Bee Gees 1968(2)

〔2〕『ホリゾンタル』(Horizontal, 1968.2)

 黄緑色のジャケットの中央が楕円形に切り抜かれて、そのなかにメンバー5人の写真が埋め込まれている。鏡を模したデザインなのだろう。それが、アメリカ盤では、デザインは同じでも、鏡のなかの5人の姿が逆に映っている。つまり、鏡文字のように裏返しになっているのだ(完全な裏返しではなく、メンバーのポーズは微妙に異なっている)。初めから意図してのものなのか、もしそうなら、随分と細かな細工をしたものだ。日本では、いずれのジャケットでもなく、ステージでの演奏場面の写真が使われていた。バリーはギターを持たず、マイクのみを構え、モーリスはベース。ロビンがキーボード(電子オルガン?)を弾いているのが珍しい。タイトルも『マサチューセッツ』で『ホリゾンタル』ではなかった。

アルバム第2作の『ホリゾンタル』は、『ファースト』から7か月後の1968年2月に発売された。1960年代のビー・ジーズは、1年に2枚のアルバムをリリースし、第4作の『オデッサ』に至っては二枚組という旺盛な創作意欲を示したが、アルバムごとのイメージも大きく変わっている。『ホリゾンタル』は、アメリカ的な明るさをもった『ファースト』に比べ、イギリス的ともいえる重さと暗さを特徴とする[i]

 当時日本の雑誌に紹介されたコンサート評のなかで、『ホリゾンタル』のタイトルは「『幻想の世界に対する現実』、『サイキドリア(ママ)の否定』」[ii]を意味している、と書かれているが、そうだろうか?表題曲はむしろ幻想的な雰囲気だし、「サイキデリア」否定と聞くと、『ファースト』は何だったのか、という気にもなる。もっとも、『ファースト』はサイキデリック・ミュージックの影響は感じられるが、アルバム自体がサイキデリックというわけではなかった。

 アルバム全体のテーマがあるのかはわからないが、「ワールド」で始まり、同じピアノを基調として、同じく重厚な「ホリゾンタル」で終わる構成は、一種のコンセプト・アルバムと受け取ることもできる。ただし、日本盤では、大ヒットだった「マサチューセッツ」がA面1曲目で、一緒に「ハリー・ブラフ」もA面2曲目に移されて、そのあおりをくって「ワールド」「そして太陽は輝く」がB面に回されてしまっていた。

もう一つの特徴は、バリーとロビンの個性が強く出るようになったことで、全体を通じて、バリーの曲とロビンの曲というはっきりした色分けが感じられるようになった。それだけビー・ジーズというグループの特質が明確になってきたともいえる。

 

A1 「ワールド」

A2 「そして太陽は輝く」(And the Sun Will Shine)

 既発表シングルを別として、本アルバムのベストの一曲。ロビン・ギブの最高作の一つと言ってもよい。彼の楽曲の特徴である、トップから4分音符ないし2分音符で下降してくるメロディの典型で、これに近いメロディなら、誰でも書けそうだが、「近い」ではなく、「この」メロディに行き当たるのが才能というわけだろう。ドラマティックな歌唱をビル・シェパードのストリングスが抒情的に彩る。まさにタイトルどおり、かすかな明るさを感じさせるエンディングも感動的だ。

 ロビンによれば、デモのガイド・ヴォーカルをそのまま使った[iii]、とのことだが、確かに最初聞いた時には、歌詞が字足らずのように感じた。しかし、それがアドリブだったと聞かされると、驚かざるを得ない。その後もベスト盤に収録されるなど、シングル・ヒットではないが、彼らの代表作のひとつである。

 

A3 「レモンは忘れない」(Lemons Never Forget)

 ゆったりとしたリズムで、バラードかと思わせるが、案に相違して、ピアノとベースが乱打され、バリーが黒っぽいヴォーカルでシャウトする。ソウル風ポップといったところか。決してメロディアスではないが、とくにサビのヴォーカルは熱っぽい。聞き手の耳を引きつけ、引き込まれる快感がある。バリーの声にもフィットしている。

