ビー・ジーズ1974

「ミスター・ナチュラル」(1974.3)

1 「ミスター・ナチュラル」(Mr. Natural, B. & R. Gibb)

 「ひとりぼっちの夏」以来のシングルは、案の定惨敗に終わった。それでもビルボードでは93位となり、1967年から8年連続で全米シングル・チャートにランク・インする記録は継続した。これはビートルズを上回る、・・・などと言っている場合ではない。

 「ミスター・ナチュラル」は、ビー・ジーズのシングルのなかで最も形容に困る作品のひとつである。当時の彼らの迷いが曲に反映した結果とも取れる。ヘヴィーなベースのイントロから、ラウドなギターをバックにロビンが歌い始めるが、この段階からすでにどのように展開していくのか見当もつかない。いつもの曲に比べるとメロディアスとは言えないが、かといってキャッチーなフレーズも見当たらない。ロック志向が強まったのは確かだが、「希望の夜明け」のフォーク・ロックとも違う。カントリー風ではあるが、サビの”Mr. Natural, come on baby”から突如ソウル風に変わる。カントリーがソウル・シンガーに歌われることも、その逆もめずらしくはないが、カントリーともソウルともつかない、あるいは歌っている彼らもロックなのかポップなのか決めかねているような微妙な雰囲気は、ある意味斬新ではあった。あえて、この時期から一般的になったスタイルでいえば、パワー・ポップだろうか。

 とはいえ、サビでロビンからバリーへと歌い継がれるあたりの熱気には引き込まれる。一気呵成に最後までなだれ込む展開も捨てがたい。

 

2 「マター・マッチ・トゥ・ミー」(It Doesn’t Matter Much to Me, B, R. & M. Gibb)

 幻のアルバムA Kick in the Head Is Worth Eight in the Pantsのためにレコーディングした曲をリメイクしたものだという。原曲がどうであったかは知らないが、リメイク版は『ミスター・ナチュラル』に相応しいソウル・ポップ調の作品。雰囲気はだいぶ異なるが、ビートルズの「ドント・レット・ミー・ダウン」に曲やアレンジは似ている。

 この時期の悪い癖で、ロビンのヴォーカルは悲壮感が目立つが、全体としては、なかなか快調な出来で、曲も悪くない。それでも完璧に仕上がったという感じがしないのは、やはり試行錯誤が続いていた影響なのだろう。

 

「幸せの1ペンス」(1974.6)

1 「幸せの1ペンス」(Throw A Penny, B. & R. Gibb)

 アルバム『ミスター・ナチュラル』からの先行シングル第二弾は、前作をややマイルドにしたパワー・ポップとなった。静かなイントロから、抑え気味のバリーのヴォーカルが一転パワフルになり、ロビンのサビへつながる展開はいつも通りだが、イントロなどはカーペンターズを意識したかのような印象だ。スローな中間部を挟む構成は、翌年の「ブロードウェイの夜」に繋がっていく。

 「ミスター・ナチュラル」よりも狙いははっきりしているし、サビのメロディも魅力的だが、アメリカのみの発売で、チャートではランク外と、どん底状態はまだまだ続く。

 

2 「アイ・キャント・レット・ユー・ゴー」(I Can’t Let You Go, B, R. & M. Gibb)

 珍しくエレクトリック・ギターで始まり、バリーの余裕しゃくしゃくといったヴォーカルが貫録を感じさせる。ギターのイントロやアメリカ西部を思わせる曲調のせいか、イメージはイーグルスといったところか。

 メロディは、ある意味こちらの予想通りというか、期待通りに流れるように展開し、気分よくさせてくれる。どこにでもありそうなメロディだが、非常にスムーズで、ちょっと彼らとしては珍しいタイプの曲かもしれない。後の『リヴィング・アイズ』(1981年)の「ビー・フー・ユー・アー」が、曲調は異なるが、似た雰囲気をもっている。

 

〔10〕『ミスター・ナチュラル』(Mr. Natural, 1974.7)

 『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』の不調とA Kick in the Headの発売中止があり、1973年のビー・ジーズは、1月以降、ほとんどレコーディングを行わなかったらしい[i]

 この間、ナイト・クラブなどで往年のヒット曲を演奏するほかオファーもなくなり、最悪の時期だった、というバリーやロビンの発言も残されている[ii]。この年、翌年と三年続けて来日を果たし、一定の人気は継続していたが、声がかかるならどこへでも、という状態だったのだろう。

