ビー・ジーズ1985(1)

ダイアナ・ロス「イートゥン・アライヴ」(1985.9)

1 「イートゥン・アライヴ」(Eaten Alive, B. Gibb, M. Gibb and M. Jackson)

 バリーとモーリスにマイクル・ジャクソンが作曲に加わり、さらにプロデュースに参加するという、なんとも贅沢なシングルが出来上がった。しかもシンガーはダイアナ・ロスである。これでヒットしないはずがなかったが、本当にヒットしなかったのだから面白い(いや、全然面白くはない)。世の中はわからない。

 ある日、アルビィ・ガルテンのところにジャクソンから電話がかかってきて、ロスのアルバムの楽曲を完成させようとしていたバリーとの対面が実現する。「イートゥン・アライヴ」に何かが足りない、と指摘したジャクソンがカセットを持ち帰り、数日後にコーラスに手を加えて返してきた[i]、という。

 そもそもなぜガルテンのところに電話してきたのかが、いまいちわからないが、ジャクソンとロスの深い関係を考えると、ビー・ジーズにプロデュースを依頼したという話を聞いて、興味を持ったのだろうか。

 いずれにしても、せっかくの夢の競演が結果を残せなかったのは、お気の毒というほかはない。曲は、アップ・テンポの、まさに当時のマイクル・ジャクソンを彷彿とさせるようなダンサブルなソウル・ポップで、コーラスもキャッチーなヒット性満載のナンバーだが、何が悪かったのか。ヴァースのメロディにあまり特徴がなく、コーラスももっと厚くしたほうがよかったかもしれない。ダイアナ・ロスが持っているエキゾティックで野性的な側面を強調した作品で、ソロになってからのソフィスティケイトされたスタイルではなかったが、それが災いしたのか。少なくとも、エンディングの野獣が獲物を食い殺したかのような効果音は、あまり趣味がよくなかった。

 

2 「イートゥン・アライヴ」(Alternate Mix)

 

ダイアナ・ロス『イートゥン・アライヴ』(Diana Ross, Eaten Alive, 1985.9)

 バリー・ギブ、カール・リチャードソン、アルビィ・ガルテンの無敵トリオによる最後のプロデュース作品は、掉尾を飾るに相応しく、ダイアナ・ロスのアルバムだった。

 しかし、予想に反して、商業的にはもっとも失望する結果に終わった。イギリス、ヨーロッパでの「チェイン・リアクション」のヒットはあったが、アメリカでは完全な失敗で、バリー・ギブのプロデューサーとしての一連の仕事も一旦打ち止めとなった。明らかに、ロスのプロジェクトの失敗で、バリーの神通力にも陰りが見えたと判断されたのだろう。

 さらにその要因を考えると、バリーあるいはギブ兄弟による楽曲が飽きられてきたのも事実だろう。1980年以降、アンディ・ギブから数えると5作目、女性シンガーに限っても、バーブラ・ストライサンド、ディオンヌ・ウォーリクに続く3人目で、いずれも大物シンガーであるが、逆に言えば、冒険しにくいビッグ・アーティストばかりだった。少なくとも、若手の女性ポップ・ロック・シンガーなら、これまでと異なるアプローチもあったかもしれない。ストライサンド、ウォーリクと来て、ロスとなれば、ああまたか、と思われても仕方がなかった。確かに、個々の歌手の個性に合わせた楽曲づくりの工夫はなされているものの、範疇としては、アダルトな女性ポップ・シンガーであって、さすがに『ギルティ』や『ハードブレイカー』と180度異なるアルバムを制作することはバリー達にも不可能だった。もっとも、そんなことは求められていなかっただろうが。枚数を重ねるごとに劣化している、と受け取られてもやむを得ない面があった。

 それでも、「イートゥン・アライヴ」のようなロック風のナンバーや「チェイン・リアクション」のようなモータウン風の曲。あるいはジャジーなナンバーなど、それなりにダイアナ・ロスというアーティストのキャラクターに応じたプロデュースはなされているが、全体としては、やはりビー・ジーズらしいキーボードやストリングスをふんだんに使った華麗なポップ・アルバムの枠を超えることはできなかった。

