1987年、ビー・ジーズは満を持して6年ぶりのアルバム『E・S・P』を発表した。
1986年10月にワーナー・ブラザースとレコード販売契約を結び、その第一弾だった。
しかし、満を持して、といっても、状況が整った、とは必ずしも言えなかった。ビッグ・アーティストの作曲・プロデュースは、ダイアナ・ロスのアルバムのセールス不振によって失速し、1980年代前半のそれなりに華々しい栄光の日々は遠くなった。ロビンとモーリスが手掛けたスウェーデンのシンガー、カローラのアルバムも北欧以外では発売さえされなかった。さらに、ロビンやバリーのソロ・アルバムも結果が伴わず、バリーの1986年のアルバムは発売を拒否されたという[1]。バリーのバンベリーズ(Bunburys)のプロジェクトもメインとなるほどのものではなかった。
再び、グループの活動を再開するほか、選べる選択肢は残されていなかったともいえる。
それでも、沈黙を続けるなら、それもよかったのかもしれないが、兄弟は活動再開を選択した。前に進むことを選んだ、という覚悟より、要するに、曲を書き、レコーディングしたかったのだろう。そのぐらいのお気楽さのほうがビー・ジーズらしい。
どちらにしても、『E・S・P』によって、ビー・ジーズは新たなフェイズに入った。
ビー・ジーズ「ユー・ウィン・アゲイン」(1987.8)
A 「ユー・ウィン・アゲイン」(You Win Again, B, R. & M. Gibb)
B 「バックタファンク」(Backtafunk, B, R. & M. Gibb)
アルバムを参照。
ビー・ジーズ『E・S・P』(E・S・P, 1987.9)
80年代らしい、打ち込みリズムで『E・S・P』は始まる。一聴した感想は、いよいよまたロック寄りになってきたな、というものだった。同じような印象は、『トゥー・イヤーズ・オン』や『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』のときにも受けたし、『メイン・コース』のように、ロックではないにしても、リズム重視の方向に向かい始めたことはあった。要するに、メロディアスなポップ・バラードを得意とする彼らが、事態を打開する必要があるときには、常にバラードからの脱却の道を選択し、それを繰り返してきたのだといえる。
思えば、「ニュー・ヨーク炭鉱の悲劇」はフォーク・ロック風で、『ビー・ジーズ・ファースト』もサイキデリック・ポップの要素を持ち込んだことで、ロックとポップの絶妙なバランスの上に成り立っていた。それが「マサチューセッツ」のヒットもあり、『アイディア』あたりからポップ色が格段に強まっていく。『オデッサ』は、気分は(カッコよくいえば、精神は)ロック・アルバムだったが、「ギター・ソロもなくて、どこがロックやねん!(なぜに関西弁風?)」と突っ込まれそうな内容だった。
『キューカンバー・キャッスル』に至っては、完全に時代遅れのポップ・アルバムに堕して、いや、オーソドックスなポップ・アルバムに徹したものの、グループ自体が崩壊してしまった。しかし、そこから再スタートを切った「ロンリー・デイズ」は、コーラスとロック・サウンドの分離と融合という最後のビートルズ的アプローチで、まんまと成功を収めた。「傷心の日々」ではなく、こちらを先にシングル・リリースしたことが、彼らの戦略が何だったかを物語っている。『トゥー・イヤーズ・オン』には、「へへっ、こんなんもやってますんで」といった調子の「バック・ホーム」のような曲も入っていた。それがまた、「傷心の日々」と『トラファルガー』で「バラード地獄」に落ち込み(いや、そこまで言わなくても)、『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』でジタバタしたあげく、「はっ、ロックなんかやってられるかっ!」とばかりに、「ジャイヴ・トーキン」でソウル・ダンスに挑戦すると、これがまた大当たり。これだから、やめられませんなあ、と言ったかどうか。
しかし、『スピリッツ・ハヴィング・フロウン』からまたメロディ先行のスタイルに戻ると、ディスコの爽快感もなくなり、いい年してキーキー声のおっさんバンド(いや、そこまで言われてないって)呼ばわりされて、『リヴィング・アイズ』で行き場を失い、再び沈没した。これが、ビー・ジーズの栄光と挫折のミニ・ヒストリである。
そこで『E・S・P』であるが、ロック・サウンドに再度挑戦、それも80年代のパワフルなロックということで、タイトル曲はそのことを如実に表わしている。が、しかし、結局、低迷する彼らを、少なくともイギリスにおいて救ったのは、ポップでキャッチーな「ユー・ウィン・アゲイン」だった。皮肉な結果ともいえるが、やはり彼らはメロディ・メイカー以外のなにものでもなかったということだろう。
