ビー・ジーズ1976

「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」(1976.7)

1 「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」(You Should Be Dancing, B, R. & M. Gibb)

 「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」はビー・ジーズの作品の中でも、もっとも注目すべきシングルといえる。言うまでもなく、ディスコ・ミュージックに「転身した」とされるレコードだったからである。

 「ジャイヴ・トーキン」も確かにダンス・ミュージック・ナンバーだったが、それでもメロディが主体だった。サウンドが主体となった作品は「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」が初めてで、恐らく唯一だろう。サウンドの要はモーリスのベースで、軽妙なフレーズが耳に残る。そこにスティファン・スティルスのパーカッションがラテン風の彩りを与え、さらにブルー・ウィーヴァーのシンセサイザーにアラン・ケンドールのギター・ソロ、ホーンなどが加わって曲が出来上がっている。メロディは最小限の音数で、サウンドに合わせて当てはめていったように聞こえる。

 また全編をバリーのファルセットで通した初のナンバーでもある。白人グループによるファルセットといえば、60年代のフォー・シーズンズビーチ・ボーイズが双璧だが、フランキー・ヴァリブライアン・ウィルソンも一曲丸々ファルセットで歌うことは少なかった。多くの場合、肝心かなめのサビで彼らのファルセットが轟いて曲を引き締めていたものだ。

 それに比べると、バリーのファルセットはヴァースからコーラスに至るまで、一曲を通して響き渡る。従って、ときに苦しく聞こえ、「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」でも一か所はノーマルな声で歌っている。しかし、良くも悪くも、このファルセットがビー・ジーズの代名詞となって、レッテルが張られることにもなってしまった。

 ファルセットによるディスコ・ソングとなれば、さぞけたたましい曲と思いがちだが、むしろ全体に控えめなアレンジで、ソウル・ミュージックの熱狂や激情とは程遠い、「おとなしい」ディスコ・ミュージックという印象。歌詞も「ベッドで寝ていないで、踊ろう」、という内容なので、眠いところを起こされて、無理やり踊らされているような、熱量をあまり感じさせないダンス・ナンバーになっている。そのことは、そもそもダンス・ミュージックとは無縁だった、しかも白人グループによるディスコ・ソングであることと無関係ではないだろうが、この「静かなるディスコ」は、ある意味、ユニークな音楽的冒険でもあった。

 全米1位、全英5位、完全にヒット・メイカーの座を確保した一作で、ディスコ・サウンドに慣れて、野放図ともいえる「ステイン・アライヴ」などよりも、完成された「ビー・ジーズ流ディスコ」といえるかもしれない。

 

2 「サブウェイ」(Subway, B, R. & M. Gibb)

 「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」同様、ディスコ・ソングだが、より楽曲重視の作品でメロディアスでもある。

 しかし、最も印象的なのは、シンセサイザーによるイントロと間奏のメロディで、まさにニュー・ヨークの夜をイメージしたフレーズは、この作品の聞き所がインストルメンタル・パートにあることを証明している。アルバム『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』を含めて、この時期のビー・ジーズサウンドを支えているのは、間違いなくブルー・ウィーヴァーのシンセサイザーだった。

 ところで、イギリスなら地下鉄は「チューブ」だと思うが、ここはやはりニュー・ヨークが舞台ということで「サブウェイ」というわけだろうか。

 

『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』(Children of the World, 1976.9)

 ここしばらくアルバム・ジャケットから姿を消していたギブ兄弟がようやく戻ってきた。レザー・ジャケットを身にまとい、マフラーをなびかせて雄々しく立つ3人の姿は、今見ると、いや当時でも、チョーダサい。モーリスなどは、(20代なのに)どう見ても不良中年親父にしか見えない。前をはだけて、胸毛をちらつかせているロビンが意外にワイルドなのもおかしいが、バリーはバリーでつぶらな瞳で前方を凝視している。果たして、彼の眼には何が見えていたのか。

 シングル「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」がそうであったように、『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』は、ビー・ジーズのアルバムの中でも最も実験的な作品である。

