ニコラス・ブレイク『死の殻』

(本書の真相、トリック等のほかに、注で、エラリイ・クイーンおよび横溝正史の長編小説に言及しています。)

 

 処女作『証拠の問題』で学園ミステリに取り組んだブレイクの第二作『死の殻』[i]は、こちらもイギリス・ミステリ伝統のカントリー・ハウスものに分類されている[ii]

 第一次大戦でイギリス空軍に所属してドイツと戦い、伝説の撃墜王と謳われたファーガス・オブライエンが、何者かから三通の脅迫状を受け取る。手紙には、クリスマスが過ぎた後にオブライエンの命を奪う、と予告されていた。相談を受けたスコットランドヤード警視監のジョン・ストレンジウェイズ卿は、甥のナイジェルをオブライエンの住むサマセットの屋敷に派遣する。そこには、オブライエンによって砂漠の遭難から命を救われた冒険家のジョージア・キャヴェンディッシュとその兄エドワード、オブライエンの愛人ルシーラ・スレイル、ルシーラの元愛人シリル・ノット-スローマンといった、いわくありげな人たちが招かれていた。殺人予告状は、オブライエンが開くクリスマス・パーティに言及しており、犯人は招待客のなかに潜んでいる可能性が高いとわかってくる。警戒するオブライエンは、わざわざ屋敷の寝室から、深夜、別棟の小屋に寝床を移して襲撃に備えていたが、クリスマスの翌朝、ナイジェルが小屋に向かうと、前夜に降り積もった雪の上に、小屋まで一筋の足跡のみが残されている。中には、自分の銃で胸を撃ち抜かれたオブライエンの死体が横たわっていた。

 犯人の足跡が見つからないという不可能犯罪のトリックは、しかし、ほどなくして、後ろ向きに歩いて小屋から逃れた、という安直な解決が提示され、読者を白けさせるが、この後、今度は、胡桃が大好物のノット―スローマンが殻に仕込んだ青酸を飲んで毒死してしまう。その前にはオブライエンの従者だった男が頭を殴られて人事不省になる事件が起こっており、事態はいよいよ混迷の度を深めていく。

 タイトルは、胡桃の殻に毒を入れるというトリックをもじっているが、同時に文学派のブレイクらしく、シリル・ターナーという劇作家の作品からの引用に基づいている。他にも、シェイクスピアを始めとして、登場人物がめったやたらと文学作品からの警句を口ずさむなど、詩人ミステリ作家の面目躍如たるものがある。

 しかし、本作で目立つのは、ナイジェル・ストレンジウェイズと、スコットランドヤードのブラント警部との間の推論の応酬である。本書を読み直して改めて思ったのは、ニコラス・ブレイクという作家の、詩人らしからぬ(というのは偏見かもしれないが)理屈好きの一面である。ひとつの推理が示されるたびに、それと異なる複数の可能性が持ち出されるといった具合で、芸術家というより学者タイプの作家という印象なのだ。エラリイ・クイーンのような、あっといわせる意外な推理ではないが、ああでもない、こうでもない、と、しつこいぐらいに論証を重ねていく。本当にこの人はパズル・ミステリが好きらしい。

 もっとも本書の目玉は、その思い切った真相にある。必ずしも独創的というわけでもないが、ブレイクの文学派ミステリ作家というイメージからすると、思いのほか大胆なアイディアを用いている。

 要するに、オブライエンの死は自殺によるもので、ノット―スローマンの殺害は生前に仕掛けておいたもの。従僕の襲撃はノット―スローマンとスレイルが示し合わせて実行したものである。とはいえ、さほど意外な真相とも思えないのは、殺人と見せかけた自殺のアイディアは1930年代でもすでにパターン化していたし、また、オブライエンは病により余命いくばくもないという重要な情報が、割合早くから提出されているからである。

 それでも自殺の動機が、かつて自分が愛した女性を死に追いやった男(エドワード・キャヴェンディッシュ)に復讐するためで、相手を脅して、逆に反撃されて殺されたように見せかけるという犯罪計画は、パズル・ミステリとしても、かなり強引で現実離れしている。何年も時間がたってから復讐を実行した動機については、ジョージアを救出したことで、復讐相手のエドワードに巡り合ったから、と一応説明がつけられているが、偶然の度が、やや過ぎるようだ。ついでだが、この「殺人を目的とした自殺」というアイディアは、我が国では、横溝正史の有名な長編ミステリ(注で作品名を挙げているので、ご注意ください)[iii]がある。

 かなり無理のある構想とはいえ、殺害予告は自殺を殺人と見せるため、探偵を派遣するよう依頼したのは、一見自殺と見えるオブライエンの死を殺人であると証明させるため、と、ミステリとしての組み立ては、かなり念入りに考えられている。作者としては、主人公の探偵であるナイジェルに、一旦は、これは殺人だ、と推理させることで、読者の目を自殺からそらせようとしたのだろうが、そううまくだまされてくれるだろうか。同じようなアイディアの長編ミステリが、エラリイ・クイーンにあるので(前に同じ)[iv]、なおさら、そう思う。しかも、犯人の立場になって考えると、意図して探偵を呼び寄せているので、実際そうなったように、名探偵によって真相が露見してしまう可能性を想定していなかったのかしら、とも思う。

 最終的なナイジェルの推理は、オブライエンとキャヴェンディッシュの性格分析によるもので、この辺は前作と同様、心理的探偵法と観察に基づく手掛かりの解釈という従来型の推理法を組み合わせている。最後にキャヴェンディッシュが逃走して、自ら命を落とすのは、因果応報というか、ややご都合主義的な結末のように見えるが、犯人の命を賭した復讐を悲劇として描きたいという、こちらもブレイクらしい締めくくり方といえるかもしれない。

 

[i] 『死の殻』(大山誠一郎訳、創元推理文庫、2001年)。

[ii] 同、「訳者あとがき」、341頁。

[iii] 横溝正史『本陣殺人事件』(1946年)。

[iv] エラリイ・クイーン『シャム双子の謎』(1933年)。