 『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』から1年ほどして、『ミスター・ナチュラル』が発売されたとき、間に、ピアノ・バラードを中心としたブリティッシュ・ポップ色の強いA Kick in the Headがあったことを知らなかったので、同じアメリカ志向ながら、ウェスト・コーストからニュー・ヨークに、サウンド・チェンジをはかったものと受けとった記憶がある。ナイト・クラブの「どさまわり」を含めて、そこまで迷走し、追い込まれているとまでは想像していなかった。

 敏腕プロデューサーのアリフ・マーディンとのコラボレーションも苦慮の一策だったわけだが、翌年のカム・バックがあまりにも劇的だったので、当時の彼らの心中は彼ら自身にも本当のところはわからないのかもしれない。

 マーディンのほか、ギターのアラン・ケンドールにドラムのデニス・ブライオンが加わり、1975年以降の最強バンドのメンバーがほぼそろう。あとはキーボードのデレク・「ブルー」・ウィーヴァーを待つばかり。『ミスター・ナチュラル』は全米最高位178位、全英ではランク外と、最低記録を更新し続けていたが、収録曲について言えば、翌年の『メイン・コース』と比べてもそん色ない。むしろ聞き終えた後の満足感では上回るとさえ思える。しかし、売れなかった理由もよくわかる。1曲のヒット、それがすべてを変えるということを、これほど明白に示している例もないだろう。

 

A1 「シャレード」(Charade, B. & R. Gibb)

 メイク・ラヴの歌、というのがモーリスのコメントだが[iii]、まるでロマンス映画の主題歌のようなスロー・バラードで『ミスター・ナチュラル』は幕をあげる。実に古臭い。こんなありきたりのバラードを1曲目に据えて、シングル・カットまでするとは、1974年という時期にヒットを出す気があるのか、まったく疑わしい。

 そうはいっても、曲自体が悪いわけではない。エレクトリック・ピアノのロマンティックなイントロから始まるスタイルは、3年後の「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ」につながっている。サビのロビンの歌うメロディも、ムーディーなクラリネットのソロも耳馴染みがよい。しかし素材も調理の仕方もよいのに、全体の仕上がりが物足りないのはなぜだろう。1970年代という時代にそぐわないのと、あまりにも手慣れた感じがするせいだろうか。

 

A2 「幸せの1ペンス」

A3 「ダウン・ザ・ロード」(Down the Road, B. & R. Gibb)

 「幸せの1ペンス」からメドレーで「ダウン・ザ・ロード」へと続く。『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』の「希望の夜明け」から「アイ・ドント・ワナ・ビー・ザ・ワン」への流れと一緒だが、こちらのほうがメドレーとしては成功している。

 1曲目とラストの曲を除くと、『ミスター・ナチュラル』はロック色が強い-最初と最後がバラードなのは、構成上の工夫なのだろうか-が、この曲はもろロックン・ロールだ。思えば、『ファースト』の「イン・マイ・オウン・タイム」から、「アイディア」を経て、「バック・ホーム」、「悪い夢」と、ロックン・ロールを1曲アルバムに入れるのが恒例になっていたが、本作はその集大成ともいえる。『ミスター・ナチュラル』の演奏面での特徴はギターとキーボードにあるが、この曲でもアラン・ケンドールの存在が目立っている。

 ヴァースのメロディはそれほどでもないが、とにかくサビのコーラスが素晴らしい。結局、ロックをやってもコーラス主体になってしまうのが彼らの限界でもあるが、「ダウン・ザ・ロード」では、コーラスのスリルとドライヴ感がこれまでとは段違いだ。1977年の初のライヴ・アルバムに収録されたのも納得できる出来栄えである。

 

A4 「愛の歌声」(Voices, B, R. & M. Gibb)

 ロックおよびソウル志向の『ミスター・ナチュラル』にあって、ほぼ唯一ブリティッシュ・ポップ調の曲。

 アコースティック・ギターに続いてロビンのか細いヴォーカル。哀愁をおびたスキャットのコーラス。サビは単調ともいえるメロディにメロトロンがかぶさって、ラストは”Na na na”のスキャット・コーラスがどこまでも繰り返されてフェイド・アウトしていく。いかにもといった感じのビー・ジーズであり、いまさら聞き飽きたともいえるお馴染みのスタイルでもある。

 しかし、これがビー・ジーズであることも事実だ。『ミスター・ナチュラル』は、アメリカン・ロックとソウル・ミュージックをこれまで以上に大胆に取り入れた、新生面を切り開くべき野心的なアルバムだったことに間違いない。が、それでもやはり「愛の歌声」はビー・ジーズの何が聴き手を引きつけるのか、を端的に示している。

