Bee Gees 1968(4)

〔3〕『アイディア』(Idea, 1968.8)

 『ホリゾンタル』から半年という早いペースで3枚目のアルバムがリリースされた。この時期は曲のタイトルもそうだが、アルバムも単語ひとつのタイトルが、次の『オデッサ』まで続く。全12曲、前述のように、後にシングル・カットされる「ジョーク」を除き、シングルA面を収録せずに構成されている。

 アルバム・ジャケットもちょっと変わっていて、日本盤でも使われたアメリカ盤ジャケットは、再びクラウス・ヴォアマンを起用し、5人のメンバーの顔の一部ずつをコラージュして一人の顔にするという、少々不気味なデザインだった。もっとも、出来上がった顔は明らかにバリー・ギブだったが・・・[i]。一方、イギリス原盤は、青いバックに電球の写真というシンプルなもの。底部のねじの上の箇所にメンバーの写真が小さくはめこまれている。明らかに、タイトルに引っ掛けた「アイディア」(ひらめいた!というわけだ)だった。日本では、再発売の際に、こちらのジャケットが使用された。

 アルバムのテーマは「ロマンティック」とでも言えようか。ラヴ・ソングの「愛があるなら」と「白鳥の歌」を最初と最後に置いて、対照させている。どちらもバリーを中心とした楽曲だが、ストリングスを強調したドラマティックな仕上がりで、「恋するシンガー」の路線を発展させたとも受け取れる。収録曲もメロディアスな曲が中心なのはいつものことだが、これまで以上にメロディを強調した楽曲が収められている。その意味で、過去3枚のなかでももっともビー・ジーズらしいアルバムといえるだろう。あるいはビー・ジーズの魅力の本質を示したアルバムともいえる。そのせいもあってか、全英ではこれまでで最高の4位にランクされた。一方全米では17位と順位を落としている。『ファースト』と『ホリゾンタル』が方向性は異なるが、いずれもロック的な指向を持っていたのに対し、『アイディア』はポップ色が強まったことで、アメリカのロック・ファンを遠ざける結果になったのかもしれない。

 とはいえ、収録曲は多彩だ。構成にも工夫があって、メロディアスなバラード・タイプの曲とアップ・テンポないし多様なスタイルの曲が交互に並べられている[ii]。こうした構成で成功したアルバムとしては、ブレッドのBaby, I’m-A Want You (1972)などがあるが、『アイディア』も、フォーク、カントリー、ブルース、ロック、マーチ、ボサノヴァと実に様々な音楽スタイルを取り入れている。

 

A1 「愛があるなら」(Let There Be Love)

 「光あれ」ならぬ、「愛よあれ」というタイトルだが、この時期にはめずらしく、非常にストレートなラヴ・ソングだ。

 優雅なピアノのイントロに始まり、最初のヴォーカルをバリーが取る。サビの後、イントロのメロディを発展させた中間部を歌い終わると、ロビンがヴォーカルを引き継ぐトゥイン・ヴォーカルになっている。各パートは通常の8小節ではなく、6小節を単位とするやや変則的な構成で、中間部も加わり、これまでの楽曲と比べると、かなり凝っている。

 何といっても素晴らしいのはコーラスで、「アイ・アム・ア・マン」から怒涛のハイ・トーンのコーラスが奔流のように押し寄せる。「レット・ゼア・ビー・ラヴ」のぶ厚いハーモニーには快感さえ覚える。ビートルズビーチ・ボーイズとはまた違ったコーラスの魅力がここにはある。

 本アルバムのハイライトの一曲であり、ベストの一つである。

 

A2 「キティ・キャン」

A3 「素晴らしき夏」(In the Summer of His Years)

 フォーク調の「キティ・キャン」に続き、本作でもっともスローなロビンのバラードが登場する。「そして太陽は輝く」や「リアリィ・アンド・シンシアリィ」同様、彼らしいメロディの美しいワルツ。ビル・シェパードのアレンジも相変わらず巧みな演出で、3番のスキャットにかぶさる鐘の音もノスタルジックな情感をかき立てるが、あまりにドラマティックすぎるという感想もありそうである。