A1 「E・S・P」(E・S・P, B, R. & M. Gibb)
迅雷のようなア・カペラ・コーラスが虚空に響き渡る。
全アルバムのなかでも、もっとも緊迫感を湛えた導入で、彼らのやる気が伝わってくる。
しかし、バチバチしたリズムに乗って、バリーが歌うヴァースは、80年代になって目立つようになった機械的なメロディで、どうも面白くない。というか、60年代にも機械的なメロディ進行の曲はあったが、その頃のメロディはたとえ機械的であったとしても、ナチュラルで心に響くものがあった(昔のほうがよかった、とは言いたくないが)。サビでロビンのヴォーカルからコーラスに移ると、ようやくメロディがなめらかに進行するようになり、その後また、ヴァースに似た「イー・エス・ピッ」に始まるリフレインが来るが、こちらは哀調がこもっていて悪くない。
U2に影響されたかのようなブリティッシュ・ロック風の曲で、そのスピード感、スケールは従来の作風からの飛躍を感じさせるが、完全に新しいスタイル、サウンドになり切れていないもどかしさが残るのも確かだ。
A2 「ユー・ウィン・アゲイン」(You Win Again, B, R. & M. Gibb)
夜中に目覚めたバリーが、頭の中で鳴っているメロディに思わず飛び起きて、あわてて録音した。こういう場合、翌朝、聞き直すと、ありゃりゃということが多いが、今回は違った。これだ、と思ったバリーが、ロビンとモーリスと一緒に完成させたのがこの曲だという。何やら、ポール・マッカートニーの「イエスタデイ」を思わせる逸話だが、そこまでの名曲ではないにせよ、「ユー・ウィン・アゲイン」は、ビー・ジーズにとって起死回生の一作となった(少なくとも、ヨーロッパでは)。
モーリスがアレンジしたという、まるでレスラー入場曲のようなストンピング・ビートのイントロが、「E・S・P」のラストにかぶさるように始まるが、そこから、いきなり1960年代を思わせるノスタルジックなメロディが飛び出す。バリーのヴァースから、いつも通りの息の合った鉄壁のハーモニーが気持ちよいコーラスに至るまで、一緒に口ずさむと、キャンディのように甘いメロディがいっぱいに広がる、久々に会心のポップ・ナンバーである。
「僕との恋の戦いでも、やっぱり君の勝ちだね」とあるように、まるで勝利を祝す行進曲のようだが、75位に終わったアメリカでは凱旋とはいかなかったものの、イギリス、ドイツで1位となり、とくにイギリスでは「マサチューセッツ」以来の大ヒットとなった。この曲のヒットで、ビー・ジーズはイギリスで息を吹き返し、それがひいては90年代のカヴァー・ブームへと繋がったともいえるだろう。やはり、80年代の彼らを代表する楽曲である。
A3 「リヴ・オア・ダイ」(Live Or Die (Hold Me Like A Child), B, R. & M. Gibb)
1曲目から、メドレー形式のように、ほぼ曲間を空けずに次の曲へと続くが、この曲を聞いたときは、「E・S・P」のパート2が始まったのかと思った。メロディが同じわけではないが、何だか同じように聞こえるのだ。
リズム・アンド・ブルース風のバラードで、バリーが歌うヴァースからコーラスまで、何となくくねくねしたメロディではあるが、哀愁を帯びたサビの旋律はなかなかいい。セカンド・コーラスになると、バリーがファルセットを使いだし、サビは、まるで、ノーマル・ヴォイスのバリーとファルセットのバリーがデュエットしているかのようだ。
もっとコーラスを抑え目にして、切々としたアレンジにしたほうが良かったような気もするが、全体的には聞きごたえある出来になっている。それでも、あまり新鮮味を感じないのだが、どうしてだろう。唱法のせいだろうか。
A4 「ギヴィング・アプ・ザ・ゴースト」(Giving Up the Ghost, B, R. & M. Gibb)
またまた叩きつけるようなリズムに乗って、ロビンがヴォーカルのソウル・ロック風ナンバーが始まる。タイトルに「ゴースト」があるからか、いささか神秘的でダークな雰囲気の曲だ。
展開部の合いの手のような、すごんだようなコーラスは彼らっぽくないが、「ギヴィング・アプ・ザ・ゴースト」と繰り返すサビのロビン主導の高音のエグゾティックなコーラスにはビー・ジーズらしさがあふれている。
A5 「ザ・ロンゲスト・ナイト」(The Longest Night, B, R. & M. Gibb)
前曲に続いてロビンがソロを取るが、彼のリード・ヴォーカル曲はこれら2曲だけで、Bサイドには1曲もないのは、ロビンのファンにとっては物足りないかもしれない。