 

A5 「ギヴ・ア・ハンド、テイク・ア・ハンド」(Give A Hand, Take A Hand, B. & M. Gibb)

 1969年にバリーとモーリスが作った曲で、P. P. アーノルドやステイプル・シンガーズがカヴァーしており(1971年)、いわばセルフ・カヴァーに当たる。

 本アルバムでは、モーリスに代わってジェフ・ウェストリーがピアノを担当しているが、そのピアノに乗って、バリーがソウルフルなヴォーカルを聞かせる。もともとゴスペル調の曲だが、やや重くなりすぎたか。コーラス・ハーモニーは迫力満点だが、冗長にも取れるのは、彼ら向きではないということだろうか。

 この曲あたりから、『ミスター・ナチュラル』はソウル色が強まってくる。

 

B1 「ドッグ」(Dogs, B. & R. Gibb)

 完成度では、本アルバム中、髄一の出来。

 ここでもウェストリーの流麗なタッチのピアノをバックに、バリーが吹っ切れたようなヴォーカルを聞かせる。サビのコーラスはまるでスタイリスティックスのようだが、この曲の雰囲気は次作以降のソウル・ダンス・ミュージックに直接するものだ。謎のタイトルと歌詞だが、”All my dogs need a friend.”の畳みかけるラストまで、メロディもアレンジも間然するところがない。

 この曲こそシングル・カットすればよかったのに、とは多くのファンが同意するところだろう[iv]

 

B2 「ミスター・ナチュラル」

B3 「失われた愛」(Lost in Your Love, B. Gibb)

 「ギヴ・ア・ハンド、テイク・ア・ハンド」とこの曲とは、レコーディング・セッションの最後、1974年1月にニュー・ヨークのアトランティック・レコーディング・スタジオで録音されたらしい[v]

 アリフ・マーディンをプロデューサーに迎えた効果が十全に発揮されている。毎度おなじみの8小節×2を延々繰り返すバリーお得意のパターンだが、四分の三拍子のワルツ形式で、ここでもウェストラーの軽やかなピアノに合わせて、ソウルフルな歌声で徐々に盛り上げていく。ラストのストリングスも美しい。

 

B4 「アイ・キャント・レット・ユー・ゴー」

B5 「重苦しい息」(Heavy Breathing, B. & R. Gibb)

 これもソウル調だが、ここまでリズム・アンド・ブルース色の濃い作品はめずらしい。サビのメロディはそれなりに印象的だが、それ以外はバリーがシャウトしまくって、ジェイムズ・ブラウンを手本にしたかのようだ。

 いかにもニュー・ヨーク録音と思わせるが、意外なことにロンドンのIBCスタジオでの収録で、アルバム中もっとも早く1973年11月に録音された[vi]、という。

 

B6 「昨夜の愛」(Had A Lot of Love Last Night, B, R. & M. Gibb)

 最後はゴスペル調というより、讃美歌のようなスロー・バラード。三人のハーモニーが何よりも素晴らしいが、バリーの歌うヴァースのメロディも美しい。

 ありふれたバラードと言ってしまえばそれまでだが、ビー・ジーズとしてはそれまでになかったタイプの曲だろう。アメリカ的と言えようか。もっとブリティッシュ・ポップ風だが、ポール・マッカートニーの「ウォーム・アンド・ビューティフル」(1976年)を思わせる。

 イギリスのソング・ライターがときどき書いてみたくなるような曲ということだろうか。

 

シャレード」(1974.8)

1 「シャレード

2 「重苦しい息」

 『ミスター・ナチュラル』からのシングル・カット第三弾は「シャレード」。ビー・ジーズ以外の誰もが予想した通り、まったく売れなかった。ジョゼフ・ブレナンは、”None of these singles went anywhere.”[vii]と評しているが、実にうまい表現だ。

 1974年の全米ヒット・チャートを席巻するとは到底思えないレコードだが、彼らなりに自信があったということなのだろうか。むしろAB面を入れ替えたほうが、少しは話題になったかもしれないが、そこまでの冒険にはまだ踏み切れなかったのだろう。

 

[i] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1973.

[ii] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.341-42.

[iii] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990 (1990).

[iv] 実際に、シングル・カットされる予定、との記事を見かけた覚えがある。

[v] Joseph Brennan, Gibb Songs, Version 2: 1974.

[vi] Ibid., 1973.

[vii] Ibid., 1974.