横溝正史「神楽太夫」

(本作のトリックに言及しています。)

 

 「神楽太夫」は、横溝正史の戦後第一作として知られる。『週刊河北』からの依頼で、最初「探偵小説」を書き始めたが、枚数が超過したため、代わりに本作を書いて送った、という[i]。以上の逸話は、何度も繰り返し紹介されて、ファンならお馴染みだろう。

 舞台は岡山で、この後の金田一耕助を主役とする「岡山もの」のパイロット・フィルム的作品という言い方もできる。

 また、作者自身が作中に登場するメタ・ミステリ的趣向の短編でもある。「黒猫亭事件」や後年の『白と黒』などもそうだが、戦後の横溝は、閉所恐怖症のため極端に外出を控えるようになるが、その分、作品中にやたらと登場するようになった。外出できない鬱憤を晴らしていたのだろうか。

 話がそれたが、本作は戦後の中短編小説の五指に入る傑作で、ミステリが書ける、ミステリを書くぞ、という清新な気概と、それとは対照的な円熟した語り口がこの時期の横溝作品らしい。他の四作はといえば、「探偵小説」、「黒猫亭事件」、「百日紅の下にて」、・・・もうひとつは適当に選んでください。

 メイン・テーマとなるのは「顔のない死体」で、物語は、茸狩りに出かけた作者が、切り立った断崖に臨む台地で、謎の語り手と遭遇し、彼から、かつてその場所で発見された死体とそれをめぐる殺人事件について聞かされる、というもの。短編だけに、二人の対話で終始するシンプルな構成となっている。江戸川乱歩などが好んだスタイルである。トリックのほうは、顔をつぶされた死体が発見され、犯人らしき容疑者は失踪、と定型通りの展開だが、このテーマの常套的解決である、犯人と被害者が入れ替わっていたという結末ではなく、実は二人とも殺害されていて、犯人は別にいた、という捻りを加えているところが工夫である。短編小説なので、細かい事件の検討などは端折って、ある意味、肩透かし的な解決であるトリックをオチのように用いている。さらに最後にもうひと捻り、語り手の正体が明かされる締めまで、軽妙さが際立つ。

 本作での「顔のない死体」のヴァリエーションは、恐らく、思いつき程度のものだったのだろうが、書いてみて、短編では惜しい、と思い直したのだろう。この後、長編小説のメイン・トリックとして再使用している[ii]。確かに、欧米の著名作には作例が見当たらない創意のある解決法だった。同じ「顔のない死体」を扱った「黒猫亭事件」などとともに、オリジナリティのあるトリックといえるだろう。

 しかし、本作の評価を高めているのは、パズル・ミステリとしての側面よりも、作者自身が認めているとおり[iii]、神楽という伝統芸能を通じて、戦後の農村社会の一面を浮かび上がらせた点にある。ラストは皮肉でほろ苦いが、全体としては、何ら深刻さを感じさせない軽やかな筆致が、いっそう郷愁を深めている。間然するところのない名品である。

 

[i] 横溝正史日下三蔵編)『横溝正史ミステリ短編コレクション3 刺青された男』(柏書房、2018年)、編者解説、441-42頁。

[ii] 『夜歩く』(1948-49年)。

[iii] 『刺青された男』、442頁。