ビー・ジーズ1971(2)

『トラファルガー』(Trafalgar, 1971.11)

 『トラファルガー』は1970年代前半のビー・ジーズのアルバムのなかでベストの作品であるという評価に多くのファンが同意することと思う。バリーとロビンの黄金ライター・コンビが復活することで、前作よりもはるかに粒ぞろいの楽曲がそろい、充実したアルバムが完成した。

 しかしその一方で、いろいろと謎めいたところのある作品でもある。当初二枚組での発売が予定されていたともいい、歴史をテーマとしたコンセプト・アルバムとして構想されていたともいう。後者については、タイトルからしてそれを裏付けるし、そもそもアルバム・ジャケットがポーコックの「トラファルガー海戦」を使用している。ポップ・ロック・アルバムがジャケット・デザインにも凝るようになった動向の反映でもあるが、コンセプト・アルバムについては、そうはならなかった、というのが真相のようだ。

 確かに「トラファルガー」以外には、「ワーテルローに戻ろう」という曲が入っているほかは、とくに歴史にちなんだタイトルは見当たらない。これら2曲はいうまでもなくナポレオン戦争に関係するタイトルだが、「トラファルガー」の歌詞は、作者であるモーリスのコメントによると、実際は1805年のトラファルガー海戦とは関係なく、ロンドンのトラファルガー・スクェアで毎日時間をつぶす孤独な男をテーマにしたのだ[i]、という。とすると、ジョセフ・ブレナンが指摘しているように[ii]、「ワーテルローに戻ろう」のタイトルも1815年のワーテルロー会戦とは無関係で、ウォータールー駅(ロンドン)に歩いて帰るという意味なのだろうか。そのとおりなら、歌詞の最後の”You can get a good seat at the end.”はウォータールーがターミナル駅だから、好きな席に座れるよ、ということか。

 このような解釈が正しいとすれば、『トラファルガー』は、歴史事象をモチーフとみせかけて、実際は日常的な情景や場面をテーマにした楽曲集と見ることもできる。そうしてみると、”The Greatest Man in the World”も「歴史上の偉人」[iii]を連想させて意味ありげだが、同様のタイトルはほかにもある。「ボクはライオン(Lion in Winter)」は、明らかに1968年公開のピーター・オトゥールキャサリン・ヘップバーン主演のイギリス映画のタイトルから取られている[iv]が、同作品は12世紀のイギリス(イングランド)王ヘンリ2世とその家族との間の葛藤を描いた歴史映画だ。歌詞には”a star on a screen”という一節も出てくる。「イスラエル」は現在のイスラエル国家の礼賛歌のようにみえるが[v]、実は古代イスラエルのことかもしれない。18世紀のイギリスでは、自国を古代イスラエルのように神に選ばれた民の国とみなす時論が広まっていた[vi]、という。大英帝国の繁栄のおかげということだが、さすがに作者のバリー・ギブにそれほどの教養があるとも思えない[vii]。しかしいろいろと想像をめぐらせたくなるようなアルバムではある。

 もし『トラファルガー』がコンセプト・アルバムであるとすれば、本来オープニング曲は上記の「イスラエル」でラストが「ワーテルローに戻ろう」だったのではないか。どちらの曲も「歴史」が絡んだタイトルで、どちらもシンフォニックなストリングスがスケール豊かな、オープニングとエンディングに相応しい曲に思える。「傷心の日々」はヒット曲であるゆえに収録されたおまけの一曲という位置づけなのかもしれない。『トラファルガー』は曲数も曲順も制作途中で変動があったというが[viii]、最も収まりのよい構成は、(「傷心の日々」をA面ラストにして)「イスラエル」と「ワーテルローに戻ろう」を最初と最後に置く、というのではどうだろうか。

 ちなみに、1971年夏の日本では、映画『小さな恋のメロディ』の公開に伴い、シングル・カットされた「メロディ・フェア」が50万枚近くを売り上げる大ヒットを記録していた[ix]。そのあおりで、「傷心の日々」のほうはチャートにかすりもしなかったが、日本での人気の再燃はすさまじく、それが翌年の来日コンサートに繋がった。日本では1972年早々にリリースされた『トラファルガー』も、久々に「待望のニュー・アルバム」となった。

 

A1 「傷心の日々」

A2 「イスラエル」(Israel, B. Gibb)

 ゆったりとしたピアノのイントロから、バリーがソウル・ミュージック風に自在にメロディを崩しながら、次第にシャウトしていき、サビではオーケストラがシンフォニックに音を奏でる。タイプとしては「トゥ・ラヴ・サムバディ」だろうか。

 ティンパニ(ドラム?)が鳴るラストは、もう少し厚みが欲しかったが、バリーの単独作品ではベストの一曲と思う。「イズレイエ~」からのコーラスがとくに美しい。

 

