横溝正史『幽霊男』

(本書および『毒の矢』の犯人、トリック等のほか、ジョン・ディクスン・カーアガサ・クリスティの著作の内容を明らかにしています。)

 

 いわゆる横溝正史のエロ・グロB級ミステリの皮切りとなったのが本書、『幽霊男』である。『悪魔が来りて笛を吹く』(1951-53年)の連載が終了したあと、直ちに1954年1月から連載がスタートした。掲載されたのは『講談俱楽部』[i]で、こういうタイトルの雑誌は「クラブ雑誌」[ii]などと揶揄される「低級誌」(なんて言っていいのでしょうか)だったらしい[iii]。同年の10月には、講談社から単行本が発売されている[iv]が、これも驚くべき事実だ。なぜなら、完結が『講談倶楽部』の10月号だからである[v]。もちろん雑誌のことだから9月には発行されていたのだろうが、この早さは、要するに、作者が手を入れていないということだろう。手を入れる気もなかったといったほうが良いかもしれない。

 それぐらい、どうでもよかった(わけでもなかったとは思うが)長編小説であったようだ。ちなみに、同じ1954年の5月には『悪魔が来りて』が岩谷書店から出版されている[vi]。同長編は前年11月に完結しているので、半年たってからの刊行で、しかも、著者の「あとがき」付きである。そのなかで横溝は、長期連載ゆえ、相当手を加える必要があると思っていたが、読み直して、それほど構成に狂いはなかったので、結局、わずかばかりの加筆修正で出版することにした、と述懐している[vii]。この、あまりの扱いの差。本当に、どうでもよかったのですね。可哀そうな幽霊男。

 その幽霊男君は、名前からして、江戸川乱歩が戦前に大量生産した通俗怪奇ミステリを手本にしたものと思われるが、「蜘蛛男」[viii]や「黒蜥蜴」と違って、なんと名字があるのである。しかも名刺も持っていて、佐川幽霊男君をご紹介、と書いてある[ix]。残念ながら、名刺は佐川君のものではないのだが、さらわれた後に、私、こういうものです、と名刺を差し出されても困っちゃうよね。幽霊男の本名(?)は佐川由良男で、それをもじって幽霊男(ゆれお)をペンネームにしているのだと本人の説明だが、無駄に凝った設定は誰の得なの?

 そんな彼がやってきたのは、神田神保町にある共栄美術倶楽部というヌード写真のモデルを紹介する業者だそうで、そういう店舗が神保町にあったとは知らなかった(いや、ないって)。さぼうるのあたりだろうか。いや、ラドリオの近くか。ぜひとも見に行きたかったなあ。

 佐川幽霊男君は、恵子というモデルを指名するが、このあと、この店が抱えるモデルたちが次々に怪人の餌食となって命を落とすという猟奇スリラーである。

 とはいえ、『幽霊男』は、この後も続く「横溝B級ミステリ・シリーズ」のなかでは、『吸血蛾』(1955年)や『悪魔の寵児』(1958-59年)と比較しても、トリッキーで謎解きの興味が濃い長編である。冒頭場面にもトリックが仕掛けられており、被害者となる女たちのほかに、主要登場人物の男性のうち、菊池陽介という元私立大学助教授がひとりだけ倶楽部にたむろしていて、唯一幽霊男を目撃する。他に、外科医の加納三作、新聞記者の建部健三がいるが、ちょうど不在だった彼らに幽霊男である疑いがかけられるわけである。

 この幽霊男という設定自体がトリックになっているのだが、こうした怪人対名探偵(このあと、もちろん金田一耕助が登場する)の構図は、江戸川乱歩の通俗長編ミステリの特徴で、最初の成功作『蜘蛛男』(1929-30年)が典型である。ただし、ほぼ四半世紀の時間差があるので、『幽霊男』は、より進んだ技巧を駆使している。『蜘蛛男』は、冒頭でアジトに連れ込んだ被害者を殺害するまでの様子が描写されるが[x]、そこにトリックはない。本書も同様に、幽霊男が恵子を連れ込んで、あわやとなるが、そこで場面が転換する[xi]。翌日、恵子の死体が発見され、そのあとに、幽霊男視点の描写がくるのだが、「鏡にうつるその顔は、幽霊男にそっくりではないか」[xii]の書き出しから、幽霊男は、と続けて、次いで独白で「幽霊男出現の第一幕としては、それほど拙い演出ではなかったようだ」[xiii]と言わせている。