 彼らの話では、1967年にビートルズのマネージャーであるプライアン・エプスタインが亡くなり、ビートルズがアップルを設立する。「アップルを揶揄した」というのが、この曲らしい。確かに、「リンゴは愚かだが、レモンは忘れたりしない」(リンゴ・スターのことではない)と歌われるが、まさかそのような意味とは、想像の外だった。

 

A4 「リアリィ・アンド・シンシアリィ」(Really and Sincerely)

 ロビンは、1967年11月5日に起きたロンドン近郊のヒザー・グリーンでの列車事故に、後に妻となるモリーとともに巻き込まれた。二人は無事だったが、この事故の直後にロビンが書いたのがこの曲だという[iv]

 このエピソードからも何となく想像できるような、静謐な趣のバラードで、ここまでスローでマイナー調のバラードはこれまでになかった。ロビンのヴォーカルは哀切ではあるが、感情を抑えた淡々としたものだ。しかしサビの「ターン・ミー・ダウン」のところは、ほのかに明るさを感じさせる。フェイド・アウトしていくエンディングも余韻を残す。

 1968年のインタヴュー記事で、ロビンが一番好きな曲に本作を挙げていたが[v]、上記の逸話を知ると、なるほど、と納得する。

 

A5 「バーディは言う」(Birdie Told Me)

 またもやシンプルでわかりやすいナンバー。カントリー風だが、さほどあくはなく、バリーのヴォーカルもやけに可愛らしく聞こえる。

 16小節で1コーラスというタイプの曲だが、最後の3小節からそのまま冒頭に戻り、無限に繰り返されるかのような構成(実際は3コーラスで終わる)。とくに「バーディがぼくに言うには」のリフレインは思わず一緒に歌いたくなる、癖になるメロディだ。ヴォーカルに重なるギターの音色にも艶がある。

 最後は冒頭に戻って、しかしメロディを少し変えて終わる。一瞬の間を置いて奏でられるオーケストラも効果的だ。

 

A6 「瞳に太陽を」(With the Sun in My Eyes)

 A面ラストは、オルガンの荘重なイントロに始まり、オーケストラのみをバックに、バリーが落ち着いた声で温かみのあるメロディを歌う。全編、彼のソロによるバラード。同じ「太陽」でも、ロビンとはまた異なった味わいを感じさせる。いつもながら、ビル・シェパードのアレンジも見事だ。バリーの曲では、本アルバムのベストだろう。

 オルガンとストリングスのアレンジは聖歌風だが、どことなくポール・マッカートニーの影響も感じさせる。「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」あたりだろうか。

 

 Aサイドは、「ワールド」を除いて、バリーとロビンのほぼソロ・ヴォーカルによる楽曲で構成されている。バラード中心で、ロビンの「そして太陽は輝く」、「リアリィ・アンド・シンシアリィ」とバリーの「バーディ・トールド・ミー」、「瞳に太陽を」が対比的に並べられ、二人のヴォーカルや作風の違いを際立たせている。

 一方、Bサイドは、アップ・テンポないし、よりロック風の曲が中心になっている。またコーラスが強調されているのも特徴だろう。意図してのことかはわからないが、A面とB面でめりはりをつけようとした、とは言えそうである。

 

B1 「マサチューセッツ

B2 「ハリー・ブラフ」(Harry Braff)

 知人宅から戻った明け方に、ロバート・スティグウッドをたたき起こしてこの曲を聞かせたというエピソードが残っている[vi]。耳元で聞かせられる類の曲ではなさそうだが。

 上記のエピソードが物語るように、ユーモラスな曲調で、タイトルも”Hurry! Bluff”をもじったかのようだ。

アルバム中、もっともストレートなカントリー・ロック。ホーンなども加わっているが、何より3人のコーラスが強力だ。このタイプの曲で、ロビンがリード・ヴォーカルを取っているのも珍しい。