A3 「グレーテスト・マン」(The Greatest Man in the World, B. Gibb)

 前曲とは打って変わって、物静かなバラード。全編ロマンティックでドリーミーなムードが漂う。恋人に向かって「僕が世界一の男になれば、世界最高の女の子を手に入れたと言えるね」、と語りかけるサビは、「寝ぼけてんのか」と言いたくなるが、注目はメロディのほうだろう。バリーのバカラック・シリーズ第二弾で、都会的なメロディはバックのストリングスと相まって、こちらも大変美しい。

 同じバラードでも、シングル・カットするなら(「過ぎ去りし愛の夢」より)本作のほうがよかったのではないだろうか。

 

A4 「ジャスト・ザ・ウェイ」(It’s Just the Way, M. Gibb)

 モーリスらしい手作り感満載の軽妙なフォーク・ロック。小味だが、彼の単独作のなかでも出色のメロディが聞かれる。中間部のギターを主にしたインストルメンタル・パートもビー・ジーズには珍しい。最後に浮かび上がってくるようなストリングスも美しい。

 

A5 「想い出」(Remembering, B. & R. Gibb)

 ロビンのソロ・ヴォーカル作品がようやく5曲目に登場する。語りかけるような冒頭から、重厚というか、重量感漂うベースに合わせて、ロビンがかみしめるように歌う。サビでは滝が落ちるような分厚いコーラスが押し寄せる、スケール豊かなバラードに仕上がっている。

 前作アルバムの「アローン・アゲイン」の続編的な曲だが、バリーとの共作でより深みが出たように感じられる。これもシングル向きといえる。ただし、こうしたブリティッシュ・ポップ風のバラードが当時のアメリカで受けたとは思えないが。

 

A6 「サムバディ・ストップ・ザ・ミュージック」(Somebody Stop the Music, B. & M. Gibb)

 本作では珍しいバリーとモーリスの共作。それだけに、よりリズミカルで軽快な曲になった。ヴァースはとくにしゃれたメロディだが、雰囲気はどことなく「ロンリー・デイズ」に似ている。コーラスでロック風の展開になるせいかもしれない。ファンキーなベースに乗ったスキャットから陽気なコーラス、最後の静かに遠のいていくハーモニーまで、凝った展開を見せる。

 

B1 「トラファルガー」(Trafalgar, M. Gibb)

 モーリスの単独曲がアルバムの表題曲になっているのには少々驚いた。

 こちらもモーリスの一人ビー・ジーズ的なフォーク・ロック・ナンバー。ヴォーカルにギターが呼応するヴァースのメロディに比べ、サビの「トラファルガ~」のリフレインがやや単調で物足りないのが惜しい。ロビンが得意とするトップから音が下がってくるメロディ進行だが、ロビンのような哀愁はなく、ドライなヴォーカルがモーリスらしいところでもある。

 

B2 「過ぎ去りし愛の夢」(Don’t Wanna Live Inside Myself, B. Gibb)

 アルバムからのシングル・カットで全米53位を記録した。イギリスではリリースされていない。53位に終わったから言うのではないが、シングル・ヒットを狙うには、やや重すぎたのではなかったか。

 「傷心の日々」以来、レコード会社はバラードしか求めなくなった、とバリーが語っていたようだが、また確かに『トラファルガー』はバラード・アルバムといってよい内容だが、シングル向きの曲は他にあったのではないかと思う。

 もちろんバリーのバラードが悪いわけもなく、アルバムの柱となる堂々たる大作である。静かなピアノのイントロから、バリーがここでもソウルフルなヴォーカルを聞かせる。激しいドラムスと張り合うようにシャウトする後半では、華麗なストリングスがいっぱいに広がり、圧倒される。しかし、いささか冗長なのも確かだ。

 

B3 「ホエン・ドゥ・アイ」(When Do I, B. & R. Gibb)

 バリーの大作の後は、ロビンが比較的軽めに流すように歌うポップ・ソングが続く。最初は重々しいギターで始まり、ヴァースのメロディもマイナー調だが、サビになると、何やら呑気な雰囲気に変わり、やたらと上下する、どことなくコミカルなメロディをロビンが飄々と歌う。ラストのストリングスは前作アルバムの「アイム・ウィーピング」のエンディングと同じだ。

 

B4 「可愛い君」(Dearest, B. & R. Gibb)

 伝統的あるいは、悪く言えば古臭いタイプのスロー・バラード。ピアノとストリングスだけをバックに、ロビンとバリーが交互にヴォーカルを取る。三拍子のヴァースと四拍子のコーラスを組み合わせた彼ららしい作品。

 サビのロビンの高音がやや苦しいが、曲は大変美しい。ありふれたバラードではあっても、こういった作品は彼らの独壇場といえる。これも中世風というか、そうした意味ではこのアルバムに相応しい。

 