 つまり、ここで幽霊男が入れ替わっている。最初の幽霊男ではなく、こちらのほうが本当(殺人犯人)の幽霊男なのだ、というわけで、そこまでは作者も考えていなかったかもしれないが、本書のタイトルも暗示的な伏線になっていると解釈できる。もっとも、この辺りの描写は、細心の注意を払ったとは言えず、むしろ読者が気付いても構わない書き方[xiv](通俗雑誌の読者相手という意識からか)をしているので、叙述トリックというには、不発気味である。現代ミステリなら、もっと徹底的に幽霊男はひとりだけと思わせる描写に努めただろう。このあと殺人現場となったホテルの鍵を取り出してみせるのだが、これも重要な手がかりで、すなわち、この幽霊男が最初に現れたのと同一人物だと思わせるための仕掛けである[xv]。別人なら、なぜ鍵を持っているのか。そこも、きちんと伏線が張られているが、ちょっとずるいかな[xvi]

 事件の真相は、最初に登場した幽霊男が建部健三で、無論、殺人の意志はなく、特ダネ記事を書くことが目的である。それを利用した犯人が建部の変装を真似て連続殺人を実行するのだが、この新聞記者が事件をでっちあげるアイディアも珍しいものではない。横溝の戦前の短編に同一テーマのものがあるし[xvii]、そもそも処女作の「恐ろしき四月馬鹿」(1921年)が類似の趣向であって、さらに同作のもとになったフーディーニの映画というのがあるらしい[xviii]。しかし、時期的に見ると、恐らくジョン・ディクスン・カーの代表作[xix](注で書名を挙げています)から借りた着想と見るべきだろう。

 このほかにも、二つの不可能犯罪トリックが使われている。ひとつは、不可能犯罪というよりアリバイ・トリックで、犯人が発見者を装うというもの。アガサ・クリスティの長編[xx](注で書名を挙げます)の応用で、正直、考え抜かれているとはいえず、少々あっけないが[xxi]、これに加えて、目撃者の女性が落としたコンパクトとハンカチが金田一を悩ませる副次的な謎になっているところは[xxii]、そつがない。

 いまひとつは、終盤の劇場内での殺人で、被害者の体形に似たマネキン人形が、誰も知らぬ間に建物内に持ち込まれていたという謎で、G・K・チェスタトン風のぬけぬけとした奇術的トリックが用いられている[xxiii]。発想は面白いが、ちょっとこれは無理だったようだ。あまりにリアリティがなくて、さすがに浮いて見える。ていうか、そもそも、金田一君、君の眼は節穴か!

 『幽霊男』は、タイトルや掲載誌をみても、明らかに乱歩の『蜘蛛男』へのオマージュだが、正史は、乱歩ほど天衣無縫ではないので、『蜘蛛男』のような突き抜けたおおらかさはない。しかし、謎解きミステリの骨法をマスターしている点では、正史のほうが一枚上手なので、『幽霊男』は、たとえB級猟奇スリラーであっても、このぐらいのレヴェルが必要だという水準を示している。

 どうも、あまり褒めていないようだが、上記のとおり、幽霊男という怪人の正体をめぐって、極めて現代的な叙述のテクニックを披露している。掲載誌の読者を変に低く見たせいか、やや書き方が安易[xxiv]だが、『悪魔が来りて笛を吹く』のような本気の(?)作ではないからこそ試みることができたともいえる、思い切った描写の技巧を実験的に試している。その点で、『幽霊男』は、横溝ミステリのなかで最もモダンな作品のひとつであるといえ、そこに本書の占める重要性がある。それは、ある意味『悪魔が来りて』や『悪魔の手毬唄』などの諸作をも上回るものである。