曲は、移ろうような儚げなブリティシュ・フォークで、ロビンの消え入りそうなヴォーカルに見事にはまっている。依然として、彼らのメロディを書く才能は枯れていないことを実感させる。
『E・S・P』は、6年前の『リヴィング・アイズ』以上にイギリス色が目立っているが、この曲のようなブリティッシュ、というよりアイリッシュ・フォークのような楽曲は80年代の作品には見られなかったものだ。
ラストのリフレインは長すぎて、やや冗漫になったようだ。
B1 「ジス・イズ・ユア・ライフ」(This Is Your Life, B, R. & M. Gibb)
強烈なリズムに合わせて、アップ・テンポで進むソウル・ロック調のナンバー。というか、彼らとしてはテクノ・ディスコ風のつもりなのだろうか。
途中でラップになり、ヒット曲のタイトルを織り込んだ歌詞をバリーが早口で歌う。もちろん、まったく彼らに合っていない。最初に聞いたときは、また変なことを始めたなア、と思ったが、これ一曲で終わったのは幸いだった。
B2 「アンジェラ」(Angela, B, R. & M. Gibb)
バリーが甘く囁くように歌うバラード・ナンバー。曲想は異なるが、A面の「リヴ・オア・ダイ」と同じような印象を受ける。どちらの曲も、バリーがコードに合わせて即興でメロディを口ずさんでいるような曲で、どことなくくねくねしたメロディも共通している。
しかし、さすがにバリー・ギブで、ツボを押さえた甘いメロディはやはり魅力的だ。彼が、こうしたドリーミーなバラードを歌うのは久しぶりのような気がする。
B3 「オウヴァナイト」(Overnight, B, R. & M. Gibb)
今度は、A1のついでに出来たかのようなロック調の曲。モーリスがリードを取る唯一の曲だが、彼の声のおかげで、よりストレートなロック・ナンバーとなった。
とはいえ、やはり目玉となるのはコーラスで、テクノ風のリズムに乗せて、「ステイ~」と繰り返すサビはパワフルだ。
アルバムのなかでは、比較的地味な曲だが、真摯なヴォーカルとコーラスで、変なラップ調の曲よりは好感がもてる。
B4 「クレイジー・フォー・ユア・ラヴ」(Crazy for Your Love, B, R. & M. Gibb)
続く曲は、B1と同じく、ソウル・ロック風のわいわい・ソング(そんな言葉ある?)。
そろそろネタに困ったのか、やけくそ気味に陽気なヴォーカルに、「ウォウウォウウォウウォウウォウォウォ」の掛け声がやかましい。
別に馬鹿にしているわけではないのだが、どうも、こういう曲を彼らがやると、子供だましというか、安っぽいというか。あまり真剣に聞いてもしょうがないというか。
まあ、これもビー・ジーズだということで、先に進もう。
B5 「バックタファンク」(Backtafunk, B, R. & M. Gibb)
最後は、まさにファンクというか、「バックタファンク」って何?また、ソウルに戻ろう、という意味なのだろうか。あるいは、本作で、十数年ぶりにアリフ・マーディンをプロデューサーに迎えたので、おかえり、アリフ、と歓迎の意を表わしたのだろうか。
これまた、横っ面をひっぱたかれるような強烈なリズムだが、サビのコーラスは、かつての「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」あたりを思わせ、それでいて、熱気と哀調を感じさせて、引きこまれる。
アルバム最後を飾る曲としては、まずまずの出来栄えだろう。
B6 「E・S・P」(Vocal Reprise)
最後の最後は、再びア・カペラ・コーラスで締めくくられる。
『E・S・P』は、ビー・ジーズが80年代のロック・サウンドを取り入れて、新生面を切り開こうとした野心的なアルバムだったが、成功したかというと、判断は難しい。
もちろん、ヴォーカル・スタイルが変わるはずもないので、それが、現代風のサウンドとマッチしているかといえば、微妙である。古くからのファンにしてみれば、彼らには合わないと感じそうだし、若いロック・ファンからすれば、ヴォーカルやコーラスに80年代ロックのもつキレの良さが足りない、と映るだろう。
アルバムでもっとも優れているのが、メロディアスな「ユー・ウィン・アゲイン」だったというのも、狙いと結果がずれているようで、何だかちぐはぐな印象だ。
どんなサウンドでも取り入れることができる、と証明した反面、最後に聴き手の心を打つのは、彼らの書くメロディだった、という、結局20年過ぎても、本質は変わらないという当たり前の事実が明白になった。
[1] Joseph Brennan, Gibb Songs, 2nd version, 1986.