 しかし、原題の「彼」がブライアン・エプスタインのことだとは驚いた[iii]。「彼の人生の夏。彼はいつも微笑んでいた。笑いが絶えることはなかった。彼が今もここにいれば。彼の人生の夏の日に。」ロバート・スティグウッドとの繋がりからとはいえ、この時期のビー・ジーズが音楽以外にもビートルズの影響下にあったことがわかる。

 

A4 「インディアン・ジンとウィスキー・ドライ」(Indian Gin and Whisky Dry)

 前曲とはうって変わって、コミカルなイントロで始まるカントリー・アンド・ウェスタン調の曲。「クレイズ・フィントン・カーク」などと同様、これもロビンの一面といえる[iv]

 しかしウェスタンにしては不思議な雰囲気で、ヘヴィなモーリスのベースはともかく、オーケストラのアレンジもロビンのヴォーカルもいやにクールで冷めた印象を与える。むしろ幻想的ともいえる。酔っぱらいの幻覚の歌だから?

 タイトルは、実際にロビンが休暇中にインドのレストランで見かけたメニューから取った、という[v]

 

A5 「ダウン・トゥ・アース」(Down to Earth)

 Aサイドでは3曲ロビンのヴォーカル・ナンバーが続く。この曲も3拍子だが、イントロは重々しいピアノにベース。何やら不安にさせる幕開けで、タイトルは「分別を持て」とか「現実を見ろ」といった意味らしいが、サウンドはむしろ神秘的で、「インディアン・ジンとウィスキー・ドライ」に近いものがある。

歌詞も謎めいており[vi]、「やあ、放送は聞いたかい?君は私を落ち着かせてくれるかな?君は、自分が見ているものが本当ではないかもしれないということが信じられるかい?よく考えたまえ、諸君。ここには多くの救いを求める人々がいるのに、君は高みの見物をしている。椅子の上に立ってよく見れば、君と同じような人間が何千何万といることがわかるだろう」、とは?

歌詞が不可思議なら、曲も奇妙だが、メロディは美しい。サビのコーラスでは、空から地上を見下ろしているような(歌詞では、椅子の上からだが)爽快感を感じさせる。

 

A6 「サッチ・ア・シェイム」(Such A Shame)

 ビー・ジーズの全オリジナル・アルバム中、唯一ギブ兄弟が書いたのではない曲。しかし、ヴィンス・メローニィの作曲なので、オリジナルであることに変わりはない。

 もともとブルースが好きなギタリストらしく、ビー・ジーズの楽曲らしからぬ作品で、しかもギターよりハーモニカのほうが目立っている。

 曲は悪くないし、なかなか快調な出来だ。しかも、プロらしい。本作に比べると、良くも悪くも、ギブ兄弟の作る曲は、ある意味アマチュアっぽいことがわかる。学術的な意味の音楽教育を受けていないことが理由だろうが、とくにバリーの場合、コードからではなく、思いついたメロディをそのまま曲にしているように見受けられるので、メローニィやモーリスが書く曲とは自ずと違いが出てくるのだろう。

 バリーが歌いたがった、という話をメローニィが回想しているが[vii]、自分が作らないような曲が新鮮だったのだろうか。

 

A7 「獄中の手紙」

 アメリカ盤の『アイディア』には、「獄中の手紙」の別ヴァージョンが収録されていた(当時の日本盤はシングル・ヴァージョンをそのまま収録していた)。

 日本ではモノ録音のシングル・ヴァージョンしか聞けなかったので、後年アルバム・ヴァージョンがあるのを知って驚いたものだ。ストリングスが過剰に演出されていたり、テンポが少し遅く感じられるなど、興味深くはあったが、やはりシングル・ヴァージョンのほうが優れているだろう。またアルバム・ヴァージョンは、最後のスキャット・コーラスだけのパートがなくなっているうえに、ロビンのヴォーカルがよれよれで、どうにも違和感がある。ベスト盤などに、この曲のアルバム・ヴァージョンが収録されていたりすると、正直がっかりする。