 無論、それは本格的にディスコ・ミュージックに取り組んだからであるが、完成したレコードの「印象」からも、そのことは強く感じられる。収録時間は39分少々で、前作『メイン・コース』や前々作『ミスター・ナチュラル』に比べて短い。演奏時間だけではなく、全体にコンパクトにまとまったアルバムだが、前作のようなリラックスしたムード、開放感は感じられない。彼らにしては大胆なインストルメンタル・パートも聞かれるが、どちらかといえば、閉ざされた狭い空間、箱庭のような世界を感じさせる。ディスコ・ミュージックだから、ある意味閉ざされた空間なのだが、このアルバムの放っている一種の静謐さは、彼らが極めて慎重に音を組み立ててアルバムを構成していることを示唆する。言葉を変えて言えば、恐る恐る作っているという感触なのだ。しかし、それも無理はない。「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」が典型だが、そもそもダンス・ミュージックなど手掛けたことのなかった彼らが、この時代のブラック・ミュージックの本丸ともいえるディスコ・ソングに挑戦しようというのだから、慎重になるのは当然だろう。

 しかし、この「神経質な」ディスコ・アルバムは、黒人ミュージシャンのヴォーカルとリズムでは強烈すぎる白人のリスナーに、聞きやすくスマートなダンス・ミュージックを提供することになった。白人でしかもイギリス出身のポップ・グループによる、いわば「まがいもの」でさえあったビー・ジーズディスコ・サウンドがあれほど人気を博したのは、皮肉な結果といえるだろう。

 『メイン・コース』はまだそれまでの延長線上にあったが、『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』と『メイン・コース』の間には、大きな断層がある。『メイン・コース』が成功したのだから、その路線を続けてもよかったろうが、ソウル・ミュージックを取り入れるのではなく、そのなかにどっぷりつかることを選んだのは、果敢な挑戦だったといえる。本人たちには、こんなので受けるのか、という不安はあったろうが、それでもあえて冒険を選択したことが、その後の活躍につながった。

 全米チャートで8位。トップ10入りは、なんと第1作の『ファースト』以来で、しかしデビュー作の7位は越えられなかった。それでもプラチナ・アルバムに認定され、1977年の年間チャートで『メイン・コース』と同じ24位。当時、絶好調だったウィングズなどと並び、アメリカン・チャートを代表するヒット・メイカーに躍り出た。

 

A1 「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」

A2 「愛の侵入者」(You Stepped into My Life, B, R. & M. Gibb)

 シンセサイザーの奏でる印象的なフレーズに導かれ、バリーが彼らしい小刻みなメロディを最後までファルセットで歌いきる。が、高音になるといささか苦しい。

 ミディアム・テンポのディスコ・バラードといったところだが、一番引きつけられるのがイントロのメロディということは、この曲もブルー・ウィーヴァーの弾くコードをもとに、バリーが曲をつけたものなのだろうか。

 それほどの作品とは思えないが、1979年に、メルバ・ムアとウェイン・ニュートンのカヴァーが相次いでチャートに入り、前者は47位、後者は90位にランクされた。

 

A3 「偽りの愛」(Love So Right, B, R. & M. Gibb)

 セカンド・シングルとなった本作はディスコ・バラードで、前作の「ファニー」同様、ツボを心得た極上のメロディは、4分弱を飽きさせることがない。スタイリスティックス風ではあるが、実に見事なヒット・ソングに仕上がっている。スロー・バラードでもバリーのファルセットでいけることを実証するかたちとなった。

 全米チャートで最高3位。ミリオン・セラーを記録した。全米でのミリオン・セラーは「ロンリー・デイズ」、「傷心の日々」、「ジャイヴ・トーキン」、「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」に続き5枚目だったが、同一アルバムから2枚目のミリオン達成は初めてだった。

 

A4 「恋人同士」(Lovers, B, R. & M. Gibb)

 4曲目はかなり技巧的な作品が出てくる。断片的なフレーズをまとめて一つの曲に仕立てたという印象。コラージュとでもいおうか。『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』は、ライヴでの再現を考慮して、従来のオーケストラに代えて、ウィーヴァーのシンセサイザーを多用しているが、この曲のライヴでの再現は難しそうだ。

 4曲目にして、ようやくロビンのヴォーカル・パートも登場する。唸り声のようなヴォーカルは、てっきりモーリスかと思いきや、バリーらしい。当時のモーリスはアルコール依存などの問題を抱えて、やはり相当不調だったようだ[i]

 なお、日本盤CDのタイトルは「恋人同志」となっているが、赤穂浪士ではないのだから。

 