 ソング・ライティングは、いつも通り、バリー、ロビン、モーリスの三人の共作が中心で、6曲と半数を超える。ガルテンが加わったのは1曲のみ。前述のように、マイクル・ジャクソンが1曲参加しているが、アンディが2曲を共作しているのが珍しい。さらに、ジョージ・ビッツァーが1曲だけバリーと共作しているが、『ナウ・ヴォイジャー』の頃の作品なのだろうか。

 

A1 「イートゥン・アライヴ」

A2 「オー・ティーチャー」(Oh Teacher, B, R. and M. Gibb)

 70年代後半のビー・ジーズに近いナンバー。こうした楽曲は、ロス自身も体に染みついているスタイルだから、軽々とこなしている。もっとも、バリーの回想では、ロスがあまり曲を覚えてこなかったので、苦労したらしい[ii]

 A面2曲目ということは、シングル・カットも視野に入れていたのだろうか。その割にはこれというフックがなく、物足りない出来だ。

 

A3 「イクスペリエンス」(Experience, B, R, M. and A. Gibb)

 女性シンガーのアルバムでは恒例のロマンティックなバラード。いかにもビー・ジーズといったゴージャスなアレンジで飾りたてられている。

 楽曲としては、CD解説にあるように、「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ」[iii]の系列であるが、それよりもストライサンドの「ウーマン・イン・ラヴ」とウォーリクの「ハートブレイカー」をミックスしたような作品で、劇的な展開と甘美なメロディは、いつも通りのバリー・ギブの持ち味である。

 これなど、まさに「またか」と思われそうな曲だが、バリーにプロデュースを任せるなら、このような曲が1曲は欲しいだろう。

 

A4 「チェイン・リアクション」(Chain Reaction, B, R. and M. Gibb)

 このアルバムでの注目曲と言えば、やはりこれだろう。

 懐かしのモータウン風、というか、あえて言うまでもなく「恋はあせらず(You Can‘t Hurry Love)」(1966年)を元にしているとわかる。

 バリーたちは、ロスにこの曲を披露するのを最後までためらった[iv]、というが、結局、ロスが納得してアルバムに収録されることになった。

 ところが、これが思わぬ結果をもたらす。イギリスで3週間1位にランクされる大ヒットとなったからだ。2013年の「ネイションズ・フェイヴァリット」でも、ビー・ジーズの楽曲中19位にランクしている[v]から、やはりイギリス人にはおなじみのヒット曲なのだろう。

 ビー・ジーズの3人にとっても、ダイアナ・ロスは特別思い入れのあるシンガーだったはずだ。ストライサンドやウォーリクもロスと同等のキャリアの持ち主たちだが、基本的にはオーソドックスなソロ・シンガーでロックとは無縁だった。それに比べると、何といっても、ロスは、ビートルズに対抗した60年代のアメリカ最大のグループであるシュープリームスのリード・シンガーだったのだから。

 ギブ兄弟が「チェイン・リアクション」を書いたのも、彼らの最高の敬意の表れだったと見られるし、実際、この後も、彼らは「チェイン・リアクション」の続編のような曲を幾つも書いている。「恋はあせらず」が手本に選ばれたのは、フィル・コリンズがカヴァーしたヴァージョン(1982年)がちょうどヒットしたばかりだったことも大きかったはずだ。好きだった曲をカヴァーするのではなく、自分たちで作ってしまうのが彼ららしいところだが、原曲には及ばないにしても、またアメリカでは不発だったとしても、このヒットによって、彼らのソング・ライティングの幅がまたひとつ広がったのは確かだ。

 最初のワン・フレーズが次から次へと転調して繋がっていき、サビではロスの後をバリーのコーラスが追いかけ、後半ではそれが反対になる。最後は入り乱れて収拾がつかなくなっていく構成は、まさに「連鎖反応」を歌で表現したということだろうか。しゃれっ気もユーモアもたっぷりの実に楽しい作品に仕上がった。

 

A5 「モア・アンド・モア」(More and More, B. Gibb, A. Galuten and A. Gibb)

 「チェイン・リアクション」の大騒ぎから、一気にこのムーディなバラードに切り替えてA面を締めくくる。さすがギブ=リチャードソン=ガルテンのトリオならではの、そつのなさだ。

