだが、ウォーリクの力強い歌唱が目立つ。コーラスから始まるスタイルだが、ヴァースのメロディがバリーっぽいだろうか。
メロディも印象的で、なかなかの佳作と思える。
B4 「ユー・アー・マイ・ラヴ」(You Are My Love, B, R. and M. Gibb)
ギブ兄弟による軽いタッチのソウル・ポップ・ソング。軽やかでキャッチーな曲だが、あまり強い個性が感じられない。『ギルティ』に比すると、その辺が『ハートブレイカー』は少し弱かったようだ。
B5 「燃ゆる初恋」(Our Day Will Come)
最後は、1963年の大ヒット・ナンバー。確かにウォーリクにはうってつけの曲だろうが、ここで出てくるのは、やはり唐突過ぎる。バリーのコーラスも不要だった。
[ii] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.524.
[iii] Ibid., p.525.
[iv] Ibid.