A5 「悲しませることなんてできないよ」(Can’t Keep A Good Man Down, B, R. & M. Gibb)

 「恋人同士」では部分的にファルセットが使われていたが、この曲は、基本的にノーマル・ヴォイスで歌われている。キャッチーなコーラスで始まり、ヴァースをバリーが歌った後、中間部をロビンが歌う。ディスコ・ソングではあるが、ようやく従来のビー・ジーズらしくなったともいえる。

 A面の締めの曲であるせいか、エンディングではスキャットによる輪唱のようなコーラス・パートが延々続くが、基本的にライヴ向きの作品で、実際、この後のライヴ盤で演奏されている。シングル向きともいえそうだ。

 

B1 「ブギー・チャイルド」(Boogie Child, B, R. & M. Gibb)

 B面最初の本作は、サード・シングルで1977年に全米チャート12位まで上昇したヒット曲である。

 いかにもシングル向き、かつライヴ向きで、「ブギーッ!」を繰り返す構成は、「ジャイヴ・トーキン」の二番煎じを狙ったもののようだ。「ジャイヴ・トーキン」よりははるかにファンキーで強烈な作品だが、パワーで押し切るのではなく、間奏のホーンや後半のブレイクなど、いろいろとアレンジに工夫が凝らされている。

 “Sexy, sexy”という歌詞も全然セクシーではなく、豚が絞め殺されるような、やけくそ気味のコーラスといい、古くからのファンには不評だろうが、確かにライヴ・ヴァージョンはなかなか良かった。

 

B2 「ラヴ・ミー」(Love Me, B. & R. Gibb)

 『チルドレン・オヴ・ザ・ワールド』は、ディスコ・アルバムではあるが、全曲ディスコ・ソングというわけではない。B面になると、本来のビー・ジーズのスタイルに近い作品が増えてくる。

 本作は、やはりソウル・ポップ風味ではあるが、ビー・ジーズらしいドラマティックなメロディを持った傑作バラードだ。本アルバムで初めてロビンがリード・ヴォーカルを取り、中間部をバリーが担当するが、なんといっても聞きものはコーラスだ。そしてブルー・ウィーヴァーのシンセサイザーが、オーケストラに代わってシンフォニックに音を奏でるパートはプログレッシヴ・ロックもかくやと思わせる。

 イヴォンヌ・エリマンによるカヴァーが、翌年全米チャート14位にランクされるヒットとなった。本アルバム中のベストといえる一曲。

 

B3 「サブウェイ」

B4 「返りこぬ日々」(The Way It Was, B. Gibb, R. Gibb & B. Weaver)

 「サブウェイ」を挟んで、今度はバリーによるソロ曲の登場となる。

 『メイン・コース』の「ソングバード」と同じく、バリーとロビンにウィーヴァーが加わって書かれているが、どうやらウィーヴァーの書いたフレーズをもとにバリーが仕上げた作品らしい[ii]。ギブ兄弟のみの作品には見られないようなしゃれたコード展開で、この時代らしい、いかにも都会的なポップ・バラードの佳曲といえる。

 この作品だけではなく、他の収録曲のインストルメンタル・パートやシンセサイザーのフレーズなど、本アルバムにおけるブルー・ウィーヴァーの貢献は、あえていえば、ロビンやモーリス以上だろう。前に述べたように、実質、この時代のバリーのソング・ライティングのパートナーはウィーヴァーだったのではないか、とさえ思える。彼が、本アルバムを最もお気に入りとしているのも頷ける[iii]

 

B5 「チルドレン・オヴ・ザ・ワールド」(Children of the World, B, R. & M. Gibb)

 ラストはタイトル・ソングで、アカペラ・コーラスから始まる珍しい作品。

 バリーがファルセットでリード・ヴォーカルを取るが、ディスコというよりラテン風のナンバー。マイアミで録音するようになってから、この手の曲がちょくちょく現れるようになった。

 曲自体はたいしたものではないが、最後にも登場するアカペラ・コーラスが印象的。そしてこの曲でもウィーヴァーのシンセサイザーがときにオーケストラのように、ときにブラスのように響き渡る。このアレンジで聞かせる作品ともいえる。

 

[i] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1976.

[ii] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.392.

[iii] Ibid.