ビー・ジーズ1991

ビー・ジーズ「シークレット・ラヴ」(1991.3)

A 「シークレット・ラヴ」(Secret Love)

B 「トゥルー・コンフェッションズ」(True Confessions)

 アルバムを参照。

 

ビー・ジーズ『ハイ・シヴィライゼーション』(High Civilization, 1991.4).

 1991年4月、1990年代になって最初の、そして通算17枚目のオリジナル・アルバム『ハイ・シヴィライゼーション』が英米で発売された。CD仕様でリリースされた初めてのアルバムでもあった[i]。収録時間にも余裕ができたせいか、11曲で何と60分を越える。ダブル・アルバムの『オデッサ』(1969年)とほとんど変わらない。せいぜい40分前後のLPレコードに慣れた耳には、結構こたえる。体力もいる。恐ろしい時代になったものだ(と、当時は思った)。その代わり、前作に付いていたボーナス・トラックはなし。おまけなしで、何だか損した気分?

 アルバム・ジャケットを見ると、ボーナス・トラックがない理由が何となくわかった。現代アート風というか、コラージュによるデザインで、ギブ兄弟三人の背後に、ビッグ・ベンやら、古代の石像やらが雑多にはめ込まれていて、他にエジプトのピラミッドやジェット戦闘機にコンドル、電気コードに黄金のキューピッドがフロッピー・ディスクを持っている。手前には殺到する群衆、という意味ありげな(そして実際には大した意味はなさそうな)ジャケットで、収録されている楽曲タイトルが「ハイ・シヴィライゼーショ(高度文明)」、「ダイメンションズ(多元世界)」、「ヒューマン・サクリファイス(人身御供)」、「トゥルー・コンフェッションズ(真実の告白)」、「エヴォル―ション(進化)」という具合。いかにも、やってやろうと言わんばかりのコンセプト・アルバムらしいが、しかし、そのなかには「シークレット・ラヴ」、「ハッピー・エヴァー・アフター(その後ずっと幸せに)」、「ジ・オンリー・ラヴ」などといった曲名が混じり、どうせトータル・アルバムなんていっても、いつも中途半端になるんだから、よせばいいものを、とつぶやいたのを思い出す。

 ところが、ジョセフ・ブレナンの分析を読むと、本当に(?)コンセプト・アルバムなんだという。確かに、日本版解説で矢口清治氏が、「愛の歌をより普遍性のあるメッセージ・ソングへと昇華させる術」[ii]を確立した、といった評価を述べていて(ファンの口から言うのもなんだが、ほめ過ぎじゃない)、「エヴォルーション」などの楽曲を指してのことなのだろうが、何かしらのテーマがありそうな見た目ではあった。ブレナンによると、本作のテーマは、「秘密の恋」で、それは主人公の頭の中にだけあるものかもしれず、相手の女性に対してさえ隠されたもので(要するに片思い?)、夢とも現実ともつかないものとして描かれる。すべての曲はこのテーマに沿って首尾一貫したものとして書かれており、唯一コンセプトと矛盾するかに見えるタイトル曲(とアルバム・ジャケット)も、彼が得たいと思っていたすべてがバラバラに崩壊してしまう、この現実の世界に対する怒りを表現しているのだという[iii]。えっ、てことは、つまり、サイコパスのストーカーによる純愛楽曲集というわけ?驚きいった話だ。しかし、だとすると、ついにビー・ジーズは最初にして最後のコンセプト・アルバムの完成にこぎつけたということになるのか。何と、素晴らしい!・・・のか?

 なるほど、歌詞を見ても、従来に比べて語数も多く、ストーリー性を感じないでもない。しかしまあ、この時期、兄弟は全員40歳を越えて、より思索的で内省的な歌詞を書いても不思議ではない年齢である。いつまでも「ぼくの世界はぼくらの世界。この世界は君の世界。君の世界はぼくの世界で、ぼくの世界は君の世界で、そしてぼくの世界」(My World, 1972)などと歌っている場合ではない。

 サウンド面に目を向けると、『E・S・P』、『ONE』と続くロック路線をさらに強化したかたちで、ビー・ジーズ全作中、もっともハードなアルバムと言ってよい。エンジニアは、プリンスなどを手掛けたフェミ・ジヤで、強烈なビートと鋼のようなパーカッションの響きは、確かに80年代前半までのビー・ジーズには見られなかったもので、90年代に即応しようとした試みであることはわかる。少なくとも、本アルバムの楽曲とはうまくフィットしているようだ。だが、これがビー・ジーズ本来の魅力であるかどうかは、意見が分かれるだろう(というより、古株のファンからはそっぽを向かれそうだが)。

 ともあれ、これが世紀末(turn of the century)に向かうビー・ジーズの音楽だった。

 

1 「ハイ・シヴィライゼーション」(High Civilization, B, R. & M. Gibb)