 オアシスのノエル・ギャラガーがこの曲のファンだともいう[vii]

 

B3 「デイ・タイム・ガール」(Day Time Girl)

 マイナー調のワルツ。この曲もビートルズの「シーズ・リーヴィング・ホーム」あたりに触発されたかのような印象を受ける。ビル・シェパードのストリングス・アレンジもクラシックっぽさを演出している。

 本作もコーラスが主体で、いかにもブリティッシュ・ポップといった作品だが、トラディショナル・フォークのようでもある。

 

B4 「アーネスト・オヴ・ビーイング・ジョージ」(The Earnest of Being George)

 わざと調子を外した間奏のギターや、散々繰り返されるブレイクなど、こちらもユーモラスというか、サイキデリック風味を残したかのようなナンバー。

 バリーによれば、ローリング・ストーンズミック・ジャガー)に影響されたというが[viii]、歌い方や曲調はビートルズ風とも感じられる。曲自体は単純で、これもまたギターのメローニィの顔を立てるために5分で作ったのだろう。

 しかしこの曲のタイトルは、オスカー・ワイルドの『真面目が肝心』(The Importance of Being Earnest)という喜劇をもじったものだというから[ix]、思いのほか文学的だった。

 この曲もオアシスのお気に入りだという(本当なのか?)[x]

 

B5 「変化は起こった」(The Change Is Made)

 本アルバムでは異色のソウル・ナンバー。ソウル風の楽曲は、「レモンは忘れない」のほか、前作でも「トゥ・ラヴ・サムバディ」、「誰も見えない」があるが、いずれもメロディ主体で、本作ほどリズム・アンド・ブルース色が強い曲は初めて。

 曲自体は例によってごくシンプルな8分の6拍子で、基本的に8小節の繰り返しからなる。このタイプはバリーが好むスタイルで、代表的なのは「スピックス・アンド・スペックス」だろう。この後も、『オデッサ』の「日曜日のドライブ」、『トゥー・イヤーズ・オン』の「はじめての誤り」など、同様の構成の曲は多い。

 ソウルフルなヴォーカルは、当時のレコード評でも絶賛されていた[xi]

 

B6 「ホリゾンタル」(Horizontal)

 本作は表題曲でもあり、アルバムを象徴する曲とも取れるが、歌詞の意味は掴みづらい。

 「僕は夢の枕の下に横たわっている。クリームのなかを泳いでいるような気分だ。これは終わりの始まり。さよならだ。自分の人生に向き合うとき、それをずっと嫌ってきたけれど。」

 「幻想より現実」といわれると、そのような気もするが、ピアノとメロトロンが要となったサウンドはどこか無表情で、ヴォーカルも冷めた印象だ。波が引くようにコーラスとメロトロンがフェイド・アウトしていくラストは、「ワールド」に対応している。アルバムがシリアスに締めくくられるのは、1968年という年には見合っているといえるかもしれない。

 

[i] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.165.

[ii] アーロン・スタンフィールド「ビー・ジーズがアンチ幻覚芸術コンサート」『ヤング・ミュージック』(1968年6月号)、100頁。

[iii] Tales from the Brothers Gibb: A History in Song 1967-1990 (1990).

[iv] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, pp.150-53.

[v] 『ミュージック・ライフ』(1968年6月号)、80頁、同(7月号)、90頁。このインタヴューは、同年4月に星加ルミ子同誌編集長がロバート・スティグウッド宅で行ったものだという。6月号には5人の自筆原稿が掲載されたが、不鮮明だったので、翌月号に改めて日本語訳が掲載された。

[vi] The Bee Gees: Tales of the Brothers Gibb, p.166.

[vii] Ibid.

[viii] Idea (2006), p.9.

[ix] Horizontal (2006), p.11.

[x] Ibid.

[xi] 『ヤング・ミュージック』(1968年5月号)、173頁。