1988年3月10日、アンディ・ギブ逝去。
この一事だけで、ビー・ジーズ・ファンにとって、この年は悲嘆にくれる年となってしまった。
思えば、アンディは30年前の1958年に生まれ、10年前の1978年3月11日には、「(ラヴ・イズ・)シッカー・ザン・ウォーター」が全米シングル・チャート1位にランクしていた。それを考えると、なんとも悲しい話だが、この十年間はアンディのみならず、ギブ兄弟全員にとって、まことに成功と挫折を繰り返す疾風怒濤のような日々だったのだろう。
他人事ながら、人生というのはわからないものだ。
バリー・ギブ『ホークス』(Hawks, 1988.9)
『ホークス』は、同名映画のサウンドトラック・アルバムだが、楽曲の大半は、1986年に、バリー・ギブのセカンド・ソロ・アルバム用にレコーディングされていた、という。「セレブレイション・ド・ラ・ヴィ」(セレブラシオン・ド・ラ・ヴィと読むべきだろうか)と「チャイルドフード・デイズ」のみ、1988年の録音[i]。
ということは、ソロ・アルバムのための楽曲を映画に流用したということで、よいのだろうか。映画は、難病に侵された二人の男が、病院から救急車を盗み出してアムステルダムに向かう、というロード・ムーヴィだが、昔一度見ただけで、ほとんどまったく内容を覚えていない。所有しているのが(何と!)LD(レーザー・ディスク)で、プレイヤーがないので視聴できないのだ。
1984年の『ナウ・ヴォイジャー』と、単純に音楽だけで比較すると、まあ、似たりよったりというところか。さらにロック色が強まって、それは、1987年の『E・S・P』、1989年の『ONE』と近いものがある。これらのビー・ジーズのアルバムと比べても、どっこいどっこいというところだろう。
A1 「システム・オヴ・ラヴ」(System of Love, B. Gibb & Alan Kendall)
作曲者を見ると、何と驚き、アラン・ケンドールとの共作とある。この時点で、演奏陣に加わってから既に20年近かったはずだが、共作は初めてで、一体どういう気まぐれで一緒に曲を書く気になったのか。
多分、ケンドールに適当にギターを弾いてもらって、それにメロディを乗せるという、いつものバリーのやり方だったのだろうが、確かにギブ兄弟だけでは出てこないようなギター・サウンドで、本当にロックみたい(いや、ロックのつもりなのだろうが)。
曲自体は、バリーらしいというか、この時期に顕著な、メロディがよくわからない、ぼそぼそ・ソングで大した出来ではないが、サウンドはこれまでにないパワフルなものだ。
A2 「チャイルドフード・デイズ」(Childhood Days, B. & M. Gibb)
2曲目は、うって変わってカントリー・タッチのポップ・ソング。
モーリスとの共作なので、なるほど、こうなるよね、というスタイルで、あまり印象に残るメロディではないが、なかなか爽快なナンバーになっている。
この曲もギターが前面に出た、その意味ではロック風でもある。
A3 「マイ・エターナル・ラヴ」(My Eternal Love, B. Gibb & Richard Powers)
リチャード・パワーズはバリーの友人ということだが[ii]、どのような友人なのかジョゼフ・ブレナンもあまりよく知らないらしい。
曲は、バリーお得意のセンチメンタルなバラードで、セカンド・ヴァースのメロディなどは、いかにも彼らしい。コーラスは、さらに哀愁を帯びたはかなげな、それでいて甘酸っぱいようなメロディで、まさにバリー・ギブの独壇場である。
全編ファルセットというのは、合っているのか、やり過ぎなのか。しかし、このドラマティックな曲調には、これでいいのだろう。間違いなく、本アルバムの最上作で、80年代を通してもベスト・スリーに入る。
A4 「ムーンライト・マッドネス」(Moonlight Madness, B. Gibb, G. Bitzer & A. Kendall)
1曲目同様、ごにょごにょ、ぼそぼそと、何を言ってるのか聞き取れない(そもそも英語なので、なおさらわからない)うえに、何だか、寒くて震えているような歌い方で、この頃のバリーらしいといえば、らしい。よし、これをブルブル唱法と名付けよう。
ジョゼフ・ブレナンが「野心的な歌」[iii]と呼び、日本盤解説で八木 誠氏が「ブルージィ」で「興味深い」[iv]と述べているように、これまでのバリー・ギブの楽曲とは異なる新鮮さを感じる。
ボサノヴァのような曲を、と書き始めたのかもしれないが、恐らくジョージ・ビッツァーが考案しただろうシンセサイザーのサウンドは、タイトル通り、幻想的な月夜をイメージさせる。中間部のサックスのムーディな響きも特徴的で、弟たちとつくる曲にはない、ひねったメロディが耳に残る。