 

[i] 島崎博編「横溝正史書誌」『別冊幻影城 横溝正史=本陣殺人事件・獄門島』(1975年9月)、320頁。

[ii] 実際は「クラブ雑誌の低級読者」という表現で、低級なのは雑誌ではなく、読者だったらしい。この批評は『悪魔の寵児』が掲載された『面白俱楽部』に対するものである。『悪魔の寵児』(角川文庫、1974年)、「あとがき」(大坪直行)、372頁。この引用の元となるのは、仁賀克維「横溝正史論」(『宝石』、1962年)『幻影城 横溝正史の世界』(5月増刊号、1976年)、77頁。

[iii] 江戸川乱歩の自伝を読んでいたら、江戸川乱歩賞の書下ろし長編募集の告知が掲載されたのが(『宝石』と)『講談倶楽部』だったという。そんな由緒正しい雑誌なので、「低級なクラブ雑誌」ではなかったようだ。江戸川乱歩『探偵小説四十年(下)』(光文社、2006年)、516頁。

[iv]横溝正史書誌」、332頁。

[v] 同、320頁。

[vi] 同、331頁。

[vii]悪魔が来りて笛を吹く」『探偵小説昔話』(『新版横溝正史全集18』、講談社、1975年)、57頁。

[viii] そもそも戦前、乱歩の『蜘蛛男』や『魔術師』が連載されたのが『講談倶楽部』だった。江戸川乱歩『探偵小説四十年(上)』(光文社、2006年)、396-402、421頁。

[ix] 『幽霊男』(角川書店、1974年)、5頁。

[x] 江戸川乱歩『蜘蛛男』(創元推理文庫、1993年)、36頁。

[xi] 『幽霊男』、27頁。

[xii] 同、51頁。

[xiii] 同、52頁。

[xiv] 同、51-52頁。

[xv] 同、52頁。

[xvi] 同、20、253-54頁。

[xvii] 「一週間」(1938年)。

[xviii] 「われら華麗なる探偵貴族VS都筑道夫」『横溝正史の世界』(徳間書店、1976年)、206-207頁。

[xix] ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』(1933年)。

[xx] アガサ・クリスティ『白昼の悪魔』(1941年)。

[xxi] 同一のトリックとしては、同時期の『毒の矢』(1956年)のほうが、手が込んでいる。

[xxii] 『幽霊男』、157-58頁。

[xxiii] 同、212-13頁。

[xxiv] 全体的にあらが目立つのは、例えば、西荻窪の津村の旧宅で、建部がいきなり、津村には吸血衝動があると警官に告げる(その前の場面で、幽霊男は恵子を脅して、君の血を吸いたいなどと口走るが、この時点では、幽霊男こと建部以外の関係者は、このことを誰も知らないはずだ)。しかし、なぜ彼が(新聞記者とはいえ)そんなことを知っているのか、誰も問題にしないのである(43頁)。建部が津村を知っていることは重要な伏線ではあるのだが、どうも、読み直しをしていない弊害が如実に表れているようだ。

 さらに、伊豆のホテルでの殺人で、共犯者が持ち込んだスーツケースが庭園内で発見されるが(133頁)、解決編で、金田一は、共犯者がスーツケースに蝋人形の足を詰めて持ち去ったと推理する(266-67頁)。スーツケースが二つあったとは書かれていない。そもそも、この庭園、ボートで行き来する小島があったり、小島の先に滝があったりと、一体どれほど広大な敷地なのか。東京ドームがいくつ入るんだ。

 ストリップ劇場の火災事件の場面でも、西村鮎子が河野十吉に拉致されたのとちょうど同じ日の同じ時刻に、犯人がマネキンを持ち込もうとするのも、偶然の度が過ぎている(208-16頁)。