 「ユー・ウィン・アゲイン」のイントロを二段重ねにしたような迫力のサウンドから、ロビンの強力なハイ・トーンのヴォーカルで始まるタイトル・ナンバー。ブレナンの分析によらずとも、これみよがしに、やったるぜ、といった雰囲気のシリアスなメッセージ・ソング(のようだ)。ブレナンが示唆するように、バリーが歌う「アフガニスタン」や「イラン」といった地名(他に、ニュー・ヨークやパリ、東京も出てくる)が、1990年代という時代を感じさせる。

 いずれにしても、激しくテンポ・チェンジするサビは、メロディを聞かせようなどという気は一切なさそうで、古くからのファンにしてみれば、あまり受け入れたくない作品だろう。ビー・ジーズの挑戦と変化を認めないのか、と非難されるかもしれないが、彼らの曇りのない明朗なコーラスは、社会的なメッセージとはあまり相性がよくない。無理しないほうがいいですよ、としかいうべき言葉がない。

 

2 「シークレット・ラヴ」(Secret Love, B, R. & M. Gibb)

 本アルバムでただ一曲の会心作で、これぞビー・ジーズ、というべき作品。

 言うまでもなく、「チェイン・リアクション」をベースにしたモータウン風のブリティッシュ・ポップで、ヴァースからコーラス、コーラスからブリッジまで、キャッチーでセンチメンタルなメロディの連続は、「ユー・ウィン・アゲイン」以上にビー・ジーズの魅力を伝えてくれる。

 1991年のアルバムで、こんな60年代のようなポップ・ソングをやってどうする、という批判もあろうが、これだけ聴き手の感情を無条件に揺さぶるメロディはそうは書けない。コマーシャルではあっても、決して安手でも下卑てもいない。小体だが工芸品のような見事なポップ・ソングである。

 イギリスで3月に発売された最初のシングルで、チャート5位を記録するヒットとなった。これで、彼らは、60年代から90年代まで、四つのディケイドでトップ・テン・シングルを出したことになる(60年代、70年代、80年代ではナンバー・ワンを記録している[iv]。)

 

3 「ホエン・ヒーズ・ゴーン」(When He’s Gone, B, R. & M. Gibb)

 タイトル曲に続いて、ロビンの力強いヴォーカルで幕を開ける。前作の「ボディガード」のような艶のあるヴォーカルとはまた異なるが、あの60年代にそうであったように、ロビンの声の魅力が、ビー・ジーズ作品の欠かせない要素として再び真価を発揮し始めたことを強く感じさせる。

 楽曲自体は、キャッチーなサビのメロディもなかなか引きつけるし、エンディングのアラン・ケンドールのギターも快調だが、傑作というには、もうひとつ何かが足りないようだ。それに最後、延々と続くインストルメンタル・パートは、ビー・ジーズらしからぬ展開だが、新鮮というより、やっぱり長すぎる?

 

4 「ハッピー・エヴァー・アフター」(Happy Ever After, B, R. & M. Gibb)

 南国風の、どことなく「スピリッツ(・ハヴィング・フロウン)」(1979年)を思わせるバラード。とはいっても、70年代後半に顕著だったカリビアン風ではなく、ハワイアン風?タヒチかどこかのパシフィック・オーシャンズ・リゾート・ソングといったところか。

 ものものしいメッセージ・ソング風ロックで始まった本アルバムだが、「シークレット・ラヴ」や本作のような、ごく普通のラヴ・ソングが続いて、「どこがコンセプト・アルバムやねん!」と最初聞いたときに思ったが、ブレナンの解説では、これもテーマを構成する重要なピースらしい。

 バリーの歌うメロディは、何となくはっきりしない、変なところで上下する印象だが、サビのコーラスは昔と変わらぬ厚みと深みで包み込んでくれる。90年代版「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ」のようでもある。

 

5 「パーティ・ウィズ・ノウ・ネイム」(Party With No Name, B, R. & M. Gibb)

 相変わらずのバリーのぼそぼそ・ヴォーカルで始まるソウル・ロック風の曲。

 この手のダンス・ビート・ナンバーは、『E・S・P』以降おなじみだが、本作では、この後、このスタイルの楽曲が中心になっていく。それにしても強烈なパーカッション・サウンドで、耳がジンジンする(音を下げろって?)