 

B1 「アイディア」(Idea)

 Aサイドは、2、4、6曲目にアップ・テンポのナンバーが配されているが、Bサイドは1、3、5曲目となる。「アイディア」は、本アルバム唯一のロック・ナンバーである。

 この曲もピアノの一弾から始まり-「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」を意識しているのだろうか-、ギターが加わって、バリーのヴォーカルへとつながる。アップ・テンポのわりに重苦しいのはピアノが基調になっているせいか。「ジャンボ」に続いて、メローニィのクラプトン張りのギターが聞きもので、この時点でのビー・ジーズのロックン・ロールとしてはベストといえる。R&B風味がやや強いのは、バリー自身が回想しているように、ローリング・ストーンズの影響で書いたせいだろうか[viii]

 

B2 「つばめ飛ぶ頃」(When the Swallows Fly)

 A面はロビンのヴォーカル曲が中心だが、B面はバリーがメインとなる。やはりモーリスのピアノが、今度は抒情的に奏でられ、バリーが彼らしいスタイルで小刻みに言葉を繋ぎながら、感情を抑えるかのように歌っていき、一転サビのところでは天空に舞い上がるようなハイ・トーンでシャウトする。「愛があるなら」と同様、切ない旋律が胸を締め付ける。

 毎度のことだが、歌詞は謎めいており、「私は、雲のように孤独にさまよう。雲の上に頭を横たえると、ほかに私ほど大きなものはいない。・・・つばめが飛ぶ頃、地球が滅ぶとき、私は自分が何者か、知ることになるだろう。つばめと私と。」・・・謎めいているというより、答えは太陽、という謎々なのか?

 

B3 「空軍パイロット」(I Have Decided to Join the Airforce)

 「空軍に入隊することを決めた」、とは、これまた意味不明だが、ノヴェルティ・ソングといってしまっては、国防軍に失礼ということになるだろうか?真面目なのか、そうでないのか、いきなり「わが祖国よ」のコーラスで始まる。リード・ヴォーカルはロビンだが、主体はコーラスで、ロックというよりマーチである・・・空軍だけに?

 「ドント・アスク・ミー・ホワイ」からの豪快かつ強引な展開は意表をつく。ロビンの奔放といってもよいヴォーカルが暴走気味に突っ走る。どちらにしても、この時期の彼らの自由な曲想には感心する。

 

B4 「ジョーク」(I Started A Joke)

 「素晴らしき夏」の後の「インディアン・ジンとウィスキー・ドライ」もギャップが激しいが、「空軍パイロット」と「ジョーク」の落差も相当なものだ。

 本アルバムのベスト、ないしはロビン・ギブのベストといってもよい曲である。

 イギリスではリリースされなかったが、アメリカではシングル・カットされ、ビルボード誌でそれまでの最高の6位にランクされた。これほど暗い曲が、アメリカでこれだけのヒットになったのも驚くが、日本でも大いに受けて10万枚を超えるセールスを記録した。コンサートでも、ロビンの定番曲であり、まさに彼の代表作というに相応しい。

 暗いといっても、ウェットな感じはなく、ロビンの突き放したような淡々としたヴォーカルはガラスのような硬質な響きをもっている。失恋の哀愁というよりも、絶対的な孤独を感じさせる曲だ。

 サウンドはフォーク調で、むしろあっさりしている。ビル・シェパードのストリングスのアレンジも控えめだが、内省的な歌詞と少ない音数で組み立てられた曲を絶妙に彩っている。