A5 「ホェア・トゥモロウ・イズ」(Where Tomorrow Is, B, R. & M. Gibb)
本アルバムはサウンドトラックと銘打っている割には、映画未使用の楽曲が3曲収録されている。そのうちのひとつが、この曲。
アップ・テンポではないが、どっしりとしたサウンドはロック風で、『E・S・P』の雰囲気に近いだろうか。
くっきりとしたメロディは、ビー・ジーズらしい。ギブ兄弟の作品と、バリーが他のライターと組んだ作品との対比が、本アルバムでの興味深い点のひとつといえそうだ。
B1 「セレブレイション(ホークスのテーマ)」(Celebration de la Vie, B, R. & M. Gibb)
映画音楽なら普通だが、ビー・ジーズあるいはバリー・ギブとしては珍しいインストルメンタル曲。かつての『オデッサ』の3曲のインストルメンタルとは違って、ギターをフィーチュアした小味な作品。1968年頃に書かれた同じインストルメンタルのGena‘s Theme[v]を思わせる。
甘く、それでいて物悲しいメロディを、艶やかなギターの音色が引き立てている。黄昏時に聞いていると、何だか泣きたくなってくるような切ない旋律は郷愁に満ちている。
B2 「チェイン・リアクション」(Chain Reaction, B, R. & M. Gibb)
何でまた、と思わざるを得ない、ダイアナ・ロスの登場。
最新のヒット曲ということで選ばれたのだろうか。「ユー・ウィン・アゲイン」でもよかったような。別に悪くはないが。・・・でもやっぱり、何でまた・・・。
B3 「カヴァー・ユー」(Cover You, B. Gibb & K. Richardson)
本作もまた、珍しい組み合わせというか、長年の付き合いのはずなのに、これまでなかったカール・リチャードソンとの共作。
「システム・オヴ・ラヴ」などと同じく、明らかにバック・トラックをつくって、それをかけながら適当にメロディを、ふんふん、と歌って一曲にしたと思われる。
ロック調だが、曲は例によってソウルっぽくもある。シンプルというか、単調というか、完全にサウンド重視で、ヴォーカルはおまけか。
B4 「ノット・イン・ラヴ・アット・オール」(Not in Love At All, B. Gibb, M. Gibb & G. Bitzer)
映画では使われていないボーナス・トラックの一曲。
バラードだが、歌い方は、またまた、ハスキーな声でごにょごにょと囁く、うやむや・ソング。メロディがどんどん展開していって、なかなか戻ってこないのもバリー流か。「スピックス・アンド・スペックス」や「ワーズ」は、あんなにシンプルだったのに。
しかし、さすがバリー・ギブのバラードだけのことはある。ツボを押さえた甘くドリーミーなメロディは、ここでも健在である。
B5 「レッティング・ゴー」(Letting Go, B. Gibb & G. Bitzer)
最後も、映画では未使用のバラード作品。ビッツァーとの共作なので、前作同様、『ナウ・ヴォイジャー』の頃に書いた作品だろうか。
バリーらしい、マイナー調だが美しい旋律の曲で、しっとりとした味わいは聞き手の耳を和ませる。ただ、全体の流れが自然ではないような感じも受けて、つまり、別々のメロディを集めて、ひとつにまとめたような印象がある。
話が逸れるが、「ノット・イン・ラヴ・アット・オール」でも書いたように、楽曲が年を追うごとに長く複雑になっているのは、盗作騒動がこたえて、あらぬ疑いをかけられぬように工夫してのことなのだろうか。
話を戻すと、「これまでに書いた中で最高の曲のひとつ」[vi]、というのが1990年時点での本人の弁だが、なるほど、と思わないでもない。が、へえ~っ、とも思う。もっと良い曲があるだろうに、というのは、リスナーの言い分で、本人は本人で、こんな曲が書きたかったんだ、ようやく書けた、という気持ちだったのだろうか。聞くばかりで、才能をうらやむこちらとしては、ぜいたくな悩みとしか思えないが。
[i] Joseph Brennan, Gibb songs, version 2, 1988.
[ii] Gibb songs, version 2, 1986.
[iii] Ibid.
[iv] Barry Gibb, Music from the Original Soundtrack “Hawks” (Polydor, 1988).
[v] Bee Gees, Idea (Warner Music, 2006), Disc 2.
[vi] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990 (1990).