B5 「ボクはライオン」(Lion in Winter, B. & R. Gibb)

 延々と続くイントロのドラム・ソロ(?)は、かつての「エヴリ・クリスチャン・ライオン・ハーテッド・マン・ウィル・ショウ・ユー」同様、ライオンの歩くさまをイメージしているのだろうか。

 「ボクはライオン」とは、可愛らしいというか、間抜けな邦題で脱力するが、前述のように映画『冬のライオン』から取られていると思われる。「イスラエル」などと同じく、ソウル風のナンバーだが、日本盤解説でも指摘されていたロビンのヴォーカルがあまりにもあんまりだった。酔いどれというか、よれよれというか、これでいい、という判断は誰が下したのだろう。いや誰もロビンに言えなかったのか。やはりこの時期のロビンは精神的にも不調だったようだ[x]

 しかし、最後のバリーとロビンの掛け合いを押し流すようにオーケストラがかぶさり、遠ざかっていくエンディングは素晴らしい。

 

B6 「ワーテルローに戻ろう」(Walking Back to Waterloo, B, R. & M. Gibb)

 ラストの「ワーテルローに戻ろう」はアルバム中のベスト・ナンバーであろう。

 切迫感を漂わせるピアノのイントロから、最初のヴァースをロビンが、次をバリーが取るが、コーラスの三人のハーモニーが圧倒的だ。曲も『オデッサ』の楽曲を思わせるクラシカルな大作風で、ビー・ジーズバロック・ポップの集大成といった趣がある。

 エンディングで三度繰り返されるコーラスとストリングスが一体となった奥行きとスケールは相当なもので、もはやプログレッシヴ・ロックといってもよさそうである。来日時のインタヴューで、バリーは好きな自作曲として本作と「可愛い君」を挙げていた[xi]

 

 『トラファルガー』はバラード・アルバムの秀作だが、その弊害も現れている。初期のアルバムに見られた瑞々しさと躍動感が失われていることだ。瑞々しさが薄れたのはやむを得ないが、あまりにも落ち着きすぎたサウンドやヴォーカルは、とうていロックとはいえず、かといって70年代ポップのアルバムとしてはアダルトな魅力に欠けるという結果になっている。そのなかで、何とかロックのビートを感じさせるのがモーリスの作品だった、といえる。

 『トラファルガー』の収録時間は47分を越えるが、実は二枚組の『オデッサ』を除けば、40分を越えるアルバムはこれまでなかった。バラード主体であることが要因であるし、じっくり聞かせるためには相応の時間が必要だったともいえるが、やはり少々長すぎただろうか。「傷心の日々」を外すわけにはいかなかったのだろうが、アルバムのまとまりを考えれば、「イスラエル」で始まり、「ワーテルローに戻ろう」で終わる11曲収録のほうがよかったのではないか、と改めて思う。

 

[i] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.311-12.

[ii] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1971. モーリスも、いずれの曲も歴史とは無関係だと発言している。The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.312.

[iii] 同じタイトルの小説がジェイムズ・サーバーにあるが、これが発想のもとになっているのだろうか。同短編小説は、1927年のチャールズ・リンドバーグによる大西洋単独無着陸飛行をモチーフにしているらしい。ジェイムズ・サーバー「世界最大の英雄」(The Greatest Man in the World)『虹をつかむ男』(早川書房、2014年)、27-42頁。

[iv] もともとは1966年のブロードウェイ演劇だったそうだが、ギブ兄弟が見たとすれば、多分映画版のほうだろう。同映画には、後に『羊たちの沈黙』(1991年)のレクター博士役で有名になるアンソニー・ホプキンスがヘンリ2世の次男リチャード(後の獅子心王リチャード1世)に扮している。

[v] ブレナンは”enigmatic”と言っている。Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1971.

[vi] リンダ・コリー(川北稔監訳)『イギリス国民の誕生』(Linda Colley, Britons: Forging the Nation 1707-1837, Yale University, 1992, 名古屋大学出版会、2000年)、33-47頁。

[vii] しかし、「ライオン・ハーテッド・マン」は、バリーがローマを旅行しているときに、ローマ帝国を扱った映画に相応しい曲を、と思って書いた、というから、やはり歴史への興味はあったらしい。To Love Somebody: The Songs of the Bee Gees 1966-1970 (Ace Records, 2017), p.9.

[viii] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1971.

[ix] 『1968-1997 Oricon Chart Book』(オリコン、1997年)、276頁。Craig Halstead, Bee Gees: All the Top 40 Hits (2021), p.71. 後者はオリコン・チャートをきちんとチェックしているらしく、最高位(3位)より、34週間もチャート・インしたことを強調している。

[x] 1972年の来日時の記事を参照。『ミュージック・ライフ』1972年5月号、101頁。Cf. Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1971.

[xi] 『ミュージック・ライフ』1972年5月号、99頁。