 ドイツ上空を飛ぶ飛行機のなかで、プロペラ音がメロディを奏でているように聞こえて、曲ができた[ix]、というロビンの回想は幾度も語られているが、それだけ会心作だったのだろう。「僕が冗談をいったとき、世界は泣いた。・・・僕が涙を流すと、世界は笑い始めた。・・・そして僕が死んでしまっても、世界は生き続けるだろう」という歌詞は、確かにとてつもなく暗いが、ロビンが書いたフレーズのなかでも、もっとも心に残る。

 

B5 「キルバーンタワーズ」(Kilburn Towers)

 タイトルのキルバーンはロンドン郊外のキルバーンのことかと思っていたが、オーストラリアのシドニーにあるキルバーンタワーズというビルのことらしい[x]。わざわざキルバーンの地下鉄駅(実際は、地上駅だった)で降りて、ここがキルバーンタワーズかと感慨にふけった想い出が台無しだ。

 それはさておき、曲は意外や、ボサノヴァ風で、恐らくビートルズの「ザ・フール・オン・ザ・ヒル」に影響されたのではないか、と推察する。もっとも、オリジナルよりもむしろセルジオ・メンデスとブラジル‘66がカヴァーしたヴァージョンに近いように感じる(セルジオ・メンデスのヴァージョンは68年の8月にヒットしている)。ビートルズよりもボサノヴァ色が強いということである。

 この曲も「ダウン・トゥ・アース」のようにストリングスがいやに冴え冴えとした印象だが、ビル・シェパードのこのアルバムに対する解釈を反映しているのだろうか(夏向きのアレンジとか?)。リード・ヴォーカルのバリーの歌声もクールで抑えた歌唱だ。

 アルバムのなかでは地味だが、これも心に響くメロディを持った一曲。

 

B6 「白鳥の歌」(Swan Song)

 タイトルは悲劇的だが、歌詞は「愛が音楽を生みだせば、世界中が歌いだす。僕の愛は空中に城(空中楼閣)を築くだろう」、という熱烈なラヴ・ソング。

 曲も、まるで舞踏会を思わせる華やかなストリングスに乗って、バリーが甘くロマンティックなメロディを朗々と歌い上げる。とくにサビの高音のパートは耳に心地よく、カップルでなくともうっとりさせる。

 ラストに相応しい佳曲だが、ロック・アルバムを期待する向きにはこの甘さは不評だったろう。最後、バリーが歌い終わった後、一瞬の間を置いてオーケストラが奏でる。「バーディは言う」でも使われた演出だが、ここでも見事に余韻を残して終わる。

 

[i] 裏ジャケットは、5人がソファに座っている写真で、全員眠たそうな、疲れたような表情を浮かべている(バリーとロビンは眼をつぶっている。この二人が一番大変なのだ、という表現なのだろうか)。部屋の床には、虎の敷物が敷かれていて、壁には、密林を像が闊歩している絵が飾られている。人気グループの栄光と疲労を表わしているのだろうか。

[ii] ただし、このことはイギリス原盤が日本でも再発のかたちでリリースされたときに気がついたことで、1968年に発売されたときは、曲順が、説明が面倒なくらい変更されていた。なぐさみに、以下に挙げておく。(A面)「アイディア」「愛があるなら」「素晴らしき夏」「インディアン・ジンとウィスキー・ドライ」「ダウン・トゥ・アース」「サッチ・ア・シェイム」「ジャンボー」、(B面)「獄中の手紙」「キティ・キャン」「つばめ飛ぶ頃」「空軍パイロット」「ジョーク」「キルバーンタワーズ」「白鳥の歌」。

[iii] Ibid., pp.4-5.

[iv] Saved By the Bell: The Collected Works of Robin Gibb 1968-1970 (2015)には、本作のデモ・ヴァージョンが収録されているが、作曲はロビンの単独、録音時期は1968年6月13日となっている。

[v] Idea (2006), p.6.

[vi] Ibid., p.3.

[vii] Ibid., pp.6,9.

[viii] Ibid., p.9.

[ix] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.181-82;Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990; Idea (2006), p.10.

[x] Wikipedia: Kilburn Towers.