 サビのコーラスはとっつきやすく覚えやすいメロディだが、全体としては、前作から続くスタイルで、あまり新しさは感じられない。

 

6 「ゴースト・トレイン」(Ghost Train, B, R. & M. Gibb)

 「幽霊列車」とか、赤川次郎ですか?(若い人には、ピンと来ないか。)

 トレインがテーマというと、ビートルズの「ティケット・トゥ・ライド」は別として、モンキーズの「恋の終列車」、1910フルーツガム・カンパニーの「トレイン」、ELOの「ラスト・トレイン・トゥ・ロンドン」など、軽快なリズムの曲が多いが、本作も、流れるようなテンポのポップな曲で、ロビンによる「ゴースト・トレインに乗り込め」のサビが気持ちよい。

 CD仕様といっても、この曲などは、いかにもB面1曲目といったイメージで、このアルバムのなかではシングル向きと思える。

 

7 「ダイメンションズ」(Dimensions, B, R. & M. Gibb)

 モーリスのリード・ヴォーカルの「ダイメンションズ」は、「パーティ・ウィズ・ノウ・ネイム」や、この後の「ヒューマン・サクリファイス」などと同傾向のソウル・ダンス・ナンバー。

 「いつお前の次元にたどり着けるのかな」というサビのメロディはなかなかキャッチーだが、これらの楽曲はいずれも同じタイプで、コーラスも似たような印象で、どうも見分けがつけにくい。

 

8 「ジ・オンリー・ラヴ」(The Only Love, B, R. & M. Gibb)

 バリーらしい堂々たるバラードで、従って、「ハッピー・エヴァー・アフター」などとともに、本アルバムのなかでは浮いた印象の曲。

 ビー・ジーズのバラードだから、もちろんメロディは魅力的だが、最高の出来というにはだいぶ物足りない。「ぼくに生き続けろなんて、どうして君はそんなことが言えるのだろう」というサビのメロディは、なかなか素敵なのだが、もうひとつ、こちらが期待するとおりには進んでいかないようで、もうひと捻りというか、完璧に締めくくるには一歩足りていないようなもどかしさが残る。

 

9 「ヒューマン・サクリファイス」(Human Sacrifice, B, R. & M. Gibb)

 ここからラスト3曲は、似たような雰囲気の楽曲が続く。ミスティックというか、「ゴースト・トレイン」にも見られたような神秘的ないし幻想的な雰囲気で、『E・S・P』あたりから目立つようになったスタイルだ。

 構成やアレンジも、前述の「パーティ・ウィズ・ノウ・ネイム」などと同傾向で、いささかマンネリ気味。しかし、これらの楽曲が本アルバムの基本スタイルなのだろう。

 

10 「トゥルー・コンフェッションズ」(True Confessions, B, R. & M. Gibb)

 前曲を引き継いで、メドレーを意図しているのかもしれないが、重々しいイントロに比して、楽曲本体は少し軽めで軽快なテンポのソウル・ポップ。

 「君の真実の告白とやらを信じたとしても、それでうまくいくわけもない。きみは最後にはぼくを傷つける」というサビのコーラスはソウル風味が強めだが、メロディは本アルバムのなかでは上の部類に属する。「シークレット・ラヴ」を除けば、ベストの一作といえるのではないだろうか。

 

11 「エヴォルーション」(Evolution, B, R. & M. Gibb)

 ラストも割と軽めのアップ・テンポのナンバーで、締めくくりの楽曲としては、かなり地味な作品だ。

 「それは進化の一形式。それはひとつの変化」というコーラスは、それなりに印象的で、「ハッピー・エヴァー・アフター」や「ジ・オンリー・ラヴ」のような、もどかしさの残るバラードよりも完成度は高いだろう。

 ただし、アルバムのエンディングに相応しいかと問われると、割とあっさりしたアレンジで、思ったよりも物静かなエンディングである。フェイド・アウトしていくサビのメロディはなかなかよいが。

 

 『ハイ・シヴィライゼーション』は、ビー・ジーズのアルバムのなかで、断トツで「もっとも聞く気にならないアルバム」に認定していたが、今回聞き返して、そこまでとは思わなくなった。「シークレット・ラヴ」と「トゥルー・コンフェッションズ」が収穫だという考えは変わらないが、「ハッピー・エヴァー・アフター」なども、思っていたよりも印象がよくなった。

 とはいえ、このビートを強調したハードな路線がビー・ジーズにとって最適な選択だったのか、というと疑念が残る。というか、次回作は、よりポップなスタイルに回帰した『サイズ・イズント・エヴリシング』なので、今さら疑念を抱いたところで後の祭り、無意味なのだが。従って、ビー・ジーズの発作的なビート追及路線は本作でおしまい。以後、ビート・ナンバーを含みつつ、再びポップ・ソング・アルバムが最終作の『ジス・イズ・ホェア・アイ・ケイム・イン』(2001年)まで続くことになる。

 

[i] Melinda Bilyeu, Hector Cook and Andrew Môn Hughes, The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb (New edition, Omnibus Press, 2001), p.597.

[ii] ビー・ジーズ『ハイ・シヴィライゼーション』(1991年)。

[iii] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1990.

[iv] 1960年代は「マサチューセッツ」と「獄中の手紙」、70年代は「ナイト・フィーヴァー」と「トラジディ」、80年代は「ユー・ウィン・アゲイン」。