 ピアノを基調にした曲だが、ロスの吐息交じりのヴォーカルが実にセクシーで、これほどジャズっぽい作品は、今までのバリーの曲にはなかった。ガルテンとの共作による賜物だろうが、アンディがどのように曲作りに絡んでいるのかは計りがたい。

 短い曲だが、「チェイン・リアクション」とともに、本アルバムでの注目作品だろう。Aサイドは、非常にヴァラエティに富んだ構成になっている。

 

B1 「アイム・ウォッチング・ユー」(I’m Watching You, B, R. and M. Gibb)

 これも「エクスペリエンス」同様、ビー・ジーズらしいスロー・バラード。より甘さとポップさが強調され、ロスのヴォーカルもそれに合わせてドリーミーな雰囲気を強調している。『リヴィング・アイズ』収録の「アイ・スティル・ラヴ・ユー」の系統だろうか。

 展開部のメロディはいかにもバリーらしいし、コーラスもいつものとおりの手慣れた、聞かせどころを心得たうまさを感じさせるが、やはりこのあたりになると、少々マンネリを感じるのもやむを得ない。

 

B2 「ラヴ・オン・ザ・ライン」(Love on the Line, B, R. and M. Gibb)

 こちらもA面の「オー・ティーチャー」の路線のソウル・ポップ・ナンバー。サビの「ラヴ・オン・ザ・ライン」に続く流れは、ライナー・ノウツでも指摘されているように[vi]、いかにも70年代後半のビー・ジーズだが、サビまでの展開が少々長すぎるだろうか。

 B面に入ると、A面の楽曲との類似が目立って、新鮮味が薄れてしまっているようだ。

 

B3 「ビーイング・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」((I love)Being in Love with You, B, R. and M. Gibb)

 再び、メロウなバラード。「アイム・ウォッチング・ユー」よりはソウル・ポップ味が強く、やはり70年代後半のソウル・ディスコ・バラードを思わせる。

 こちらもそつなくまとまっているが、「エクスペリエンス」、「アイム・ウォッチング・ユー」と続くと、どうにも見分けがつかなくなる。サビの畳み込むようなメロディ展開はなかなか盛り上がるが。

 

B4 「クライム・オヴ・パッション」(Crime of Passion, B, R. and M. Gibb)

 豪快なギター・ソロを据えた、もっともロック的な曲。というか、この曲も「チェイン・リアクション」ほどではないが、モータウン風、あるいはシュープリームスを思わせるアップ・テンポのダンス・ナンバーと言ったほうがよいかもしれない。

 シングル向きでもあるが、これもロスにとっては朝飯前というか、得意中の得意といったところだろう。

 

B5 「ドント・ギヴ・アップ・オン・イーチ・アザー」(Don’t Give Up on Each Other, B, Gibb and G. Bitzer)

 最後は、バリーがビッツァーと共作したバラード。A面の「モア・アンド・モア」に対応する曲だが、最後はしっとりとしたバラードで締めくくるという王道のパターンだ。

「モア・アンド・モア」のようなジャズっぽさはあまりなく、アーバン・ポップといった、静かな歌いだしから、中間部ではギブ兄弟らしい重苦しいバラードになる。おしゃれなポップ・ソングになり切れないのもビー・ジーズらしいが、ロスの緩急をつけた自在な歌唱はさすがの上手さだ。

 

 『イートゥン・アライヴ』は、あまりにも手慣れたつくりで、新鮮味が薄れたのは確かだが、全体を通して聴けば、やはりクォリティの高い楽曲が揃った良質のポップ・アルバムといえる。こう言ってしまえば、評価までありきたりになってしまうが。

 

[i] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.559-60.

[ii] Ibid., p.559.

[iii] ダイアナ・ロス『イートゥン・アライヴ』(東芝EMI、1985年)、大伴良則によるライナー・ノウツ。

[iv] Ibid., p.560.

[v] Wikipedia: Nation’s Favourite. 他のアーティストに書いた曲としては、「モア・ザン・ア・ウーマン」(タヴァレス、1977年、6位)、「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」(ケニー・ロジャース、1983年、9位)、「イモータリティ」(セリーヌ・ディオン、1998年、14位)に次ぐ。ちなみに、20位が「ギルティ」(バーブラ・ストライサンド、1980年)。

[vi]『イートゥン・アライヴ』、大伴良則によるライナー・ノウツ。